《悪魔の証明 R2》第9話 009 アカギ・エフ・セイレイ(2)

「君の気持ちはわかるよ。私も天涯孤獨のだから。ああ、これは余談だったね。で、だけど……たしかに、君の気持ちはすごくわかる。昔はさておき、今の世界は自由だからね。基本的に君の住む場所はどこでもいいんだよ。世界はすべてスカイブリッジで繋げられているし、スカイブリッジライナーにさえ乗ればどこだって行ける。外國に行くにも、旅行だけだったら、國際共通分証明書……昔はパスポートと言ったらしいんだけどね……永住を考えていないのであれば、そんな無粋なものは一切いらない。このような自由な世界にも関わらず家に閉じこもる若者が多い中、君が何かを変えたいと思って、新しい世界に歩き出そうと考えたのは素晴らしいことだと思う。実に向上心に溢れ勇気あることだとも思うよ。だけどね、アカギ君……」

途中まで淡々と語っていたが、急にそこで言葉を切った。

いったい、何事だろう?

僕はそう訝った。

スピキオはナイフとフォークを鉄板の端に置く。

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「現実的な話をすると、君の思った通りにはならない。私はそう思うんだ」

「思った通りに……?」

「推察するに、アカギ君の環境を変えたいという言葉は、暮らし向きが良くならないという言葉と関連している。知らない土地に行けば、様々なしがらみから逃れられて、人生が好転するかもしれない、君はこう考えているのだろう。好転とは、無論、君の財布の中のお金が永遠に途切れない狀態のことだ。だけど、現在の世界で君がそれを達することは不可能に近い。なぜ私がこう思うか……君はわかるかい?」

スピキオのこの問いかけの意味が理解できなかった。

だが、それは束の間だった。何か反論してやろうと僕がテーブルの上にを乗り出そうとした。

すぐにこれは馬鹿にされているという考えに到達したからだ。

その矢先のことだった。

「食後のコーヒーです」という聲を伴って、ウェイトレスが僕たちふたりの気まずい空気の間に割ってってきた。

険悪になった雰囲気をじ取っていないのか、ピンクのメイド服を著たこのウェイトレスは、列車のに照らされた暗闇の海が見える窓を前にして、優雅な態度でコーヒーをれ始めた。

窓の橫をトウキョウ行きのスカイブリッジライナーが通り過ぎる。リニア新幹線の能のせいか、すれ違う音はほぼ無音だった。

それに代わるかのように、ポットの口から流れ落ちるがカップの底に跳ね返り、その無機質な陶からささやかな音が零れる。

コーヒーがふたつのカップに注ぎ込まれている間も、スピキオと僕は微だにせず視線は絡まったままだった。

給仕を終えたウェイトレスは、深々と頭を下げた。

それはまるで、遙か彼方に去っていったスカイブリッジライナーに一禮するようなじだった。

は姿勢を元に戻すと、ゆっくりとを反転させた。そして、鼻歌まじりに迫した空気に包まれたこの場を去って行った。

「出會ったばかりの私にこんなことを言われて、君はさぞかし心外だろう」その空気を切り裂くかのように、スピキオが口を開いた。「だが、私は敢然たる事実を述べているのだよ、アカギ君。勇気ある十五歳の若者にこの事実を伝えないことは犯罪に等しい。私はそのように常々思っているんだ。無論、これは私の勝手な信念だがね」

警戒を解くようなじで僕はしかめ面を元に戻した。どうやらスピキオは僕に嫌みを述べるつもりではなかったらしい。

「伝えるべき事実って、どのようなことですか?」

事を荒立てないよう極力聲のトーンを上げて訊いた。

スピキオは軽く目を伏せる。すぐにこちらに視線を戻したかと思うと、訥々と語り始めた。

「君は先程、両親がいない、そして家を所有していないと私に教えた。さらに、チケットを買うために全財産をほぼ使い果たした、こうも言っていたね。これだけで、君の周りにはあらゆる資本が存在しないことが確定する。あえて、ほぼ、という単語は省略するけど――金を持った親、賃貸ではない家、有効な株、さらに現金、これらがほぼ存在しないんだから、そう評しても過言ではないと思う。無論、そんな當然のことを君に伝えようとしているわけではない。ここからが大事なんだ。ここからがね。そこで、また君に尋ねたい。君は今、二百年前には考えられなかったこの自由な世界についてどう思っているのかな?」

僕は窓の外に目をやった。

どうやら僕が貧乏人であると斷定することが彼の目的ではないらしいことはわかった。

だが、質問の意味がよくわからない。この世界が自由? そんなことは考えたこともなかった。

「困らせてしまったかな」

スピキオは長いまつげを下にして言う。

「だけど、自由だとは思わないかい? 世界完全自由貿易協定のおかげで、もはや國籍や國境は形骸化している。我々はどこに住むことだってできるし、どこで働くこともできる。何せ自由なんだから。だから、君だってロサンゼルスに移住することを考えたんだろう」

「それはそうですが……」

若干困した聲をらしてしまった。

気を取り直して、今の世界は果たして自由なのだろうかと考える。

そして、僕はスピキオから目を切り、再び窓の方へと顔をやった。

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