以前、エリシナにもそれとなくクレアスのことを確認したときがあったが、彼の方はまんざらでもないようだった。

後は、クレアスの気持ち次第だと思っていたのだが――

この様子ではしばらくふたりの関係に進展はなさそうだ。

常々エリシナには自分の嫁と同じようなウェディングドレスを著させてやりたいと考えていた私は、口から深い吐息をらした。

だが、とクレアスの顔へと視線を戻す。

クレアスは頭も悪いしそれにをかけてやらに疎いやつだが、誰からも好かれるのいいやつだ。

彼であれば、エリシナを幸せにしてくれるに違いない。いや、彼以外にはいない。

自の心の中でそう再確認した。

「セネタル。それは、後でいいとして――」人の気もまったく知らずに、クレアスは話を転換させた。「このまま男とアタッシュケースが見つからなければどうする？　このままではテロを止めるどころか俺たちまでやられてしまう」

この問いかけにし考えこんだが、

「そうでもないぞ。下を見てみろ」

と、私はほくそ笑んだ。

二號車と一號車の連結部に足をれた矢先のことだった。

「下？　下って？」

「これを見ろよ。シルバーのアタッシュケースがある。それもたったひとつだけ」

そう言って、すぐ近くにあったスーツケース置き場を人差し指で示した。

「偶然じゃないのか？　上の荷置き場と同じようにただ置かれていただけってじがする……」

クレアスが反論するかのように尋ねてきた。

「いや、あきらかに不自然だ。四號車のスーツケース置き場にも、同じようにシルバーのアタッシュケースは置かれていた。その時は、今のおまえと同じようにたまたま置かれているのかと思ったんだが、これでふたつ目。大ぶりのスーツケースが並んでいる中、その間にぽつんとひとつだけ置かれているアタッシュケース。しかも、二號車と四號車の二車両にひとつずつ。アタッシュケースの置かれている位置は、同じくスーツケース置き場の最下段。これが偶然であろうはずがない。何らかの規則に沿って、アタッシュケースはこの二カ所に置かれていると思うべきだ」

この私の推理にクレアスは瞼を大きく見開いた。

無言のまま頷く私。そして、近くにあるドアの方向を顎で示してから、「弾りのアタッシュケースがここにある。ということは間違いなく大男は一號車にいる」と、忠告した。

「だが、このガラス窓から確認できる範囲では、男の姿は見えないな」

小窓の方へと顔をやりながら、クレアスが言った。

「確かに、視界が狹過ぎる。中にって男の姿を確かめる必要があるな」

そう述べてから、ドアに手をれようとした時だった。

ドアが鈍い音を立てながら橫に開いた。

次の瞬間、大柄な男がのそりと連結部に足を踏みれてきた。

私たちの視界範囲外、死角に座っていたのだろう。

クレアスはあんぐりと大口を開けている。

當の私も思わず自分の目を疑った。

大男の頭に乗っている髪のは、これまた當然かのように金髪。著込んでいるスーツは、まさしく例の、ライトグレー。手にアタッシュケースこそないが、まずテロリストとみて間違いないはず。

いや、こいつは九割九分自分が見たあの男そのものだ。

大男は呆然と突っ立っている私たちの間に割ってってきた。

その拍子に半になったクレアスと私は、大男のを挾んでお互いに顔を見合わせた。

一方の大男は、特段何を気にするでもなく、私たちの間をすり抜けそのまま二號車の通路へと歩いていった。

もう、大男の足が通路の中腹まで差し掛かろうかというとき、私はようやく我に返った。急いでを二號車の通路へと向ける。

そして、大男を追跡しようと、歩き出したその瞬間だった。

「セネタル、待て」

と言って、クレアスが腕を摑んできた。

なぜか車両の連結部のドアをもう片方の手で押さえ、開いたままの狀態にしていた。

「おい、クレアス。手をどけろ。今追いかけなくてどうする。行を監視するとさっき指示しただろう」

クレアスを諌めた。

だが、

「セネタル。いいから、一歩だ。一歩こっちの車両の中にってみろ」

クレアスの口調は有無を言わさぬじだった。

やれやれ、仕方がない。

肩から彼の手を引き剝がし、渋々ながら一號車側へをれた。

まさか、これは……

一號車の中に広がっている景に、思わず自分の目を疑った。

所狹しと席を埋め盡くしている二メートル級の男たちが視界の先に現れたのだ。

ドアのガラス窓からは、極限られた狹い範囲しか見えなかった。

そのせいで、彼らの存在に気がつかなかったのだ。

いや、それだけではない。それぞれライトグレーのスーツ。髪ののはとりどり。そして、信じたくないことだが、どちらかというと金髪の方が多かった。

「ライトグレーのスーツ……ちっ、なんで今日に限ってそんなものを著て乗ってやがるんだ。もしかして、大學アメフトチームのやつらか？」

男たちの屈強なを見やって、そう愚癡を零した。

と同時に、先程の男がテロリストであるという自分が持った確信に大きな揺らぎが生じた。

「おい、セネタル。これから先、どうするつもりだ？」

焦った表をして、クレアスが指示を求めてきた。

「そうだな……こいつらの中にテロリストは存在するのかもしれない。が、この場で尋問できるはずもない。無論、どこにテロリストの仲間がいるかわからないから、ここでアタッシュケースを開けて中を確認することも、ルーム四に持ち帰ることもできない。現狀はまさしく八方塞がりだ。とりあえず一度部屋に戻って作戦を練り直すしかない。それにもうすぐ待ち合わせの時間だ。一旦帰ってエリシナと合流しよう。あっちの方は何かわかっているかもしれない」

そう指示を送った私は、次に軽く首を橫に振った。