《悪魔の証明 R2》第25話 020 アカギ・エフ・セイレイ

「僕が言うのはなんですが……トゥルーマン教団は何か良からぬことをしているのでしょうか? そんなニュース、観たことはありません」

「……君は、マスコミには報道しない自由がある、ということを知らないらしいね。いいかい、アカギ君。連中には真実を國民に知らせない自由があるのだよ」

「國民に知らせない……」

「……現在、自由に報を発信できるインターネットを除くとすると――報は彼らに一元化されているといっても過言ではない。このような狀況下でマスコミは、このすべての商品の低価格化が進む世界の中、唯一価格が高騰したネットワーク回線料金のせいでインターネットに接続できなくなった、世界の大多數を占める貧困層が……」

スピキオが訥々と語る。

彼の指す貧困層とは、まさしく僕のような人間のことだ。

ジャンクのノートパソコンを施設に持ち帰って遊んでいるのでパソコンはある程度使えるが、インターネットなんて、デパートのパソコン置き場でしか繋げたことはない。

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「……昔は低料金で接続し放題なんていう良い時代があったらしいけどね。結果的にテレビや雑誌しか見ない人々にわざわざ自分の不利益になるような報を伝える必要がない。したがって、自分にまずいことは言わずもがな、自分の顧客にとってまずいことも報道しない」

謀論――

まじまじと彼の顔を見つめながら、そう思った。

顧客から広告料を貰えないと困るから、マスコミは顧客にとって不利益な報を國民に開示しない。そして、その顧客のにトゥルーマン教団もっているとスピキオは僕に伝えたいのだろう。

「そうだ、アカギ君。トゥルーマン教団もマスコミのスポンサーだよ」僕の頭の中を見かしたかのようにスピキオは言う。「もちろん、直接のスポンサーというわけではないけどね。宗教法人が表立ってそのようなことはできないから。代わりに彼らの傘下企業が大量の資金を投している」

「ええ、傘下企業があることは知っています。インターネットはあまり使ったことがないので、誰かが話していたのを聞いた程度ですが」

「……たったそれだけで、トゥルーマン教団はマスコミの口を封じているんだ。お金くらいで変節するマスコミもマスコミだ、と一応付け加えておくよ。無論、トゥルーマン教団が行っているのはこんなちんけなことだけではない。彼らは法律そのものを破って、自らの利潤を最大化するために様々な下衆な行為――非道と言った方がいいかな――それを行っているんだ。そこで出てくるのが、この手帳だ」

ようやく本題だ。

スピキオの宣言を聞いた僕はごくりと息を飲んだ。

「……トゥルーマン教団のすべてが、ここに書き込まれている。私はこれを使い、全世界に向けて彼らの悪行を告発するつもりなんだ」

「世界に、こ、告発? ってどうやって……」

僕は思わず途中で聲を失った。

この男がやろうとしていることは想像もつかない。

無論、そんなことができるはずもない、という意味でだが。

「もちろん、ちゃんと考えはあるよ。私はワーグナー上院議員という米國合衆國の政治家と古い知り合いでね。彼に協力して貰うのさ」

ワーグナー上院議員――脳裏にスーツ姿の悍な顔つきの男が浮かんだ。確か、テレビや雑誌でよく米國の新進気鋭の政治家として噂になっている人だ。

「確か、俳優出の方ですよね?」

と、確認した。

「そう、俳優出の彼、だよ。実は彼も元々トゥルーマン教団の人間でね。私と同じ志を持つ者だ。トゥルーマン教団だった時のテレビ局との繋がりのおかげで――というだけではないが、彼にはひとつのテレビ局をかせるくらいの力がある。それでロサンゼルスにあるテレビ局に便宜を計って貰ったんだよ。私が世界に向けて告発できるようにね」

「なるほど――だから、スピキオさんは、今、ロサンゼルスに向かっているんですね」

「そうだね」

「……でも、そのようにトゥルーマン教団が危険というのであれば、スピキオさんのも危ないのでは?」

「もちろん事実を公表してしまえば、もうトゥルーマン教団のメッカである日本に、住むわけにはいかないだろう。だから、永住――その覚悟を決めてロサンゼルスに行くんだよ」

「――なるほど。だから、國際共通分証明書を持ってたんですね」

「まあ永住といっても、まだ向こうでの定住先も見つかってないし日本で借りているマンションの荷も引き払ってないから、今回は永住権取得の申請をするだけさ。ま、だから一度は危険を冒して日本に帰ってこなければならないけどね」

スピキオは悠然としてそう言い放った。

危険、という言葉とは裏腹な態度のように思えた。

事の真偽はさておき、かなり大膽な計畫であることは間違いない。

そう思った僕は、

「なぜ、こんな話を僕に?」

と、尋ねた。

「運命かな、運命――いや、違うな。ただの余興――そう、余興さ。ただのね」

スピキオはそう答えてから、ふっと息を吐いた。

ただの余興?

そう思った僕が図らずも眉をしかめたときだった。

急にのバランスが崩れた。そして、勢いのまま、座席の背もたれに頭をぶつけてしまった。

すぐに揺れはおさまった。

いったい何が起こったんだ? スカイブリッジライナーの速度が落とされたのか? なぜこんなところで?

この種の疑問を抱いているの僕だけではないようで、ざわざわとした聲が周囲からも聞こえてきた。

そういえば、スピキオさんは……

頭をさすりながら、隣にいるスピキオの様子をうかがった。

いつもの通り冷靜な表だった。

僕の注目の最中、白い仮面を座席の傍らに置き手帳を裏地のポケットにしまう。

そして、座席の背もたれに深く寄りかかった。

さらに水平線の向こう側まで屆きそうなほど遠い目をしてから、彼は言う。

「アカギ君。私たちはどうやらとんでもない事件に巻き込まれてしまったようだ。やれやれ。いつもそうだ。まったくもって私もワーグナーも運がない、最後の最後に」

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