《悪魔の証明 R2》第26話 021 マウロ・パウロ
ああ、何ていうことだ。
ふたりの私設警察を視界にれた僕は思わず頭を抱え込んだ。
さっきブランドンが教えてくれた例のふたりとは、まさしくこいつらのことだったのだろう。
ショックのあまりだろうか、天井に組み上げられた鉄の格子が今にも落ちてきそうなじがする。
心理的に圧迫されているのが、自分のことながら手に取るようにわかった。
完全に追い込まれたせいか、急に母親の顔が頭に浮かんできた。
笑顔がもう一度みたい、心底そう思った。
だが、空想の中でさえ母親は笑わない。それどころか、現実の通り咳き込み始めた。
だめだ、だめだ、こんなのは――
深く目を閉じて、母親の虛像を無理矢理頭から消去した。
フリッツの言葉を思い出すんだ。
ので強く念じた。
そして、その思いはすぐに通じた。
瞼が創り出した暗闇の中、颯爽と現れたフリッツは言う。
「もう、高額な民間健康保険料のことなんて心配しなくていいんだよ。僕はお金ならたくさん持っているんだ。昨日も僕の妹――ミリアにそのお金の一部を振り込んだばかりだ。同じように君のお母さんの口座へ診療に困らないくらいの金額を必ず振り込むと約束しよう。僕の作戦に參加してくれたらね」
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次にいつか彼と連れ立って行った公園の風景が脳裏に再現された。
夕方の風に髪をなびかせながら、フリッツは囁く。
「君のやるせない気持ちはよくわかるよ、マウロ。一昔前は國民皆保険制度があったから、低額な保険料で當時の人たちは診察をけることができた。だけど、國際完全自由貿易協定ができてすぐに米國合衆國の強制で、この素晴らしい保険制度は廃止され、すべての保険が民間に移管されてしまった。それにより保険料が高騰して、僕らのような貧困層は病院と縁が切れてしまった。こう言うと、米國政府だけが悪いように思えるかもしれない。だが、それは表面上だけであって、事の実質は違う。これは再現なき富を渇した多國籍大企業。彼らによって引き起こされた事件なんだ。各國の政府なんて彼らの下請けに過ぎない。彼らはグローバルに富を搾取する――一種の化けだ。この化けを倒すには自らも化けにならなければならない。だから、僕らARKもグローバルかつ狡猾に彼らを抹殺しにいくんだ」
また僕の頭に別の日の記憶が蘇る。
今度の舞臺は街だった。
街頭ビジョンに現れる絆という文字。それを指で示して、フリッツは再び言う。
「こんな文字、使うだけでは意味がない。今現在、絆は多國籍企業や富裕層によって斷ち切られている。それこそずたずたにね。だが、まだ大丈夫。修復の余地は殘されている。だって、切れたワイヤーはつなぎ直せばいいんだから。僕とマウロのようにね」
ワイヤー。そう、ワイヤーだ。フリッツの言う通りだ。
切れたワイヤーはつなぎ直せばいいんだ。フリッツと自分のように。
そう心に誓ったところで、ようやく白晝夢から目覚めた。
いつの間にか、ポロシャツはテーブルに陣取っているようだ。
アロハシャツの姿はすでにない。ということは、ポロシャツだけが食堂車に殘っているということだ。
前方を視界にれながら狀況を見積もった。
ウェイトレスが、オーダーを取るためかポロシャツのテーブルへと近づいていく。
おそらくポロシャツは自分たちのことをあのに尋ねることになるだろう。
もしかすると、僕と仲間の會話を目撃されているのかもしれない。そうなると、自分の正が彼に知られてしまう危険がある。
床に置いたシルバーのアタッシュケースを注視する。
発が起こるまでの辛抱だ。
時間まではもうしあるが、フリッツの立てた計畫通りにすれば逃げ切れるはずだ。
なあ、そうだろう?
食堂の淡い照明を浴びながら、靜かにたたずんでいるプラスッチックの塊に僕は語りかけた。
一旦心を落ち著かせてから、あいつはどうしているんだろうかと再びポロシャツの方へと視線をやった。
ポロシャツは既に椅子から立ち上がっていた。
やはり來るのか。
僕が構えた瞬間――ジャストタイミングで、スカイブリッジライナーの速度が弱まった。
反でポロシャツのが大きく橫に揺れる。
それを見た僕は、失笑しながら「無様な姿だ」と小さく呟いた。
だが、すぐに真顔に戻ることになった。
何だ、この音?
突然、ピッ、ピッ、という小さな機械音が耳を襲うかのように鳴り始めた。
僕は足元へと目を落とした。
音の発生源はアタッシュケースだった。
おい、まだ速度が弱まり出してから、一分も立ってないぞ。列車が止まってから、弾は始するんじゃなかったのか。
徐々に早まっていく音に僕の心は掻きされた。
その瞬間だった。
とてつもない大きな人型の影が僕のを覆った。
まさかこのタイミングであの男が?
そう焦りながら顔を上げた。
ポロシャツは目の前にいた。
頬を強張らせ、額には大きくそして深い筋。さらに鋭い視線。即刻手錠をかけてきそうな勢いだ。
フリッツの計畫と違うじゃないか。
逃げなければ。
僕はすぐに腰を浮かそうとした。
が、ぎらぎらとしたポロシャツの威圧的な目が僕の行を制止した。
こいつは、やばい。
助けを求めるため、周囲を見回した。
すると、図ったかのようにシャノンが食堂車に現れた。
良かった、これで何とかなる。
僕のはにわかに踴った。
だが、すぐに絶の底へと叩き落とされた。こちらを一瞥しただけで、シャノンは何事もなかったように近くを通り過ぎていったからだ。
なぜ僕を無視するんだ?
のでそうんだが、その時にはもうシャノンの姿は寢臺車の中へと消えていた。
そうしている間にも、ポロシャツの大きな手が僕の方へとびてくる。
ぐらを摑まれた。
テロリストを捕まえるのに手錠など必要ない。そう言わんばかりに、僕のセーターの襟を捻り上げる。
これではきができない。
僕の心は恐怖ので覆われた。
それをあざ笑うかのように足元にあるアタッシュケースは音を発信し続けている。
間違いなく僕の命はここで終わる。
そう考えるのに十分なほど、音の間隔は短かくなっていた。
ポロシャツに襟元を持ち上げられたタイミングで、ふとテーブルの向こう側にいたツインテールのの子が目にった。
何が起こっているのかわからないせいか、きょとんとしていた。
彼に逃げろと忠告するべきか。
いや、そんなことより……もはやいつ発してもおかしくはない。
真に絶したせいか、目の前は漆黒が裂けるほど真っ暗になった。
その瞬間、フリッツの幻影が現れた。
にやりと笑って、彼は三度言う。
「君が今から逃げてもどうにもならない。弾はもうすぐ発する。當然だけど、誰も助けに來ないし、もちろん僕も助けにはいかないよ。だって、命をかけてまで君を助ける責任は僕にないからね。まあ、仕方ないよ。初めから僕たちの間にはワイヤーなんてなかったんだから」
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