《悪魔の証明 R2》第28話 024 エリシナ・アスハラ
燃え盛る漆黒の炎に照らされた鉄橋の側壁。見覚えのあるポロシャツの切れ端が、黒焦げになったコンクリートの表面にへばりついていた。
この、この繊維、彼のものに間違いない。風に吹かれ地面に落ちて行くその服の切れ端を目で追いながら私はそう思った。
かつて食堂車が存在していた場所へと顔をやる。
地面から煙が立っていたが、そこにはもう鉄の殘骸しか殘っていない。セネタルが生きていると考えるにはあまりにも無理がある。
やはり、呼びに行くべきだった、とを噛んだ。
例の連鎖発が発生する直前、私とクレアスは、臨時に構えたチームスカッドのアジト――ルーム四にいた。
「エリシナ、もういいだろ。妹に會いに行ってやれよ」
突然、クレアスが妹の件についての話を私に吹っかけてきた。
余計なことを――
セネタルがクレアスに妹の話を教えたと直した私は、舌打ちしそうになるのを必死に我慢した。
「そんな暇なんてない。仕事忙しいし、どうせ會ったって、私設警察を辭めろって言うだけなんだから」
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極力語気を荒げずにそう反論した。
「いや、実際妹に連絡していないどころか、自分の住所さえ教えてないって、どう考えても異常だろ」
「妹は私に會いたいと思っていないから、それは當然だわ。まあ、私も妹の住所は知らないから、お互い様かもしれないけれど」
「そんなことはないはずだ」
斷固とした口調でクレアスは言う。
「いいえ、そんなことあるわ」と返してから、首を橫に振った。「あの子の銀行口座番號さえわかっていたら、私にはそれで十分なの。それ以上の報はいらない。継続的にお金さえ振り込んであげれば……」
テンションを上げ過ぎたせいか、思わず言葉の先を失ってしまった。
気を落ち著けるためにひと呼吸置いた。
そして、あの子は一生苦労しなくても――と、その先の臺詞を続けようとした瞬間、例の発音が聞こえてきた。
一連の発が終わった後、私とクレアスは窓の格子を乗り越え外に出た。
寢臺車はすでにテロリストが占拠している恐れがあり、通路にるのは危険だと判斷したからだ。
ふたりしかいない現狀を考えれば、狹い空間でむやみやたらと抵抗しても撃ち殺されるだけ。それくらいであれば、外から車両のに隠れてステルス攻撃をした方が良い、というクレアスの見解もあった。
結局、最後までセネタルがルーム四に戻ってくることはなかった。
あのような不な話をしている暇があったのであれば、無理矢理にでも迎えに行けば良かったのだ。
今更ながらに深く後悔した。
現在、クレアスは乗客の救出のため食堂車の跡地へと赴いている。
彼自ら寢臺車の中に飛び込むのは危険だから、おそらく逃げ出してくるであろう乗客を外で待とうとしているはずだ。
一方の私は、六號車側の乗客の救助に向かうことになっていたのにも関わらず、例の切れ端を発見したせいでこの場所で立ち往生してしまっていた。
暗闇に包まれた海へと視線を移し、穏やかに流れる波にセネタルの顔を投影させる。
そして、ため息をつこうとした瞬間だった。
橫からただならぬ殺気をじた。
同時に、重い銃聲が鉄橋に鳴り響く。
咄嗟に顔を背けたおかげで、銃弾は頬をかすめただけで済んだ。
危なかった。
殺気に気づかなかったら、今頃顔面にが空いていたわね。
頬から垂れたを拭いながら、そう見積もった。
いったい、誰が?
じろりと前に目を向けた。
視線の先にいるのは、食堂車の殘骸から出火している炎を背にして立つ中型の自拳銃を持った男。
金髪。ありえないくらい大きな背。ライトグレーのスーツ――ではないけれど。なるほど、服裝を除けばセネタルが証言した通りの風ね。
この男が例のARKの一味であると私は直した。
「ほう、よく避けたな」
低い聲で男がそう褒めてきた。
ちっ、と男を睨みつける。
ここまで近づくまで気配をじさせないとは。
相手の力を図ってから構えた。
すぐに男は有無を言わさないとばかりに、次の一撃を繰り出してくる。
咄嗟にを橫にして銃撃をかわし、一連の作で腰からサイレンサー38式を抜いた。
とりあえず、話し合ってどうにかなる相手じゃなさそうね。
そう考えると同時に、迷わず銃口を男に向け引き金を引いた。
――いや、弾けなかった。
間合いを越えてびてきた男の太い腕が、私の手からサイレンサー38式を叩き落としたのだ。
何て危険なやつなの。
私は率直にそう思った。
「おまえ、その拳銃――サイレンサー38式を持っているということは……やはり、私設警察のやつか。まったく、卑怯だな。こっちはどノーマル拳銃とショットガンを持ち込むのにどれだけ苦労したことか」
首を鳴らしながら、男は言う。
「あら、男のおしゃべりは不幸を呼ぶってことを知らないようね」そう告げて、クスリと私は笑った。「おかげで凄く大事なことがわかったわ。あなたとあなたのお仲間の武は、しょぼい拳銃、ショットガンだけね」
「そんなことはないぜ、。俺たちは、まだ弾も持っている……」
臺詞をそこまで吐いたところで男は、はっと自らの手で口を塞いだ。
ずいぶんと悠長な態度で語っていたが、自分が乗せられていたことにようやく気がついたらしい。
「そう、弾はまだあるということね。でも、安心したわ。もしあなたたちが弾ではなくマシンガンを持っていたら、渉する前に蜂の巣にされてしまうところだったから」
鼻から薄い息を吐きつつ、そう述べた。
この私の臺詞に男は眉をしかめる。
「バレちまったか……まあいい。おまえをここで殺してしまえば、何も問題はないんだからな。ところで、渉ってのは何のことだ? まさか、俺に許して下さいとか泣きついてくるつもりじゃねえよな」
と、言った。
これに、ふん、と私は鼻を鳴らした。
どうやらこの馬鹿は自分の立場がよくわかってないらしい。
「それは大きな勘違いよ。泣きついてくるのは、あなた。そう、あなたよ。今投降するのであれば、辛うじてあなたの助かる道は殘されているわ。けれど、そのつもりがないのであれば……」
臺詞を切ってから、攻撃の勢を整える。
「そのつもりがないのであれば……なんだ」
男は私の口調を真似てそう述べた。じりじりと前に足を寄せてくる。
そして、ふたりの間合いが狹まった。
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