《悪魔の証明 R2》第38話 035 シロウ・ハイバラ

あれ?

俺は眉をしかめた。

なぜかドアノブが勝手に右へと回っていく。次にガチャリという音がしたかと思うと、廊下のが部屋に差し込んできた。

ま、まさか。しまった――

俺の口が唖然と開く。

すぐ鼻の先に見覚えのあるが現れた。

蒼白のシャツ。それより白い。くびれた腰の先までびた漆黒の髪を持つそのは、語るまでもなくレイ・トウジョウその人だった。

切れ長の目を極限まで細めて、俺を睨みつけてくる。

「ハイバラ。あなた、いったいこんなところで、何をしているのかしら」

と言う。

「え、いや、あの」

突然のことだったので、しどろもどろになってしまった。

何をしているかと問われたら、無論スパイ活をしていたのだが、それをそのまま正直に伝えるわけにはいかない。

なので、反的に「サ、サイキック・チャレンジの最終確認です」と、とってつけたような理由を俺は述べた。

「こんなに早い時間に?」

レイは確認するかのように訊いてきた。

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部屋の電気をつけながら、俺に疑いの眼差しを向けてくる。

額から汗が流れそうになるのを必死に我慢して、レイを部屋の中に招きれた。そして、彼のスレンダーな大部が間口を通り過ぎた瞬間、口を開く。

「そうです、先生。その通りです。僕は一番下っ端の人間じゃないですか。しかも、ジゼルの紹介でって間もないわけですから。掃除や実験の最終確認をするのは僕の役目です」

「最終確認?」

テーブルの上に視線を配ったレイは怪訝そうに尋ねてきた。

俺の返答を待つこともなく、テーブルの上に置かれているカードをじろじろと観察し始める。

な、何だ、このは……

レイの黒い目玉がく度に、心臓を素手で捻り上げられているような錯覚に陥りそうになる。

だ、駄目だ。こ、ここは冷靜にならなければならない。こみ上げてくる吐き気をの筋で必死に押さえつけた。

「ええ、床の掃除が行き屆いているか確認してたんです。これから、ネットで中継されるわけですから、第六研が汚れているところを視聴者に見せるのもどうかと思いましてね。やはりここは、きれいにしておかないと、と思い立って、早めに研究室へったのです」

そう素早く説明を語り終えた矢先のことだった。

レイの鋭い視線が再び俺の目を抜く。

バレたのか、と思わずびくついた。だが、それはまったくの杞憂に終わった。

レイは、若干ながらではあるが目を緩ませる。

「そう、ありがとう。そういえば、ジゼルが表であなたを探してたわよ。朝ご飯食べる約束してたのに待ち合わせ場所に來ないって」

「え、ジゼルが……」

と一応口では驚いたフリをしたが、好機を得たとばかりにレイに一禮し、一目散に研究室を後にした。

上手く騙せただろうか、と一連の出來事を鑑みて思う。

だが、し前にってきた俺がまさか裏でトゥルーマン教団――ひいては、スピキオとつながっているとは想像もしていまい。

確かにレイだけは油斷ならないが、そう考えるとおそらく心配ないだろう。

第六研のメンバーが超能力の存在を認識した時――無論スピキオに騙されてだが――どのような反応を示すか今からでも楽しみだ。

俺はにやりとほくそ笑んだ。

彼らが主張し合う超能力が存在するか否かという論點にはたいして興味はなかった。

面白いのは人が騙されて、その後どうのような反応を示すかだ。

特に正義に燃えた人間が騙されるのは愉快この上ない。

このように誰かに語ると、映畫に出てくる小悪人のようにスピキオたちに籠絡され、俺が彼ら側に寢返ったかのように思われるかもしれない。

無論そうではない。

そもそもからして、俺は超常現象や超能力に対して懐疑的な意見を持つ者ではなかったのだ。

とはいえ、もちろんトゥルーマン教団のすべての人間がそのような能力を持っているなどとは思っていない。

だが、逆に言えば、すべての人間がそのような能力を持っていないとも思っていない。

実際、トゥルーマン教団の教祖トゥルーマンに関しては、本當に霊能力を持っているのではないかと俺は訝っていた。

いや、この表現は適切ではない。

トゥルーマンに限らず、人が見えると思ったら見えるのだろうし、見えないと思ったら見えないのだろうとさえ考えているのだから、訝るという単語は不適切だ。

そうとはいっても、俺、シロウ・ハイバラがトゥルーマン教団への信仰にハマることなどはありえない。

宗教などという行が制約される組織に自分が束縛されることなど、まっぴらごめんだ。

そんな場所に、純粋な善意で人を勧する輩などは見ているだけで辟易とする。

だが、レイ・トウジョウを初めとする第六研のメンバーの神経はもっと気にいらない。

世界の可能は無限であるのに、その無限の可能を否定しようとするような、あのサイキックチャレンジというシステムが俺は気にくわないのだ。

「どうしたの?」

突然の呼びかけに、俺の思考が遮斷された。

その原因となった――ピン留めで前髪を斜めに止めた顔の、ジゼルに目を移す。

らしい顔をしているとは思うが、気はまったくじない。

昔から一緒で面倒くさいやつだと思っていたが、本當に面倒くさい。

だが、今回ばかりはしばかり役に立ってくれたようだ。

馬鹿の巣窟第六研に、俺を紹介してくれてありがとうよ。

心にもない禮を鼻で投げかけてから俺は言う。

「どうもしないよ、ジゼル。そろそろ行こうか。ふたりでサイキック・チャレンジの準備が萬全か最終確認しよう」

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