《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第2話 晝下がりの傍観者

晝前になんとか配達所に戻ると所長が俺を待っていた。

「おい、ランドウォーカー。水浴びでもしてたのか?」

「すみませんでした……」

所長の頬はピクピクと引き攣っていた。

「お前の擔當區から苦が來ている。すぐ謝りに行け!」

「はいっ!」

まだ晝飯を食ってない。でも口答えは無用だ。空機をヘコませたことはまだ黙っておく。でなきゃ心が持たない。

俺は事務所の自分の卓に落ち著く間もなく慌ただしく出て行こうとして再び所長に呼び止められた。

「これ持ってけ。先方の車の修理代。あと住所。失禮のないように。無くすなよ」

「ありがとうございます!」

「もちろん給料から天引きだぞ」

「はい……」

當然だよ。俺は封筒をけ取って事務所を出た。午前の配達中に空機で追突した車の持ち主に謝罪するために。俺がさっき水路に落ちた原因だった。

ナトリが出て行くと所長のドレウィンは腰に手を當てて寂しくなり始めた頭髪を掻いた。二人の會話を聞いていた、近くの機で書類の整理をしていた事務員が彼に聲をかける。

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「所長、ランドウォーカー君またやっちゃったんですか」

「あいつには困ったもんだ」

「人一倍やる気はあるんですけど、それだけに殘念というか」

俺、ナトリ・ランドウォーカーが、この王都配達局アレイル地區の営業所に配屬されてから半年ほど経つ。

半年前田舎から上京し仕事に就いた俺は希に満ち溢れており、見慣れぬ浮遊都市群の風景に心躍らせたりしたものだった。

だが現実は厳しい。早くも俺はそれを思い知りつつある。

同期の配達員達は、すでにそれなりに上手く仕事をこなせるようになっている。そんな中俺はどうしても配達の効率を上げられず、一人置いてかれていた。

簡単にいかないことは分かっていた。覚悟もしていた。足りないなら頑張るしかない。それで間違っていない、と思う。でも結果はなかなか出なかった。

衝突の謝罪を済ませ、午前分の荷をようやく捌いた。

遅い晝食をとるため道端の手頃な販売車でミートサンドを買い、公園のベンチに腰を下ろした。

午後の配達も殘っているし、のんびり晝飯を食っている余裕はない。

ミートサンドを胃に落とし込んでいると背後の通りから大聲で何か喚くような聲が聞こえてきた。何事かと振り向いて聲の主を探す。

通りを挾んだ向こう側に男がいて、傍に立っているの子に何か喚いているようだ。

そこにはさきほど俺の財布を拾ってくれたあのがいた。

の髪と格好、間違えようがない。往來にいる明るい髪のはとても目立った。男はかなりの剣幕で、頭にが上っているらしい様子。

そこそこ人通りがあって通行人から注目を集めている。なんだかちょっとまずいじだ。絡まれているのか。

長椅子から立ち上がりかけるが、思い直して再び腰を下ろす。

俺はとくに頼りがいのある人間じゃない。格は普通、力と飛力はないに等しい。

ただでさえ仕事が遅れているのに、この上面倒事に首を突っ込む勇気すらない。ないないづくしの落ちこぼれだ。

あの子の笑顔が脳裏に浮かんだ。そんな俺にもあの子は優しくしてくれた。きっといい子だと思う。もちろん助けたいと思う。でも思うだけだ。

シャツの元をギュッと握る。人に自分の質を知られるのが怖い。首を突っ込んで自分の立場を危うくするのが怖い。頭に浮かぶのは言い訳ばかりだ。

往來であんなに目立っているんだ、きっと治安部隊か正義に溢れた親切な人がやってきて、その場をきれいに治めてくれる。

俺のような雑魚が出しゃばってもどうにもなりはしない。何もしない方がいい。

俯き、頭の片隅に殘るの笑顔の殘滓を振り払うように頭を振る。

長椅子に座り直して食事を再開する。だけど飯の味は消えて、心の中にはなんともいえない無力が広がっていく。

広がる青空と公園の緑が一段階褪せたように見えた。

しばらくしてもう一度彼らの方に目をやる。二人の傍にさっきまでいなかった若い男がいた。をかばい、仲裁しているのか興気味の男としきりに言葉をわしている。

ああ、よかった。これであの子は危害を加えられたりすることもない。世の中には親切な人だっているのだ。

ほっとをなでおろすと、それきりそちらの方は見ないようにした。

飯の殘りを食べ終えて水筒の水を飲み下すとベンチを立つ。

脇に止めた空機を押して公園を出る。通りに出たところでそれにがり、変換のロックを外す。推進力が加わり、車がわずかに地面から浮いた狀態で前進を始める。

午後の配達を片付けるため、俺はにまとわりつくようなやるせなさを振り切るように、午後の日差しの降り注ぐ街へと風を切って駆け出した。

通りにいたの子と男達の姿はもうなかった。

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