《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第7話 閃の杖

折れた柱の斷面に白銀の短杖が載っている。

どう見てもこの古臭い石造りの跡には似合わない異質なものだった。

おまけにそれはうっすらと燐を纏うように、薄暗い地下においても存在を主張していた。

手をばしてれ、それを拾い上げる。持った瞬間、燐は一瞬その輝きを増し、杖を取り巻くように青いが出現した。

「うわっ!」

は杖を伝ってそのまま俺の腕を通り、肘の辺りで消えた。杖を覆っていた燐も既に消えていた。

「なんなんだ、コレ……?」

見たこともない道だが、街にある杖の専門店で似たようなものを見かけた気がする。

しかしこれは、店先に所狹しと陳列されたあの杖ともし違う。第一、杖だったら俺が手にとっても反応するわけないし。

さっと検分して、杖の取っ手付近に引き金のようなものがついていることに気がつく。士の使う杖にこんなものがついているのは初めて見る。

昔聞いた話が思い浮かんだ。世の中には波導を扱えない人間でも使う事ができる特別な武があると。

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強力なモンスターの素材を元にして製作されたそれは、たしか「星骸(スターアーク)」とか言われていたはずだ。

「もしかして、これが?」

取り敢えずその杖をベルトに挾み込むと、足を引きずりながら瓦礫に手を掛ける。ここでまごついてる時間はない。の様子が気になる。

なんとか瓦礫を這い上がって最初のフロアまで戻り、部屋の奧にあった階段で上階に上がる。

激しい破壊の音が壁を通して伝わってくる。怪が暴れまわっているんだ。

階段を登り、回廊を通ってまた階段へ。四階ほど上がったところで、回廊の手すり越しにを乗り出し、上を見上げてんだ。

「おい、大丈夫か?!」

上の方で破壊の音と瓦礫の噴煙が上がり、暗く染まりつつある空を背景にして、吹き抜けに黒い影が飛び出した。それはそのままこちらへ落ちてきて、石材の手すりの上にふわりとが著地した。

「よかった! 大丈夫だったんだ」

「ああ、それより……、ってうわぁ!」

を追って黒い影が落ちてくるのを見て、回廊に降り立った彼を強引に抱えて飛び退る。

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すぐ側で回廊の床をぶち破り、怪は自の勢いを殺しきれずに階下へと落ちていった。

「今のに!」

再びの差し出す手を取ると、から重みが消える。本當になんなんだ、この覚は。

に合わせて踏み込み、床を蹴る。強風に吹き上げられるようにが上昇していく。一気に五階ほど飛び、天井のを抜けて俺たちは跡の屋の上に降り立つ。

どこまでも続く空と雲が俺たちを取り囲んでいた。

どうする。ここから、どうすればいい。あいつはすぐに上がってくる。の力を借りて元來た方へ逃げるか。

……どこまで逃げても、怪は空の果てまで追いかけてくるような気がする。今は彼のおかげでなんとか保っているが、こんな足でこれ以上逃げられる気はしない。

「くそ、何か……、なんとかできないか」

階下から跡の崩れる音が響いてくる。

「向こうへ!」

傾斜した屋を駆け下りて、張り出したバルコニーへ降り立つ。著地した瞬間、右足に重がかかって激痛に顔が歪むが、気にしている場合ではない。

バルコニーからまっすぐ外へ、細い通路が一直線にびている。その先に元は風車塔だったであろう崩れた赤茶けた塔が見える。

「一か八か……、あそこで決著を著けてやる。走ろう」

「うん!」

突端にある風車塔まで続く間橋を走る。細く頼りない石材の床を踏みしめて、懸命に足をかした。

がばらばらになりそうだ。衝撃に細い通路が揺れる。振り返ると怪は通路の手前に達していた。天井のから這い出てあそこに飛んだのだろう。怪の下でバルコニーのり口が脆く潰れているのが見える。

奴はそのまま腳で細い通路に巻きつくようにそれを伝ってこちらへ進んでくる。古くなった通路が重みに耐えきれず、怪の後から崩れていった。

それでいい。來い。いい加減この鬼ごっこを終わりにしてやる。

なんとか崩れかけた風車塔のり口まで通路を渡りきった。中は螺旋階段になっていて、かなり手狹な印象だ。

段差に足をかけ、俺たちは階段を駆け上がる。激しく塔が揺れ、転倒しそうになった。

「うわっ!」

「きゃあ!」

がらがらと崩壊の音が聞こえる。塔のり口付近が崩落したようだ。あいつの仕業か。

何かを打ち付けるような、怪の足音が近づいて來る。塔全が震撼している。

「外壁を伝って登ってきてるのか……! 急げ!」

外から見た塔はそれなりに高さがあった。天辺まで登り切るとそこで階段は途切れ、俺たちは跡の全景を見下ろせるほどの高さの場所に出た。

はもう消えた。跡群は明かり一つなく、不気味に闇の中に沈んでいる。ここから塔の上部は崩れたのだろう。

この塔の周囲に跡の殘骸は浮遊しておらず、アイツはもはや飛び移って逃げることはできないはず。

下からは破壊の足音が急速に近づいて來ていた。

「ここから飛べる?」

あの化けはバッタのような跳躍力を持っているが、限界はある。自重もあってほどの飛距離はない。

ここへ繋がる細い橋は化けが自ら破壊した。だからあいつをこの塔に閉じ込めてしまえば、俺達は逃げ切れるはず。

も俺の意図を理解してくれたようで、俺たちは崩れた壁際に駆け寄った。

塔が揺れ、のバランスを崩す。飛び込もうとした壁のから怪が顔をのぞかせる。

「もうここまで……っ!」

腳を外壁にめり込ませ破壊しながら、ここまで登ってきたようだ。

外壁に掛けた腳でを引き上げ、目の前に雄牛頭の怪がその姿を現した。

至近距離でその黒々とした眼窩を覗き込む。恐ろしい。背後でが息をのみ、俺の裾にしがみ付くのをじる。

は壁の、そこに飛び込もうとした俺たちの行く手を塞ぐように壁のふちに手をかける。逃げ場がない。

俺は咄嗟にベルトに挾んだ杖を抜き放って、間近に迫った怪の頭に突きつけた。

確信はない。使えるかもしれない、という予だけだ。もう、これくらいしか頼るものはない。

取っ手についた引き金を、人差し指で思い切り引き絞った。

夜を切り裂くように鋭いの軌跡が一直線に描かれる。それは杖先から撃ち出され、この怪の頭蓋の真ん中を貫通して空へと消えていった。

確かな反と手応え。使えた……。やっぱりこれは星骸(スターアーク)なんだ。

外壁に手をかけたまま怪きが停止する。ぐらりと傾いたかと思うと、奴は外側へ落下した。

壁から顔を出して下を覗き込む。怪は落下の途中で塔に再び取り付こうと腳をばし、塔の壁に腳を突きれる。

だが、壁を破壊しながらも、自の重すぎる重から落下の勢いを殺せない。

塔の基底部はこいつ自ら破壊しているし、その位置と落下速度から飛び移れるような足場はどこにも存在しない。ついに奴の腳は塔の最下部まで壁面を破壊しきって空を掻いた。

漆黒の空へ、怪は長くばした腳で虛空を掻きながら落ちていく。どこまでも。

その姿が小さくなり、ついには見えなくなるまで、俺とは怪を見送った。

急速にの気が引き、から力が抜けていく。がくりと膝をついた。立っていられない。

そこで俺の意識は途切れ、闇が訪れた。

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