「ナトリを傷つけるのは許さないっ！」

「コバルト、離れろ！」

ユリクセスの二人は同時に飛んで俺たちから距離をとる。

「こいつ波導使いだ。油斷するな」

「生け捕りは無理だぜ、スカーレット。殺っていいか？」

「もう拘らなくていい」

男も刃を取り出す。二人はじりじりと俺たちとの間合いを図っているように見える。

俺はフウカにだけ聞こえるように囁いた。

「右後ろに飛ぼう。いったん下がってから大通りを目指す。なるべく屋すれすれを飛んで」

「わかったよ」

俺の手をフウカが摑む。奴らを睨んだままが浮いた。

後方に位置する建の屋に著地し、すぐさまフウカは右へ飛んだ。

大棟すれすれを超えながら屋の上を伝っていく。

一旦路地へ降り、方向転換してまた屋に上がる。

あとしで人の多い明るい通りだ。

「オラッ！」

暗い路地を飛び越えようとした時、下から先回りをしてタイミングを窺っていたらしい男が、飛び上がっての回転をかけながらナイフを叩きつけてきた。

フウカは咄嗟に反応し、甲高い音と共に波導障壁によって刃は防がれた。

し勢いを削がれたが、彼は再び屋の上を飛び始める。

「上だっ！」

闇に溶け込んだが両手にナイフを握って落ちてくる。

フウカの接地の隙を狙って降ってきたは頭上から落下の勢いのままにナイフを振り下ろした。

頭上に波導壁が形され、刃を防ぐ。

だがの重と落下速を加えた一撃は壁をしだけ貫通した。

激しい音が響き、薄くる波導壁とので飛び散るがナイフの刃に躍る。

「うううっ！！」

真晝のように照らされたフウカの白い顔が苦しそうに歪む。

明な壁にビシッと音を立てて亀裂がり、その直後壁は砕け散った。

「きゃあっ！」

俺とフウカは破裂の勢いで弾き飛ばされた。

すぐ近くに倒れたフウカを助け起こしての方を警戒する。

「大丈夫か！」

「うん……、大丈、夫」

くそ、もうしで大通りなのに。

はゆっくりこちらに歩いてくる。もうすぐそこまで迫っていた。

俺たちの前に再びフウカの壁が形作られるが、構わずは歩み寄る。そのまま壁にぶつかるかと思われた時、ガキンと音がして壁の向こうにさらにもう一枚、明な壁が現れた。

「波導が使えるのはアンタだけじゃない」

この、波導使いか。道理で腕に自信があったわけだ。

フウカの壁が奴の壁に押され、軋みを上げた。

「この程度か？」

口に薄ら笑いを浮かべ、はさらに一歩踏み込んで大きなナイフを構える。

「あいつらの恨みだ……そのでけ止めな！」

その時俺が微妙な風の変化に気がついたのは偶然だった。

男の姿が見えないことが頭の片隅にあったので、どこかで警戒していたおかもしれない。

闇夜を切り裂いてもう一人の男が俺たちの後上方から飛び込んでくるのに反応できた。

けれど奴はもうすぐそこまで迫っていて、フウカに伝えていてはとても間に合わないと思った。

「フウカッ！」

咄嗟に俺は彼の背後に回り、全でその背中を覆った。

右肩口から左脇腹にかけて、背中をスウッと冷たいものが過る。

の中の骨、、臓などを異がでる気味の悪い覚。

「ザコが」

「ナトリ……？」

背中を斬られた。ザックリと。

急速にが冷えていく。フウカのから離した手はぶるぶると震えている。

見下ろすと、赤黒いがつうっと地面に垂れた。

ああ。これ、やばい。

の奧が、燃えるように熱い。でも表面はなんだか寒くて……。

それでも持てる限りの力を足に力を込め、震える足腰を支える。

「前を見ろ、フウカ……」

「え……」

「――手に思い込んで襲ってきて……」

「あん？　何を言ってやがる」

底冷えするような悪寒が全を揺らすのに、の奧では激とも言えるが渦巻いている。

じるのはを焦がすほどの激しい怒りだった。

「勝手に思い込みで襲ってきやがって――。言いがかりでフウカを殺す？　クソが！　お前らにはもう散々な目に合わされてんだよ……ッ！！」

無言でナイフを構えるを睨みつける。

「フウカは何も悪くない！　それどころか記憶をなくして困ってる。そんな子を思い込みで殺すだと？　許されるわけないだろ……お前らがやってきたこともだ！　お前らのせいで……、なんの罪もない子供が、二人も！　死んだんだ！！」

自分のことは、とうの昔に諦めた。

それでも誰かが、近な者が、俺に親しみを向けてくれる人が理不盡にげられるのは許せない。

フウカの肩に震える手を置く。

「……こんな外道に負けるな、フウカ。こいつらは人としてやっちゃいけない事をした。大人しく殺されてたまるかよ……！」

「ナトリ……！」

最後まで抵抗してやる。思い通りにさせてたまるか。

ふらつく足で後ろを向く。男の方は被ったフードの隙間から憎しみに淀んだ赤い瞳でこちらを睨めつけている。

殺人者の目だ。俺と男の間にもうっすらと明な壁が現れた。フウカの波導だ。

フウカを守りたい。でも俺は守られてばかりだ。できるのは壁になることくらいだが、それでも彼だけは死なせてなるものか。

彼を助ける。それが俺の選択だ。そのために、どう行すべきか……。

意識が霞み始めていた。

その時突然右手の違和、いや異を自覚した。

手を持ち上げてその正を確認する。

俺の右手には三日前バラム跡で拾った後、落として失くしたはずのたはずの星骸(スターアーク)の杖が握られていた。

何故これが今ここに。いや、それはいい。これが、フウカを守る力が今確かに俺の手の中にある。フウカに小聲で語りかけた。

「フウカ、まだ飛べるか」

「はぁ、はぁ……、うん、大丈夫……！」

フウカの消耗が激しい。あとしだけ我慢してくれ。

「さっきの合図で思いっきり大通りまで飛んでくれ。大丈夫。今度はきっと上手くいく」

「わかったよ」

彼の返事を聞き終わると同時にの方を振り返り、フウカの肩越しに白銀の杖を構えて狙いを定めた。のの目が見開かれる。

「この波導障壁がある限り、そんなもの————」

思い切り杖の引き金を引く。

確かな反と迸る閃。杖から放たれた輝きは二枚の障壁をあっさりと貫通して一直線にのへと突き刺さり、そのままを通り抜けた。

「なっ」

はがくんと膝を落とし、床に手をついた。

「スカーレット！！」

フウカの壁を侵食していたの波導壁は微かに揺らいでふっと消滅した。

すぐにフウカの手を握る。抜けそうになる力を腕に集めてそこだけは離さないようにと気を張った。

フウカが両足で地面を蹴って飛ぶ。民家の屋上で蹲るとそれに駆け寄る男の姿が瞬く間に遠のく。

俺達は街に散らばる家の明かりを見渡せる高さまでぐんぐんと上昇し、頂點に達した後ゆっくり弧を描くように落ちていく。

その先は明るい黃のが埋め盡くす街の大通り。の世界はすぐそこだ。

逃げ切った。ほとんど力のらないでフウカに手を引かれるままに飛び、風を掻き分けて落ちていく。

見上げる天上は星屑の川だ。

どこまでもその中を落ちていく。どこまでも、どこまで、も…………――――――。