《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第19話 約束の糸

「ただいま――ぁ?」

「あ、おかえりナトリー」

「おかえりナトリしゃん」

部屋の扉を開けて中にると、食卓に向かい合って座るフウカと隣人のカルステンが俺を出迎えた。そしてテーブルの上には焼き料理が並べられ、食を刺激するいい匂いが漂ってくる。

「お仕事おつかれさま。カルスがね。ご飯を持って來てくれたの」

「フウカしゃんお腹空かせてないかな~って。これ、余ってたから」

「こんなに……、なんかすみません」

「ささ、ナトリしゃんも一緒にたべよぉー」

「すっごく味しいよ!」

食卓に、屋臺で買って來た味付け燻製を置く。カルステンの持って來てくれた焼き料理はや魚ばかりだったのでやたらと種類が偏ってしまったけど、腹はかなり減っていたのでいくらでも食べられそうだった。

フウカの言うとおり、カルステンのシンプルな料理はとても新鮮でホクホクとしており味しかった。

「カルスさん、前も新鮮な魚持って來てくれましたけど、これってどこで売ってるんですか?」

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「ふっふー、カルス泳ぎは得意だからね。フウカしゃんのためならいつでも捕まえてあげるよ!」

「私にも獲り方を教えてよ」

これ自分で獲ってたのか。釣りが趣味なんだろうか。

ラクーン(川貍)は東部の水辺に多く暮らす種族だ。とても泳ぎが得意で彼らの文化に水辺は欠かせない。割とフレンドリーな人が多いそうだけど、一人でいるフウカの相手をしていてくれたのならありがたい。なんで一人でいるとわかったのかはこの際気にしないでおこう。

「もうフウカから聞きました? 俺、引っ越すんです」

「え、え、ええええーーーーーっ!!」

カルステンは突然ぶと、今度は固まってコテンと背もたれに倒れた。

「もういなくなっちゃうのぉ……?」

「ごめんね」

フウカがテーブル越しに手をばし、カルスのふさふさした赤を優しくでる。

「急になっちゃいましたけど、々と込みった事があって」

「そっかぁ。ナトリしゃんとフウカしゃんと、もっと話したかったな……。王都に來たら訪ねてきてよ」

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「うん、會いに來る! 約束ね」

カルステンと隣室になってかれこれ半年程だが、會話をしたのは數回程度だった。俺は仕事に必死で、々なことを見落としてしまっていたのかもしれない。もっと彼と仲良くなれたのかもしれないのに。

この部屋は今日で引き払って、明日東部行きの浮遊船に乗ることを告げた。フウカの実家を探すためにプリヴェーラを目指すと言うと、あそこはいい街だよと何故か得意げになっていた。

食べ終わって腹が落ち著いた頃、カルステンには隣室へ戻る際に夕食のお禮にと部屋にあるものを好きなだけ持っていってもらった。

元より備え付けの家類以外に大したものはない。それで凡そ部屋は片付いてしまった。腐るようなものでなければ置いて言ったところで問題はない。

別れ際、部屋の扉の前で目をくりくりとさせて寂しそうにするカルステンをフウカが抱き上げてでる。ラクーンもエアルのの子で鼻の下ばすんだな……。ともかく彼はいい隣人だった。また會えるといいな。

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俺たちは明日のこともあるので寢支度の後フウカはベッド、俺は床で眠りについた。床で寢るのも最後かと思うとそこまで辛くはなかった。

§

翌日の晝頃、アパートを引き払った俺たちはアレイル二層の丘に來ていた。午前は不用品の処分や転居の手続きで歩き回って、一通り用事が済んだ後晝食にしていたところだ。半年ちょっとではあったが、慣れ親しんだ王都の景を目に収めておこうと木々の向こうに浮かぶ街並みをぼうっと眺めていた。

「あ、あれ? あんた、死んだはずじゃ?」

ものすごく不躾な聲が掛けられる。振り返ると、そこに立っていたのはモモフク師匠の娘、學校の制服を著たチェシィだった。

ももちろん種族はネコだが、アリスさんや師匠と比べるとかなりエアルに近い容姿をしている。はほとんどなく肩口までびたウェーブのかかる栗の頭髪くらいで、ネコらしさといえば頭の上の大きな耳と灰のしっぽくらいなものだ。

同じ家族でもダイナ婆さんからチェシィのような奴まで全然姿が違うことも多い。ネコという種族は本當に不思議なのだ。

「勝手に殺すな。失禮な奴だな」

「いやぁ、寮で噂になってたから。緑髪の男って聞いたから絶対ナトリだと思ったんだけどなぁ」

「死人は出てない。背中を怪我しただけだよ」

チェシィはあの二人の娘とは思えないくらいわがままで適當な奴だ。勝手気儘でデリカシーがない。

は俺より二つか三つくらい年下で、まだ學生をやっている。

「んん、その子は? わぁ、超可いじゃん。まさかとは思うけど……彼?」

「なわけあるか」

「だよねー。ナトリにはもったいなさそうだし。じゃあ友達?」

包み隠さない毒にムッとするが、本人が素なのはわかっているのでスルーする。

「……まあそんなもん。この子はフウカっていうんだ。ちょっと事があって今うちに居候してる」

改めて関係を聞かれると困る。フウカにもチェシィのことを紹介し、師匠達の娘だと説明する。チェシィは青い瞳でじっと食べかけのパンを抱えて座るフウカを見ている。

「ナトリがこんな可い子とね……。変なことしてないだろうなー?」

「そこは安心してくれ。俺は筋金りのヘタレだ」

「ああうん……、そりゃそうか。よろしくね、フウカ。あたしチェシィっていうの。パパとママにはもう會ってるんでしょ?」

「よろしく、チェシィちゃん。この前お家に泊めてもらっちゃった」

「って! それあたしの服じゃんっ?!」

「ああ、これアリスさんが貸してくれたんだけど、やっぱりまずかったよな」

「あーあー……。ママったらまた勝手に弄ったな」

チェシィはフウカが自分の服を著ていることに気がつくと耳をぴんと立ててアリスさんへ文句を言いげにむくれた。

「ごめんね」

それを見てフウカは悄然として俯いた。

「あ、ああー、いいのいいの! 多分フウカが著た方が似合ってるし! あたしはたくさん持ってるから、それはあげるって!」

チェシィに服を借りることになった経緯を説明する。ついでにフウカの事も。聞き終わると彼はぽかんと呆気にとられて俺たちを見た。

「なんか……、すごいことになってんね。よく生きてんなー」

「自分でもそう思う」

「でもそっか、イストミルに行っちゃうのかぁ。殘念だな」

まさか寂しがってくれてるのか。

「フウカと遊んだりしたかったなぁ。ね、今度エイヴスに戻ってきたら遊びいこーよ。楽しいとこいっぱい連れてったげるから!」

俺のことはどうでもよさそうだった。當たり前だ。チェシィはしきりにフウカにあれこれと質問し始める。多分同じ年くらいだから話しやすいのだろう。

フウカも記憶を失くす以前は學校に通っていたり、友達がいたりしたんだろうな。

チェシィは襲撃の一部始終について聞きたがったので詳しく話してやる。次第に彼は興し始めた。

「うそっ! フウカ波導使えんの?! すごっ。でもあたしがいたらそんな奴らちょちょいと撃退してやったのになー、殘念」

「チェシィちゃんは強いの?」

「チェシィのエリアルアーツはなかなかのもんだよ。この歳で拳闘武會の地區予選上位に食い込むレベルなんだ」

俺も以前師匠達とチェシィの応援に闘技場へ拳闘武會を見に行ったものだ。ネコの敏捷を生かしたものすごいきで敵を翻弄しながら闘っていたのは印象的だった。

「ふっふーん!」

「エリアルアーツ?」

得意げに踏ん反り返ったチェシィだったが、フウカの一言でがくっとバランスを崩した。やっぱり忘れてるよな。

「そっか……、記憶ないんだったよね」

し気の毒そうな顔になりながらもちゃんと説明する。

「あのねフウカ。エリアルアーツ(空中格闘)っていうのは戦闘なの。大気を満たす『フィル』の力を利用して闘うのだよ。かっこいいでしょ」

「かっこいい!」

「でしょー?」

フウカに実際のかっこよさが伝わっているかは不明だが、チェシィは彼にあれこれエリアルアーツの魅力について語り始める。

王都では拳闘武會の観戦はメジャーな娯楽で、毎年最強の拳闘士(レイザー)を決めるトーナメントが開かれ、大いに盛り上がる。強い拳闘士は市民の間でも有名人で、老若男から稱賛と名聲を一に集めている。

「無敵の拳闘士チェシィ・ウォズニアック! そのうちエイヴス杯で優勝しちゃうんだから覚えといて! にゃーっはっはっはー!」

チェシィは薄い一杯に張ってふんぞり返る。

「応援してるよ!」

フウカが両の拳をぐっと握って言う。

「……おー」

若干呆れもするがすごい自信だ。やっぱりこういう職業を目指す奴には必要な素養なんだろうか。

「でもチェシィ、アリスさんお前の績のこと心配してたぞ。結構な低空飛行らしいじゃんか」

チェシィの大きな耳がぺたりと伏せられた。

「うげえぇー……言い(ふ)らされてるし。あたしは拳闘士になるんだから勉強なんてどうでもいいっての!」

船の時間があるので、會話も程々にチェシィと再會の約束をわして港へ向かうことにした。

「またねフウカ! 実家、見つかるといいね! 今度王都に來たらあたしの戦い見に來てよ。ナトリもね。パパとママによろしく言っといて」

「またねチェシィちゃん」

「わかった。そっちも元気でな」

§

アレイル第二層南部、浮遊船ターミナルは今日もひっきりなしに発著する多くの浮遊船と乗客で賑わっていた。この港からは大陸間を往復する浮遊船が出ている。

半年前、俺も東部から浮遊船に乗ってここへやってきた。あの時は右も左も分からず、田舎者丸出しできょろきょろしていたっけな。まさか半年ちょっとで帰ることになるとは思っていなかったけど……。

利用者が行き來する大きなロビーを歩いて券売所に並び、東部の港町オリジヴォーラまでの切符二人分を購する。

出発まで時間がある。俺たちは長椅子の並ぶガラス天井の明るい待合ホールに向かった。

「あー、いたいた! ナトリちゃん、フウカちゃん!」

「アリスさんにモモフクさん!」

待合所前で師匠達と合流できた。師匠には王都を離れることを伝えてあった。見送りにきてくれるという話だったが、仕事もあるはずなのに師匠には迷かけっぱなしだ。

アリスさんは俺が大怪我したと聞いてかなり心配していたそうだ。しきりに俺とフウカの無事を喜んでくれた。

「治安部隊が捜査してくれてるとはいえ、今アレイルにいるのは危険だと思います。フウカのためにも」

「そうでしょうね。全く厄介な輩に目を付けられてしまったものです」

しばらくの間、二人との別れを惜しむ。王都へやってきたばかりで仕事もうまくいかず辛い毎日を送っていた頃、師匠の屋臺で二人に出會って隨分と救われた。

アリスさんはお母さんみたいに優しくしてくれて、師匠と話せば明日も頑張ろうと思えた。アリスさんは々とフウカを気にかけてくれている。

「ナトリくん。信じるのです、己の選択を。あなたの心を。危機をくぐり抜けられたのはあなたの意志の強さ故です。二人なら、この先困難が待ち構えていてもきっと大丈夫ですから」

「師匠。俺、しだけわかってきた気がするんです。自分を信じることは難しい、その結果失われてしまうものだってある……でも決めました。

フウカが自分の居場所を見つけるまで、俺はあの子の側にいてやりたいと思います」

「ナトリくんがこれから先、どのような道を歩むのか楽しみにしています。あなたならきっと大丈夫ですにゃ」

普段から笑顔を浮かべているような師匠は口元をゆるめてにっと笑った。

浮遊船の出る時間が迫り、待合の乗客達が移を始める。

「プリヴェーラはすごく綺麗ニャ場所だって聞いてるわよ。東部へいっても二人とも頑張ってね」

「うん! アリスさんも元気でね」

々と、お世話になりました。師匠のらーめん、また必ず食べにきます!」

「待っていますよ」

アリスさんがフウカを抱きしめる。種族は異なるがまるで母と娘のようだ。俺は師匠と握手をわす。師匠の大きな手についたむにゅっとらかい球に包まれて気持ちがよかった。

切符を切ってもらい桟橋を渡って浮遊船に乗り込み、他の乗客達と同じようにデッキへと出る。後部フィンが回転して風を切る音が聞こえ始め、船が空中をるようにしずつき出した。

俺とフウカは埠頭からこちらを見上げる師匠とアリスさんに一杯手を振る。

見送りに訪れた人々の中に、一瞬どこかで見たような人影を見た気がした。あの人は確か……。よく見ようと目をこらすが、すぐに船は港から遠ざかり、師匠達の姿も小さくなっていった。

五番街アレイルが、王都エイヴスの浮遊都市群が遠ざかっていく。やがてそれらは青い空気の壁の向こうに霞んで、雲の合間に消えた。

いろんな人たちと約束をした。それは王都で知り合った人々との絆だ。見えざる糸となって俺たちと繋がっている。その糸が切れぬ限り、いつかきっとまた會える。

俺とフウカは悠久の空と雲が果てなく広がる浮遊船の進路の先を仰ぎ見た。

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