《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第21話 魔の空域

異変が起こったのは日が沈み、夜も更けて來た頃のことだった。斷続的な発砲音と細かな振が鳴り響き、そろそろ寢ようかと思っていた俺たちはその場でを固くした。

「なんだ?」

音からして船に備え付けられた砲の発音か。

「どうしたの?」

フウカが向かいの寢臺から不安そうにこちらを見る。

空賊船にでも強襲をかけられたか、空を飛ぶモンスターの襲來でもあったか。

事態を把握する必要がある。俺はフウカに部屋から出ないように言うと、扉を開けて船室を飛び出し、船の側舷通路へと様子を見にやって來た。そこには既に他の船客達が集まっていた。

その時俺の耳は何かの音を捉えた。妙に甲高い、掠れるような、咽び泣くようにも聴こえる不気味な音を。

「歌……?」

浮遊船は速度を上げて雲の中を上昇潛航中のようだ。吹き付ける風に飛ばされないように柵にしがみ付く。

雲の中を航行することはあまりない。進路上にふいに浮遊巖礁でも現れたら衝突の危険がある。それだけの異常事態であるということを直する。

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やがて船は雲を抜けた。視界が一気に晴れる。見上げると、大小五つの月が雲の海原を青白く照らしている。船は尚も舳先を上げて上昇を続けている。視界が開けたことで船の周囲を見渡すが異常はみられない。

そのとき、船から離れた地點の雲原を突き破って巨大な何かが姿を現した。

「あ、あれを見ろっ!」

「浮遊艇……!? だが妙だぞ」

その黒ずんだ艇は、雲の塊を抜けるとし遅れてぴったりとこちらの船の後を追うように追尾してくる。幾世代も前の軍用艇のように見えるがどうも様子がおかしい。

その艇は月夜でも一目見てわかる程にボロボロだ。船には大が空き、裝甲はひしゃげ、推進機関の幾つかはばっきりと折れてしまっている。とても航行できる狀態には見えないが、その艇は音もなくこちらに迫りつつあり非常に不気味だった。

「幽霊船……か」

聲に振り向くと、そこにクレイルが立っていた。その目は鋭く黒い浮遊艇に向けられている。俺は両手でしっかり柵に摑まりながら晝間クレイルとした話を思い出していた。

♦︎

「幽霊船?」

テーブルセットで雑談しながらふいにクレイルがその話題を振る。

「おお、ウェパール空域って知っとるか?」

「聞いたこと無い。この船の進路上にあるのか?」

「ああ。そういう名の空域がある。このまま進むとそこ通んのは今夜や」

「そこには何があるの?」

クレイルはくっくっくと芝居がかって低く笑い出した。

「実はな……、こんな話がある」

そう言って彼は語りだした。

ずっと昔、イストミルのとある大貴族の娘が中央へ、王宮へ嫁ぐことに決まった。しかしその娘には將來を誓い合った人があった。

二人は駆け落ちを決意するが、娘は貴族の私兵にあえなく囚われ、二人は引き離される。そして彼は貴族の権威を示すために絢爛豪華に飾り立てた軍用浮遊艇に乗せられ泣く泣く中央に送り出されたという。

ほぼ監狀態であった娘は、その重圧と人との別離の悲しみに耐えられず艇の窓を破って空へ投げしたという。

その後原因不明の舵不能狀態に陥った艇は、命からがら出に功した數の者を除いていずこかへ忽然と姿を消してしまったらしい。殘された乗組員の消息は不明。生き殘りの証言によれば、娘を閉じ込めていた部屋は布が裂かれ、壁には恨み言を綴った爪痕が數多く殘るなど恐ろしい有様だったという。

生き延びた人々により、船が多くの人間を抱えたまま空に消えたのは貴族の娘の恨み、怨念の仕業、などとという噂が広まって怪談として語り継がれるようになったとか。

「ところが話はこれで終わりはせんのや。それでな、後年その艇が消失した空域を通りかかった船が音信を立つという怪事件が度々発生しとんやで」

「貴族の娘の怨念が形となって浮遊船を襲うとる言うてな。それでついた名が魔のウェパール空域。貴族の娘、ウェパールの名をとってなァ」

クレイルは妙に生き生きとして大仰な口調で話した。怖い話が好きなのか。俺は適當な相づちを打って話を聞いていたが、フウカはかなり恐ろしかったようだった。固唾をのんで話に聞きっていた。

「フウカちゃんよ、言いにくいんやが……、消失した船にはどれもごっついきれいな娘さんが乗っとった言われとる。もしかするとこの船も……」

「そ、そんなのイヤっ! ナトリ、今すぐ逃げようよ!」

「フウカ、逃げるってどこへ……。クレイル、あんまりフウカを怖がらせるなよ。本気でビビってる」

今やフウカは涙目である。立ち上がって俺の手を引き、今にも逃げ出さんという勢いだ。クレイルも調子に乗ってやがるな。

「すまんすまん。話甲斐があるもんでついな。フウカちゃんも安心せえ。もう何百年も前の與太話や。そないな事件が頻発しとったらここら一帯とっくの昔に危険空域になっとるで」

そう言ってクレイルは大口を開けて空を仰ぎ、をカタカタ言わせながら愉快そうに笑いだした。

「でもなあ、最近その空域で飛べるはずのない真っ黒な朽ちた艇を見たっちゅう話もある。だから夜中に船の外を見て、もしそいつを見てしまったら……」

「おい」

ひたすら悪乗りするクレイルに文句を言う。フウカはがくがくと震えていた。

♦︎

晝間そんな下らない話をしていたのだが、その與太話は今や現実のものとなった。音もなく浮遊船を追ってくるおよそ飛べるはずのない漆黒の浮遊艇は、を吸い込むように闇を纏っておりひたすら不気味だった。

「まさか……」

側面通路に集まった船客はしばし沈黙した。その不気味な黒い威容に呑まれ言葉を失う。もしくはこれが夢か現か計り兼ねているのだろうか。

最近危ない目に遭いすぎている俺の予は告げていた。これはまたとんでもない災難に巻き込まれてしまったと。

魔のウェパール空域での長い夜が始まろうとしていた。

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