《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第25話 影に潛む者

「行こうクレイル。後部甲板へ」

「なんかわかったんか?」

「まだ……、でも試したいことがある」

「よっしゃ。ならやってみようや。しかしホンマにすごいなフウカちゃんの力。もう普通にけるんか」

自分でも驚きだ。さっきまで死にかけていたはずなのに。手足をかし、おおよそ問題なく作することを確かめる。

しゃがんで床に腰を下ろすフウカに目線を合わせて聲をかける。

「フウカさっきは本當に助かった! 俺たちはこれからまた外に行かなきゃ……」

「私も行く!」

は怒ったようにまっすぐ俺を見る。心配……だろうな。

「…………」

ぽん、と肩に手が置かれた。クレイルを振り返る。

「ナトリ。フウカちゃんは立派な戦力になる。連れてった方がええと思うぞ」

「私、頑張るから。ナトリのこと絶対守る!」

そうだな。俺なんかよりフウカの方が頼りになるのは明らかだ。

何を気取っているんだか。生き殘りたいのなら、俺たちが生き殘る確率をしでもあげるなら、この子の力をあてにする他ないだろう。

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「わかった。一緒に行こう」

「うん!」

俺たちは部屋を出た。船通路を走り、外部船舷への出口を目指す。

「二人とも、どんな違和も見逃さないでくれ! 奴らは姿を隠して寄って來る!」

「おう!」

「わかったよ!」

「ッ! ――――『火剣《メルカムド》』!」

クレイルのきは素早かった。走る俺とフウカの前に踏み込んだかと思うと、短い詠唱でを発させ通路の虛空を燃えたぎる炎の剣で一閃する。

じわ、と何もない空間に二の影が浮かび上がり、部を両斷され床へ崩れ落ちて消滅する。

「助かったクレイル! よくわかったな」

知は苦手やが、勘には自信あるんや。行くぞ!」

「おう!」

出口を抜けて船舷通路へ飛び出す。

相変わらず船は高速で航行中だが確実にダメージをけていた。

すでに船り込んだ影達にも出くわした。やっぱり奴らは何も存在している。この船が破壊され盡くすまでに奴らを全て片付けるしかない。

「ナトリっ!」

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「おわっ!」

耳元で甲高い衝撃音が鳴り響く。突然の大音響に心臓が跳ねる。外側に目をやると俺たち二人の前にフウカの波導である明な壁が出現していた。壁は振し、何らかの衝撃が加わっていることがわかる。見えない敵が攻撃を仕掛けてきたのか。

「火焔《ロギアス》」

障壁のすぐ外側に存在する見えない敵に、橫合いから飛んできた火球が炸裂する。何もない空間で火球が弾け、盛大な炎が散る。

クレイルの波導だ。さっき艇に向けて放ったものに比べると火球自は小さく見えたが、それでも恐ろしい破壊力。

影は塵も殘さず散した。

二人に視線を向け、目で謝の意を伝える。俺たちは後部甲板まで一息に走り抜けた。

「あなた達! 無事かしら……?!」

士協會のは俺ので濡れた服を見て驚きに目を見張った。

「大丈夫です! 大した怪我じゃありません。それよりも……」

この船を襲っている脅威のいくつかの謎について彼に話す。見えない敵とフウカにだけ聞こえる歌についても。

「試したいことがあるんです。協力してもらえませんか」

「何か思いついたのね。わかった。私はエレナ。協力するわ」

エレナは澄んだ湖面のような瞳をこちらに向けて言った。

「俺は波導について詳しく知りませんが、大きな音を鳴らすことはできますか?」

「……なるほど、そういうこと。やってみる価値はありそうね」

賢そうな見た目に違わず提案だけで俺の意図を察してくれたようだ。

とんっ、とすぐ側に誰かが飛んできて著地した。先ほど左舷に様子を見に言った寡黙なネコの士だった。大柄な見かけによらずかなり軽なようだ。

「……見えない化けが襲ってきたので何匹か潰しておいた。次は船の様子を見て來る」

「待って! あなたにも手伝ってほしいのモーク。ガルガンティア様のお力も借りる必要があるわ」

エレナはモークと呼ばれたネコの士に要點を素早く伝え、相変わらずの勢で三界多重障壁《ノア・ル・ウィオルマ》を維持し続ける老師の側にしゃがみこんで何か伝えている。

「まったく……年寄りに無茶をさせよるのう。まあよかろう」

老師のやけによく通る小言がここまで聞こえてくる。

そういうと彼の杖の輝きは一層増し、大結界に沿っての帯が再び走っていく。

「三界多重障壁《ノア・ル・ウィオルマ》でこの浮遊船全を覆っていただいたわ」

「はあッ? 練気底無しかよ……」

クレイルの驚きようを見るに、相當無茶な蕓當らしい。船が完全に障壁で覆われたにも関わらず普通に航行できている時點できっとすごいのだろう。

「しかしそういうことかい。考えたなナトリ」

「ああ。俺はフウカを信頼してる。この子の言う通りだとすれば、あの歌が謎を解く鍵なんだ」

「やりましょうモーク。いくらガルガンティア様といえど長くは保たない」

「承知した」

エレナとモークは甲板上で向かい合い、頭上に杖を掲げた。二人の杖にはめ込まれたエアリアが発し、激しく明滅を始める。

の強弱に合わせるように杖から波のような衝撃波が広がる。やがて二人の波導が重なり合い、銅鑼を叩くような大音響が鳴り響き始めた。

思わず耳を塞ぎたくなるがそのまま二人を見守る。音は結界に反響し、さらに増幅される。結界の空気を震わせ、余すことなく鳴り響く。

十分に音をかき鳴らしたところで二人は杖を下ろした。

変化はまず後ろを追尾してくる軍用艇に現れた。艇は金屬とは思えないようにぐにゃりと歪んだかと思うと、すうっと薄れていく。

やはりあれに実など存在しない。俺たちの注目を集めるための幻影だ。

そして次に現れたのは宙に羽ばたく黒い翼と全鎧を纏った影達だ。

見えなかった奴らは結界いたるところにその姿を現した。見えるだけで十以上。

そして甲高く不気味な聲を振りまくのは歌聲の主。

船上に覆いかぶさる巨大なフィルタンクの上に陣取る異形の怪が姿を現した。まるで自慢の歌聲を雑音にかき消されたことに激怒しているようだ。

「確証はなかった。私たちの覚に直接干渉している可能……あなたのおね。ええと……」

「ナトリです。こっちは」

「クレイルや」

「フウカだよっ」

「……?」

エレナは突然現れたフウカにし首を傾げたがすぐに浮遊船の上に陣取った怪を見上げる。俺たちもその異様な姿をまじまじと眺めた。

とも機械ともつかない不気味な。人型をしているように見えるが、頭部が異様に大きい。しかし膨らんだような巨大な頭部は、よく見ると頭部から生え蠢く大量の手のようだった。

何本もの管が細いを取り巻き、フィルタンクに這わせてそのを固定しているようだ。

遠くからでもうねうねと管が蠢いているのがわかる。

目のあるはずの場所は黯く落ち窪んでおり、その奧に怪しい紫の眼を宿している。

ステルス効果のアドバンテージが失われたのを自覚したのか、數の不気味な鎧達が俺たちを狙って飛びかかって來る。

「堅牢なる壁、『障壁《ウィオル》』」

詠唱と共に視界の端でモークの杖が強いを放つ。目の前に俺たち六人をカバーするほどの半明な波障壁が現れる。

耳障りな衝突音が相次ぎ、三の影が壁に阻まれて怯んだ。

間髪れず俺たちの前でエレナが軽快な踏み込みで飛び上がり、波導障壁の上から影達を見下ろし杖を構えた。

「我がより湧き出し渦烈なる水の流れ、『水刃《ウルス》』」

エレナの白銀の杖が青い輝きを放ち、先端から細く、だが怒濤の勢いで水が噴される。杖をそのまま橫に一閃。

の影は綺麗に上下に切り分けられ、音を立てて甲板に転がった。恐ろしく鋭利な水流だ。

は空中で勢を制してこちら向きに著地した。一連の作は無駄のない華麗なきだった。

「ほォ、魅せてくれるやないか」

「正がバレて焦っているのかしら」

「あの気悪ィ奴が、耳障りなキンキン聲で俺ら全員の五っとったわけか。まんまとしてやられたわ」

「あたかも後ろの艇の幻影(デコイ)が本船を襲っているように見せかけ、私たちの覚を阻害して偽裝した黒羽の鎧達が幻影に合わせて船を攻撃する。狡猾ね」

「んで、全てをる親玉は船の天辺で鼻歌じりに寢転がっとるわけか。ええご分やな」

「…………」

「どうしたナトリ。考え、當たっとったやんか」

「なあフウカ。あいつ……、なんか見覚えないか」

「ナトリも?」

「お前ら、アレが何か知っとるんか」

忘れるわけがない。つい十日ほど前にバラム跡で味わった悪夢。

雄牛のような頭と角を持ち地を這う怪。空の果てまで追いかけてきそうなほど無慈悲な執念。

頭上で蠢き俺たちを見下す化けは、アイツに雰囲気がよく似ていた。

「影に潛む者(ゲーティアー)……」

エレナが小さく呟いた。

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