「あ……あぁ……」

ゲーティアーの手に貫かれたフウカの姿。

現実だなんて、認めたくなかった。

「ええ加減に……せぇやあァーーッ！！」

ゲーティアーの直上を、激昂したクレイルがフウカの元へ飛ぶ。彼を宙に縛り付ける管に灼熱の剣を振り下ろす。

だが瞬時に大量の管が波のように蠢きフウカの周囲に壁を作り出す。

クレイルの火剣《メルカムド》は手の壁を切り裂いたが、波導の減衰によってフウカの枷に達することはなかった。

「ッソがァ！！」

クレイルはフウカを救い出そうと手を繰り返し斬りつけるが、ゲーティアーは彼をクレイルから遠ざけ、さらにクレイルを管で搦め捕ろうと四方八方から手をばして來る。

クレイルが必死で戦っている。こんなところで転がって、痛みにいてる場合じゃない。

俺は彼のように波導を使って戦えないし、チェシィのように鍛え上げたエリアルアーツを持ってるわけでもない。

痛みにいて、ゴミみたいに転がってるのが俺の限界……なのか。俺は、何もできない。

フウカが傷ついているのに。

自分の無力さ、そして愚かさを呪う。盾になることくらいはできる？　冗談はよせ。盾にもなりゃしない。

才能が、能力がないのが悪いのか。俺が空の加護を持たないドドだから。

……違う。生まれや才能のせいじゃない。最初から諦めて、何もしなかった俺の方がずっと……。

フウカを助けたい。でも、そのための何もかもが俺には足りてない。

タンクの表面に爪を立てる。みっともない。悔しい。焦燥にを焦がしながらを起こす。

心にり込んだ、黯く燻んで濁ったが俺にささやかな力を與える。ただを前にかすだけの力を。

その力は、どこからくるのだろう。それは、命を捨てる覚悟だ。死に向かう、死をも恐れぬ黯き意志(こころ)。側に転がった鉄棒を摑む。

「……返せよ。フウカを……返しやがれぇ！！！」

「止せ！　ナトリ！！」

ゲーティアーに突進する。奴は俺の進行を阻もうと管をばしてくる。

「あああああああッ！！！！」

管に腕を抉られようが、頬を掠めようが、俺の歩みは止まらない。

俺は、どうなってもいい。あの子が死ぬよりずっとましだ。をかす黯い衝にを任せる。

全全霊の力を込めて本に棒を振り下ろすが、怪しく紫に輝く暗い障壁が攻撃を阻む。

棒は壁に激突して甲高い音を立てて弾かれる。

なおも攻撃を加えるが、壁の表面は細かいを散らすだけで傷すら付かない。

「フウカを離せっ！　畜生……、畜生ッ！！！！」

「避けろッ！！」

重い衝撃が腹部を抉った。

「え」

見下ろした腹部に、太い手が突き刺さっていた。

「ぐ、うあぁ……」

左手で腹を貫通する管を握る。ぐいっと腹を掻き回され、持ち上げられるに吐き気が込み上げる。

俺の足はタンク表面を離れた。

「ナトリ……。いたい……よぉ」

「フウ、カ」

すぐ側に、吊るされ、腹部からを流すフウカがいる。手をばせば屆きそうな距離だ。

彼の顔は涙に濡れ、痛みに顔を歪めている。クレイルが、何かびながら波導を振るっているのが視界の端に見える。

臓腑の隅々まで焦がすような地獄の痛み。全が震え、心臓が警鐘を鳴らすように早鐘を打つ。

すぐ側にフウカがいるのに。絶、彼もまたそのただ中にいる。涙に濡れた瞳と、その怯えた表を見ればはっきりとじる。

俺は、フウカの側にいると約束した。でも俺達の約束はこんな、死に際の道連れになるものじゃなかった。

腹をかき回すような熱をもたらす傷に意識をかきされながら俺はフウカを見つめた。

彼もまた俺を見る。目が合う。そして彼は————笑った。

いや、笑おうとした。口の端を歪め、目の端を引いて。とても笑顔とはいえない苦痛に歪む絶の中、それでも笑おうとした。

これキミの？

口をかしてはいない。でもフウカの聲が聞こえる。十日前に見た、水路に落ちた俺の財布を拾ってくれたあの時の笑顔がフウカの顔に重なって見えた。

あは、よかった！

それはいかにも彼らしい、咲き誇る花のような可憐な笑み。

王都へ上京して仕事に就き、忙しさの中に埋もれていく俺の毎日は焦燥と無力でを失っていった。

だが、フウカと出會い、共に過ごすうち、悪くないと思うようになった。毎日毎日、々なことがありすぎて。

いつしか灰だった世界は様々にづき、今まで気づけなかった周囲の人々の新たな一面に出會った。

命の危険も何度かあったけど、二人で乗り越えた後はそれも悪くないと、どこかでそう思えたのだ。

フウカはまだ、笑おうとしている。こんな狀況で。

絶に抗う。それは強がりや、虛勢のようなもろく儚いものだ。それでも彼はまだ俺を思ってくれていて。

腹に突き立った手を摑む手に力を込める。フウカがまだ、俺を信じてくれているのに。

俺が絶に屈してどうする。

絶の淵に向かって突き進むのは生きることを諦めるのと同じだ。俺たちは……二人で生き殘る。フウカを守る。俺はそのために進む。

の奧に疼く黯いざわめきが影を潛めていく。

俺はが張り裂けんばかりに聲を振り絞って、ぶ。

「フウカぁっ！　諦めるなッ！！　必ず……必ず俺が君を助けるっ！！！」

心を、己の気持ちを聲にする。

フウカが俺を見た。そして涙に濡れた顔で微笑んだ。夜闇の中で、花開くようにそこから世界がづいていくような錯覚を覚えた。

ゲーティアーがこちらを掬い上げるように見上げる。

黯い眼窩の奧に宿る紫をこちらに向けて、管を張り巡らせ俺たちを包囲する波のようにうねらせる。

空いた右手を高く掲げ、天を仰ぐ。

何故かはわからない。けど……あれはいつも絶絶命の場面でこの手にあったのだ。

負けてたまるか。

こんな化けに、フウカを奪われてたまるものか。

だから……、だから俺に、力を。この子を守るための力を。

「姿を現せ王冠《ケテル》ッ！！　俺に力を……貸せぇーーーーッッ！！！」

右手に沿って青白いの渦が駆け上り、掲げた掌で弾ける。

天を衝くような青の奔流が一瞬を包み込む。

が消えた後、俺の右手には青い燐を放つ白銀の杖が殘されていた。

こちらを向いた全ての手が俺に向けて迫って來る。

だが、仄かにじる暖かさが俺を安心させてくれる。すっと、俺のに細い腕が回される。

「フウカ……！」

「ありがと、ナトリ。私を助けに來てくれて……」

迫り來る管の波は、自ら枷を解いたフウカの波導によって防がれる。

彼の瞳の輝きが強まり、フウカの手からびた白いの剣が、俺たちを覆い盡くす管束を切り裂いた。

ゲーティアーと対峙する。右手を下ろし、怪の本に狙いを合わせて引き金に指を懸ける。

「これで……終わりだッ！！」

強い意志を込めて杖の引き金を引く。

立ち込める闇を討ち払うかの如く、杖先から眩く輝く青い雷が迸る。

以前撃った時と桁違いのスケールを持つその雷は、敵の深紫の球狀防壁を蒸発させ、ゲーティアーを青の渦で飲み込み、さらに辺り一帯を青白い極で染め上げながらフィルタンクを掠めて暗い雲の隙間に吸い込まれていった。

に刺さった管の覚が薄れ、が落下するのをじる。

フウカのおかげでタンクの上に著陸した俺は、がくんと膝をついた。

全から急速に力と意識が抜けていくのがわかる。

目の前に、腹から上が吹き飛び斷面から黒い霧を吹き出すゲーティアーの殘骸が見える。

手は力なくタンクの上に落ち、両腕はだらんと下がっていた。

「ざまぁ、み、ろ……」

そのまま前のめりにぶっ倒れたところで俺の意識は途切れた。