《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第178話 白の幻影

「彼は決して邪悪な者なんかじゃない。だから俺たちを見逃してくれ」

「……何ですか、その剣は。圧倒的な力……ですがフィルの流れをじません。——いいえむしろ逆、吸収、それともまさか消滅を……?」

クラリスはリベリオンを不気味なを見るような目で凝視する。

「わたくしの捉えた影の気配は確かに貴から立ち上っています。ですが……よもやこんなものが存在しているなんて」

は何か一人でぶつぶつと呟いている。

「貴方は理解しているのですか。その剣が発する、異常な力の正を」

「異常……?」

リッカを見ていた彼のガラスの瞳が俺へと向けられる。正確には手元のリベリオンに。

「この世界の全て、萬はフィルと接に絡み合い、形作られていることはあなたもご存知のはず。しかし……その剣はフィルを消滅させている。

理に反する、この世界に存在しえない力です。放置すればいずれこのスカイフォールに災いを齎すことでしょう」

「……?!」

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一瞬リベリオンの刀が揺らぐようにぶれた気がした。

リベリオンが世界を壊すだと? ふざけたことを……。

「俺たちを見逃す気はないんだな。どうしても彼を連れて行くっていうなら……」

「このような力を野放しにすることはできないでしょう。あなた方の柄はここで拘束させていただきますわ————。

白晝の夢、たゆたうは蝶の如く『幻想夢《ザナーディア》』」

クラリスの抱える杖に嵌め込まれた明なエアリアが白く瞬いた。

「?!」

が歩くと、まるで背後にもう一人のクラリスが隠れていたかのようにその姿が二人に別れた。

ゆっくりと俺たちの周囲を歩く彼は次々に増えていく。

すぐに俺とリッカは全く同じ姿をした大勢のクラリスに取り囲まれた。

「……幻覚です」

白波導は人間の覚に干渉する力だとリッカは言う。

のクラリスは一人。あとは幻影ということだ。

は俺たちを逃すつもりはない。だけど俺たちも大人しく捕まるつもりはない。

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一戦えるしかないのか。

「おおおっ!」

俺たちを包囲するクラリスに向かって走る。杖を狙ってリベリオンを振り抜く。

——が、刀は彼と杖をそこに何も存在しないかのように通り抜けた。

クラリスは済ました顔で俺を見ている。幻影だ。

「くっ!」

さらに隣のクラリスに斬りかかる。結果は同じ。

「鳴り響け。揺らめき波音——、『崩曲《オーディアル》』」

十數人のクラリスが同時に歌うような詠唱を諳んじながら杖を掲げる。

空間に質な音が響き渡った。それを聞いた瞬間、俺のは地面に転がっていた。

「あ?」

橫倒しになった視界に、両膝をついて地面に屈するリッカの姿が映る。

「ううううぅぅっ……!」

は目を閉じ、苦しげにいていた。

俺も同じだ。まるで目玉がぐりぐりと勝手に回転しているみたいに視界が揺れている。

気持ちが悪い。思わず目を閉じたくなる。

俺たちの平衡覚を狂わせ、の自由を奪う

こんなんじゃリッカを守れない。屈してたまるか……。

気合いでを起こし、周囲に気を配る。

揺れく視界の中。立ち並ぶクラリスを睨みつける。どいつだ、本は。

俺たちは最初から彼中だった。一いつから彼の波導に捕まっていた。

『香り』

リベルの言葉にはっとする。

……しばらく前から漂っているこの甘い香り。これこそが幻覚を見せるクラリスの波導、なのか……?

だとしたら最初に出てきたクラリス、あれからしてすでに幻影だった可能が高い。

こんな高度な幻覚を使いこなせるなら、本人がわざわざ姿を表す理由は無いからだ。

そうだ……。おそらくこの中に本のクラリスはいない。

でも遠すぎても俺たちにをかけることは不可能なんじゃないのか。

改めて周囲に目を走らせる。

立っているクラリスだけじゃない。僅かでもいい。何らかの違和を見つけるんだ。

「……!!」

たちの背後の空間が、一瞬だけ歪んだように見えたのを見逃さなかった。

まるでそこだけ景がずれたような、明な何かが移したような——。

「叛逆の……弓、『アンチレイ』!」

剣が形を変える。めまいをじながらも空間の歪みに向けて杖を構え、トリガーを引いた。

「っ?!」

青いが放たれた。それはクラリス達の間を抜けて遠くの建に當たり壁を焦がす。

俺はその時確かに聞いた。リベリオンの弾が空間を裂いた時、地面を蹴るような音を。

間違いない。彼は姿を消しているがリベリオンのに必ずいる。

俺は吐き気をこらえて立ち上がった。

「……次は、當てる」

「驚きです……。崩曲《オーディアル》をけて立っていられるなんて。幻視香《フラロウス》の効果も薄いようですし……並外れた波導耐ですわ」

リッカを奴の白波導から解放するため、クラリスの集中をすのだ。

幻覚の綻びを追って俺は駆け出した。

「妨げよ、『石壁』(ルテラ・ウィオル)!」

行く手を塞ぐように地面から石の壁がせり上がり、四方から覆いかぶさってきた。

「『ソード・オブ・リベリオン』ッ!」

杖を剣に戻し、倒れ込んでくる目の前の石壁に向かって振り上げる。壁はあっさりと縦斷された。

ずれた隙間から石壁の包囲を飛び出す。

しかしの綻びは消えていた。今のは目くらましか。警戒されては居場所の特定は困難となる。

「リッカ、大丈夫か?!」

「な、ナトリ……くん」

リッカの狀況がよくない。だがどうやってクラリスを捉える。

『マスター、「アトラクタブレード」の使用を推奨する』

『あれを……?』

リベルの助言に従い詠唱する。

「ソード・オブ・リベリオン、『アトラクタブレード』!」

しだけ剣の持ち手の形狀が開くように変化し、青いの刀が翠がかったへと変化する。

が燃え盛るようにが勢いを増した。

「!」

周囲の景が変化して見える。広場の向こうの風景が別の景に変わった。

幻影のクラリスの姿が搔き消え、そして離れた別の場所に一人だけクラリスが浮かび上がる。あれが本か。

「まさか、わたくしの姿が見えて……?! 白波導が通用しないなど、そんなことがっ!」

凜とした佇まいを崩さなかったクラリスが遠目にも揺するのがわかった。

アトラクタブレードは、時空迷宮マグノリアの中で迷宮の時空間を移するために使った能力だ。

迷宮出後、リベルに的にどんな能力なのか教えてもらった。

「アトラクタ・ブレード」ソード・オブ・リベリオン第二の形。形あるに加え、本來形を持たないものであっても切斷することが可能。

正直なところ、リベルの説明を聞いただけではどう使うものなのかよくわからなかった。なんとなく斬れるものが増えたくらいに思っていた。

迷宮ではその能力を使い、時空間に切れ目をれて別の空間との行き來を実現した。

そして今は、発させたことで俺にかけられたクラリスの幻の効果を斬(・)り(・)、消滅させた。

これでもう俺に彼お得意の白波導は効かない。神クラリスを制圧し、リッカを助ける。

「大地よ砂塵となれ、『砂化《セケル》』!」

クラリスは、自の幻が破られた若干の焦りと共に地の波導を行使する。

は、発が容易かつ即座に展開が可能だからという理由で咄嗟に砂化《セケル》のを使ったに過ぎないだろう。

本來なら一瞬の足止め程度にしかならないはずだった。

しかし、砂化のは加護を持たない俺にとって最高の効果を発揮した。

「おわあっ!」

に向かって走っていたその足元が突然沈み込む。

足を取られて地面に手をついた。その手も砂の中へと沈み込む。

「くそっ!」

リベリオンを振るうが刃は砂を掻くだけだ。俺はもたもたと砂化していない地面へと進み、手をばす。

クラリスはきを封じられた俺から距離を取るように後退している。

「愚鈍な殿方で助かります。貴方のお相手は後でして差し上げますわ。しばらくそこでじっとしていてくださるかしら!

渦巻く真砂、吹き荒れよ怒濤の如く。『砂流砲《メルセゲル》』」

地面に杖を突き立てるクラリス。彼を取り巻くように細かい流砂が竜巻のようになって巻き上がり、そのまま俺の方へ大量に押し寄せてくる。

必死に両手で前方をかばうが、吹き付ける大量の砂にまみれて徐々にきと視界が塞がれていく。

「くっ、リッカぁっ!!」

「ナトリくんっ!」

地面にうずくまり、苦しげにこちらを見つめるリッカの姿が見える。

俺はなんとか彼の方へ進もうとし————、すぐに全を完全に砂の中へと埋め立てられた。

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