《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第179話 白と黒

「大地よ白き砂塵となれ————、『砂化《セケル》』

王宮神クラリス・ヘリオロープは私の元までやって來ると、地面に長杖を突き立てて詠唱する。

冷や汗が吹き出し平衡覚が定まらぬ視界の中、吐き気を堪えながら彼を見上げることしかできなかった。

私を助けようとして、彼に向かっていったナトリくんが砂に飲まれた。助けなきゃ……。

「ッ!?」

突然訪れた浮遊。私のは地面の支えを失って急速に落下していく。

クラリスは私の足元を砂化させ、地下へと落させる気だ。

落下しながらしだけ気分が回復する。彼の波導領域から逃れたからだろうか。

まだ震える手で杖を握る。

「星よ……。その手により我がを掬い上げ給え、『星掌《マイア》』……!」

ぐちゃぐちゃの思考をなんとかまとめて波導を放つ。

覚が空間へと伝わり、落下の勢いが急速に弱まる。

なんとか地下の地面にふわりと著地することに功した。

「見慣れぬです。落下する速度を軽減したように見えましたが。風ではない。まさか……黒の波導の使い手?」

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クラリスがし先の地面に降り立つ。周囲を確認すると、広くて薄暗い空間に落ちたことが窺えた。

それなりの高さを落ちてきたようだった。

ナトリくんと引き離されてしまった。彼は無事だろうか。早く戻らなくては。

「私をどうするつもりですか」

「わたくしは貴の正を知りたいのです。何らかの自覚はあるのでしょう?」

「……あなたに言えることは何もありません」

王宮の技ならの厄災をなんとかすることができるのだろうか。

日夜様々な研究が行われ、新しいものや古代に失われた技が次々と生み出されると言われるこの場所なら……。

でも、私の中に厄災が宿っていることを正直に告白したら大人しく解放してもらえるだなんて素直に思えない。

王宮は厄災が復活したことを公表してない。私の柄も拘束されてきっとみんなのところへ戻ることはできなくなる。

なくとも今彼に捕まるわけにはいかない。フウカちゃんに會うまでは……。

「しらを切る、というならそれでも構いません。その代わりわたくしの波導で調べて差し上げますわ。

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をもう一度、夢の中へといましょう。白晝の夢、たゆたうは——あら」

目を閉じる。彼の波導は私のからり込んでに変調を発する。

人間は視覚に頼って生きているから、彼の幻覚で最も強いのはきっと視覚に干渉するだ。

だったらそれを封じる。単純だが効果的な手段のはず。

私は知型の士ではないけれど、周囲に偏在するフィルの分布くらいはじ取れる。

クラリスの位置と、波導の気配を目に頼らず把握するのだ。

なんとか彼に馬上の手(サジタリウス)を命中させ、そのきが停止した隙を見てナトリくんのところへと戻る。

「目を閉じるのは悪手では? ——でも無駄ですわ。立ち込めよ花の香、『幻視香《フラロウス》』」

「!」

クラリスから周囲に向けて波導が発散されるのをじ取る。

それは瞬く間にこの空間を満たしていき、私を包囲してしまった。

途端に彼覚がぶれ、曖昧になっていく。

「『障壁《ウィオル》』!」

波導障壁を球上に展開して、地面との隙間なくすっぽりとを包む。

の波導を遮斷することはできたけど、これじゃきがとれない……。

「お忘れかしら。私の波導は白だけではなくてよ。鋭角の槍、『石杭《アガンジュ》』」

クラリスの詠唱と、地面を伝う波導の覚をじ取る。

私の周囲に展開した障壁《ウィオル》が、地面から突き出す無數の杭によって砕され々になって砕け散った。

「うっ……」

鼻腔を突くような甘い香りを吸い込んだ途端、じ取っていたクラリスの反応が霧散する。

見失ってしまった。

「ここにあなたを救い出してくれる王子様はいませんことよ。観念なさい」

「っ! 私は……ナトリくんのお荷じゃない。あなたを止めて彼を助けます!」

「仲間想いですわね。……でも彼は貴のことを、同じように助けてくれるのかしら?」

ふとフウカちゃんの後ろ姿が脳裏に過るが、すぐに頭を振って切り替える。

こんな煽りに揺さぶられてはいけない。

「私は……私のために、彼のためにここにいる。もう誰も失わせない!

天翔ける猛き獣、遙かなる星霜の果てより來たれ。今ここに顕現し、周く衆人の首を垂らしめよ——、『黒角の牡牛(エルナト)』!」

「!」

多量の煉気《アニマ》が急速に杖を通じて外界へと放出されるのがわかる。

目を閉じ、杖を両手で握りしめての構築に集中する。

周囲の地面が音を立てて軋んだ。波導は広範囲に渡って広がり、この薄暗い空間を伝播していく。

黒角の牡牛(エルナト)はが持つ下へと引き寄せられる力を増大させる波導だ。

このの影響範囲は、自らの重みを増し地面へと叩きつけられる。それを広範囲に渡って展開した。

閉ざされた視界の中にクラリスのフィル反応を知覚した。その方向へ向かって跳躍する。

周囲を漂っていた、香りによって幻覚を引き起こす波導は黒角の牡牛(エルナト)ので全て地面へとはたき落とした。逃さない。

「停滯せよ、『馬上の手(サジタリウス)』!」

詠唱を刻み、杖に波導の矢を番え解き放つ。

確かな手応え。居場所を暴かれ、黒角の牡牛(エルナト)によってきを取れなくなったクラリスの反応。そこに私の放った波導の矢は命中した。

ようやく目を開く。が、目の前の景に愕然とする。

確かにクラリスのフィル反応をじた位置。しかしそこに彼の姿はなかった。

「なん……で?」

こんなにハッキリと、確かにじるのに。どうして姿が——。そこではっとする。

「驚きですわ。まさかここまで自在に黒波導をる者がいるなんて」

「?!」

の聲が地下空間に響く。壁に反響していてどこから聞こえるのか特定できない。

「けれど甘い。視覚も、嗅覚も信用しないというのに、何故フィルは信じようとするのです?」

「ぁ……」

濃くじていたクラリスの反応が霧散する。

そう、だった。外界のフィルを知する力だって人間の覚の一つであるのに。

人間は普段視覚に頼っているから、フィルの覚だけっても人を欺くのは難しい。けど、その視覚が封じられていたら。

——「かきせ、揺らめき波音、『崩曲《オーディアル》』」

——「霜降るは夢現の狹間、『白零下《クロセイル》』」

背後から、歌うように重なり合う二重詠唱。

キン、という短い音と直後のめまいに視界がぐにゃりと歪む。

さらに背筋を駆け上がる悪寒。を抱えるように、立っていることもできずにその場にへたり込んだ。

これが、王宮神の実力。

とても敵わない……。

頭の中はぐちゃぐちゃで。

もう何も、何も考えられない————。

足音のようなものが聞こえる。本のクラリスが近づいてくる。

「人の持つは五だけではありません。例えば『溫』。フィルをじとる『空覚』もそうですわ。そして」

トッ、と背後から私の肩に杖の先端が載せられた。橫目にそれを見るとエアリアが白く発を始める。

「最も刺激の大きな覚は覚。痛覚を通せばの効果は劇的ですわね。

蝕まれし者、汝我が聲に従え。『従縛《ククルカン》』」

「ぁ゛……う゛ううっ」

を締め付けられるような苦痛が駆け回る。そして私のは指先すらもかせなくなった。

「貴の中、見せていただきますわ」

聲を出したくても、が思うようにかない。息を吸い込むだけで一杯。……苦しい。痛い……。

「ぁぅ……た」

助けて……。ナトリ、くん。

青い一筋の閃が、視界の端を過ぎる。

ガラスが砕け散るような高い音、さらに何かを抉るような大きな破壊の音。

「!」

ふいにの力が抜け、後ろに倒れこむ。けれど私は地面に転がることはなかった。

私のを誰かが支え、抱きとめてくれる。暖かい

「ごめんリッカ、待たせたな」

「ナトリ……くん」

この世で最も頼れる人の顔が、そこにあった。

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