ナトリくんはほとんどかない私のを優しく地面へと座らせてくれた。

「リッカはじっとしててくれ。なんとかやってみる」

「はい……」

彼は立ち上がり、神クラリスに向き合う。

のダメージではかせないけど、私を支配していた彼の白波導の効力は消えていた。

彼が私を調べようとした時、ナトリくんが不意をついて彼の杖を砕いたからだ。

「とっくに逃げ出していると思っていました。何故ここまで降りてきたのです？」

「當たり前のことを聞くな」

「……杖、折られてしまいましたわ。大切なものでしたのに。一人で先行したのは誤りでした」

クラリスは喋りながら、空のローブの側から予備の杖を取り出した。使っていた白い杖よりも短いものだ。

「どうして彼にこんな酷いことをする」

「決まっています。彼が王國に仇なすものか否か……。それを確かめるのが王宮神としてのわたくしの務めですもの」

「そのためなら、痛めつけてもいいと？」

「ええ、もちろんですわ」

彼はまるで當然とでもいうように薄く笑ってみせた。

神と呼ばれる者たちは皆そんな考えなのだろうか。國のためなら、非人道的行為すら正當化されると……。

「やっぱり王宮は信用できない。リッカは渡せない……。そのためなら俺は」

「々あなた方を見くびっていたようですわね。白波導の通じない相手となると厄介ですが……、わたくしと踴っていただきましょう」

二人の間に張が高まっていく。ナトリくんが剣を彼へと向ける。

「叛逆の弓、『アンチレイ』」

一瞬のうちに剣の形が組み代わり、杖に近い形態となる。そこから目にも留まらぬ速度での弾丸が放たれた。

クラリスは機敏にき、橫に飛んでそれを回避。ナトリくんの追撃を避けながら杖にを燈す。

「食い破りなさい、『石杭《アガンジュ》』」

速い。詠唱、地中への波導の伝達速度、の形、そのどれもが流れるように行われ、地中から突き出した太い杭がナトリくんを襲う。

「そのは一度見た！」

彼はそれを読んでいたようにステップで避ける。踏み込む方向を間違えていたら間違いなく杭にを貫かれている。

波導攻撃を避けながらも彼はリベリオンで追撃を続けるが、クラリスは詠唱中すら隙を見せず、彼との距離を一定に保ち続けている。

「い止めよ『針鼠《アリグナク》』」

クラリスの足元から膝丈ほどある鋭い棘が剣山のように突き出し、地面を覆いながらナトリくんへ迫る。

彼の移先を見越して展開された波導。ナトリくんは武を剣へと変え、針鼠《アリグナク》の範囲へと構わず飛び込んでいく。

「おおおっ！！　『ソード・オブ・リベリオン』！」

の刃が橫薙ぎに地面を抉る。棘は地面ごと抉り取られ、ナトリくんは均された足場に著地すると、彼との距離を一気に詰める。

「『アンチレイ』！」

「っ！　『石壁』(ルテラ・ウィオル)！」

クラリスはナトリくんとの間に、瞬時に厚みのある石障壁を作り上げる。

攻撃を防ぎ、の線からを隠すための壁だ。

リベリオンのはその壁に突き刺さり、容易く貫通していく。

「うっ……！」

クラリスの悲鳴。壁から飛び出し、彼から離れようとする彼は腕を押さえていた。

神の白い制服にが滲んでいる。

「波導障壁も無意味、ですか……。恐ろしい力ですね」

ナトリくんはクラリスの白波導の影響をあまりけていないように見えた。

それもあの武、リベリオンの力なんだろうか。

私を守るために王宮神と戦い、渡り合っている。

かない手足に力を込めて、彼の姿を固唾を飲んで見守った。

酷くが渇いている。この地下空間はどうもかなり乾燥しているらしい。

「……？」

薄っすらと、目の前を細かい砂粒が舞うのを見た。周囲の風景がし霞んで見える。

まさか、これって————。

「ナトリくん、上級波導が來ますっ！」

「なに？！」

クラリスの杖が、カッと強烈なを放った。波導の気配が周囲に渦巻き膨れ上がっていく。

「————渇きを。『大砂海』(オル・ネフェルトゥム)」

弾けるような、何かが決壊するような音があたりに鳴り響いた。

私たちの周囲を取り囲むように大量の砂が吹き上がる。

そしてそれは荒れ狂い、私たちを飲み込まんと波となり襲いかかってきた。

ナトリくんへ波導を放ちながら、悟られぬように同時にこの上位を展開する詠唱を続けていたのだ。

さっきまでの攻撃は狙いを悟られないための偽裝。本命は、こっち。だめ、まだがかない……。

「リッカーー！！」

ナトリくんがこちらへ駆け戻って來て、そので私を庇う。

私たちは流砂の波に飲み込まれてなすなく押し流された。

§

目を開けると、すぐ近くにナトリくんのがあった。彼は私を守るように抱きしめている。

はかない。の影響で、まるでの神経が麻痺してしまったみたいだ。

そして私たちはの高さまで砂に埋まっていた。

「……リッカ、無事、か——」

「蝕まれし者、汝我が聲に従え——、『従縛《ククルカン》』」

「がああああああっっ！！！！」

「……ナトリくんっ！！」

苦悶の表を浮かべて苦しむ彼。彼の背後に、私たちを冷たく見下ろすクラリスが立っていた。

その手に持つ杖の先端はナトリくんの背中に當てられている。

「ぁ……が、はっ」

ナトリくんはがくりと私にもたれかかる。が言うことを聞かないのだ。

お願いだからこれ以上彼を傷つけないで。

「悪く思わないで頂戴。これがわたくしの務めですから」

神クラリスが私の隣へ來てしゃがむ。その手が肩に直にれた。

彼はただ私にれただけだが、まるでの中を無數の手で奧の方までぜ、られていくような不快な気分を味わう。私の側を探られているみたいだ……。

厄災が私とともにあることを知られたら、私は一どうなってしまうのだろう。王宮によって斷罪されるのか、実験として監され、を切り刻まれるだろうか。

「……っ」

いや。ナトリくんと會えなくなるのは……。

私のせいで……彼までも傷つけてしまった。これじゃ足手まといじゃない。支えると、決めたのに。

ドクン、と心臓が大きく脈打つ。

私のをその奧底から、突き破ろうとするかのように強大な気配が膨らんでいく。

「……？！　まるで別の何かが……、この覚は？！」

私の側を探っていたクラリスがぎょっとした顔で手を離す。

憎悪、怨嗟、狂。様々なの渦が混ざり合う混沌とした影が、私のを覆い盡くす。

そして私は自分のの制を失った。

自分のに変化が生じていくのがわかった。

こめかみが盛り上がり、そこから黒い二本の角がびる。肩甲骨のあたりから生えた翼が服を突き破る。

服が窮屈になる覚があり、が膨らんで給仕服を押し上げた。

そして私はナトリくんの腕を離れて砂中から抜け出し、宙に浮かんだ。

「フふ……。こうモあっさりと制を手放すか」

私の意思とは関係なく、両手が持ち上げられる。指からは長く鋭い爪がびていた。

の厄災アスモデウス。

私の生命力が弱まり、神クラリスの波導による干渉によって再び封印は開かれてしまった。

破滅の化が顕現する。

爪の間に見える、元から白いをさらに青ざめさせたクラリスを見下ろす。

私のを奪った厄災は彼を殺すつもりらしい。

抵抗力の弱まった今の私では厄災を抑えられない。

だからお願い。早く逃げて。