《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第181話 厄災と波導剣士

の厄災アスモデウスの覚醒を許してしまった。

今の私に厄災を抑え込む力はない。このままじゃ大変なことになる。

アスモデウスの視界に神クラリスの姿が映っている。

杖を構え、理解できないものを見るような驚愕の表で私を見上げている。

「貴は既に従縛《ククルカン》の影響によりけないはず。その姿、一何が……。そもそも、人なのですか」

「煩イ」

アスモデウスが突き出した手から有無を言わさず漆黒の影が放たれた。

蛇のように絡みつく影の濁流が神クラリスへ襲いかかる。

「っ! ——強堅なる礎、『鉄壁』(ヘファイス・ウィオル)」

——「立ち込めよ花の香、『幻視香《フラロウス》』」

高速二重詠唱を影に飲まれる直前に間に合わせ、強固な波導障壁を組み上げたクラリス。

壁を作り上げると同時に幻の波導が撒き散らされる。

影の濁流を防ぎ、反撃に出るため後退しようとしたクラリス。

しかし私のは既にき出し、先の攻撃によって大きく抉れた鉄壁の前にあった。

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「わたくしの波導が、効かなっ——!」

「ふン」

広げた手のひらの上に漆黒の球が生じる。拳大のそれをアスモデウスは鉄壁に叩きつけた。

ブゥン……という低く唸るような音がした直後、鉄の壁がくしゃくしゃに歪む。

衝撃波が発生し、周囲の地面が陥沒していく。

「きゃああぁっ!!」

あなたでは厄災に敵わない。逃げなければ、死ぬ。

だからお願い、早く逃げて。

衝撃で吹き飛ばされた神クラリスが砂の地面に叩きつけられ、転がる。

アスモデウスはそのまま追い討ちをかけ、倒れる彼に向かって鋭い爪を振り下ろした。

「——蒼澪剣六式、『薄氷』」

厄災の兇爪がクラリスのを引き裂くことはなかった。

攻撃は、橫合いから風を切るように飛び込んで來た何者かによって防がれた。いや、逸らされた。

爪をけ止めたのは薄っすらと青い水の屬《エモ》を帯びて輝くき通るような剣。

それがアスモデウスの爪とれ合い、水沫を散らした。

そしてけ流されるようにごと攻撃を逸らされていた。

私のはすぐに振り向き、爪撃を防いだ者を確かめようとする。

地面からを起こしたクラリスの前で、長剣を構える黒髪の男が立っていた。

背に靡くきめの細かなしい黒髪。背が高く、細ながらも歴戦をじさせる佇まい。

長い髪の間から覗く顔は非常に端正で、切れ長の眼が私を抜くように見據えていた。

そして彼は背後のクラリスと同じく、白服に空のローブという裝い。

「ルシル・メドラウト様……!」

「無事か、ヘリオロープ」

「は、はい……。申し訳ありません、獨斷先行したこと、謝罪いたします」

「今そのことはいい。それよりも……、こいつは一何だ?」

ルシル・メドラウトと呼ばれた形の男が振り向くことなくクラリスに問いかける。

その裝いから、どうやら彼も神であるらしい。油斷なく私を注視しつつも、その表は不可解なものを見たといった様子。

「モンスターではないな。人間なのか、こいつは」

「わかりませんわ……」

「まるで——、そう、魔人だ」

アスモデウスが両腕を広げ、手のひらに二つの黒球を生じさせる。それを二人に向けて投擲した。

ルシルは音もなく踏み込むと、るように二つの破壊をもたらす球を剣でいなした。

斬りつけたかのように見えたが、水の気配を纏った剣の腹で攻撃の軌道を逸らしたようだ。

斬るのはまずいと直したのだろうか。

黒球はあらぬ方向へ飛んでいく。あの速度の重力球を見切れるなんて、超人的な視力を持つ人だ。

世間には波導を纏わせた剣を武として技を磨く者がいると聞いたことがある。

王宮神ルシル・メドラウト。おそらく達人級の波導剣士なのだろう。

「飄風疾駆、風の如く。『颯(シュピテール)』」

続けて放たれる影の濁流も、風を纏いその合間をうように避け切った。

ルシルを追いながら振るわれるアスモデウスの爪の斬撃を、澄んだ音を響かせる刀で流れるように捌いていく。

「ガアッ!」

追い立てるように爪を振るいながら、私のは神ルシルの背後へ力を集中させる。

そこに漆黒の破壊球が出現した。

「チッ!」

高速で回転しながら背後の黒球を一閃。球を綺麗に両斷し、返す刃でそのままこちらの爪をも防ぐ。

「塵とナれ」

「……ッ!」

凄まじい音が響き渡り、周囲の地面が陥沒していく。地面が抉れ、空間が削り取られていく。

私を中心に破壊は広がり、辺りに積もっていた砂の層はネズミにかじり取られたチーズのようにそこら中が不自然に削られていく。

空間破壊の嵐が過ぎ去ると、そこには片膝を突き、中から流するルシルの姿があった。

流れたが砂の中へと染み込んでいく。彼は鬼気迫る形相でこちらを睨んでいた。

あの広範囲を飲み込む攻撃をけ、まだ生きている。それだけで驚嘆に値する。

でもだめだ。神であるこの人でも。

厄災は止まらない。神の力がなければ、厄災を止めることはできないのだから……。

「この世の全テは我が領域なリ。顕現セよ、『時空迷宮(ルクスリア)』————」

突如、全がびくりと跳ねた。攻撃をけたわけじゃない。

でもに突き刺さるような、元に刃でも當てがわれたようなこのじは——。

「ッ!!!」

何が起きたのか、私にはわからない。今の覚は……殺気?

恐怖の塊のような存在であるはずの厄災が、その何(・)か(・)に対し恐れをじたのが伝わってきた。

周囲に何か変化が起きたわけではない。アスモデウスは手負となった神ルシルにとどめを刺そうとし、満創痍の彼はこちらを睨みつけているだけ。

「…………」

アスモデウスは唐突に魔法(ドミネイト)の発を中斷した。そして背後を振り向く。

そこにはきできずに砂にを埋めたナトリくんがいた。私は厄災の視界を通して彼を見る。

「リッカ……」

アスモデウスはほんのしだけ彼を見つめた後、その腕を摑み、ぐいっとナトリくんを砂から引き摺り出した。

そのまま宙へ浮かび上がり、ぐんぐんと上昇していく。

落ちて來たを抜けて上層へ戻り、目にも留まらぬ速さで建の間を飛び始める。

アスモデウスが手頃な場所に降り立つと、ふいに右腕が持ち上げられた。

そこにじわりと黒い刻印、盟約の印が浮かび上がってくる。

「ここまデ、か。次は、必ず食イ破る————」

手足の、覚が戻ってくる。けれどうまく力がらず、すでに地面に投げ出され倒れているナトリくんの側に私も倒れ込んだ。

中が軋むみたいに痺れている。

でも、早く隠れなくちゃ。あの人たちがまた追いかけてくる前に……。

私たちは厄災のおかげで窮地をしたようだった。

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