《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第182話 大貴族

魔人と化したリッカに腕を摑まれ、ろくにかせないままものすごい速さで上層の街並みの上を飛行した。

厄災が急停止して地上へ降り立つと、俺は側に放り出された。

「ぐえっ」

続けてリッカもすぐその場に倒れこむ。

の頭部に生えた角と羽、尾は黒いもやとなって消え去った。

「リッカ……?」

「は、はい」

「アスモデウスじゃ、ないのか」

「大丈夫、私です……」

どうやら彼は自分を取り戻しているらしい。

突然厄災がリッカのを支配し、時空迷宮(ルクスリア)を発させようとした時はさすがに焦った。

しかしアスモデウスは急にあの場を離して、俺たちは神から逃げ果せた。

やはりリッカに盟約の印がある限り完全復活は難しいってことなのか?

ともあれ俺たちは助かったらしい。はあまり無事とは言えないけど……。

「とにかく、よかった」

「そうですね……」

軋みを上げるをゆっくりと起こす。クラリスにかけられた白波導の効力は確実に薄まってきている。なんとか自分で立ち上がるくらいならできそうだ。

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リッカはまだけないらしい。俺は倒れこんだ彼を起こしてすぐ側にあった花壇にその背をもたせ掛けた。

「大丈夫か」

「まだけそうになくて」

「あんなきつい波導をけたんだ。無理もない……」

「ごめんなさい、私のせいで神に見つかってしまいました」

「あんまり気に病まないでくれ。リッカがいなければ俺達はここまで來れなかったんだから」

王宮神に目をつけられたものの、逃げ出すことに功しただけで上出來だ。

「厄災は……どうして俺を連れて逃げたんだろう」

疑問がをついて出る。厄災が魔法《ドミネイト》の行使を中斷して逃げ出したこともそうだが、俺を助ける意味がわからない。

アスモデウスにとって俺はどうでもいい、いや消えてしい存在のはずなのに。

「わかりません……。を乗っ取られている間、意識はずっとあったんですけど私はただ見ていることしかできなくて」

「そっか……」

治癒エアリアを取り出して砕く。リッカにそれを飲ませて、自分にも使う。し休めばけるようになるだろうか。

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俺たちは往來に面した公園のような場所に放り出されていた。人通りはないが、誰かに見られたかもしれない。

早めに人目につかない場所へ移した方がいいだろう。

「でもよかったよ。俺はあのままリッカが元に戻らないんじゃないかと……」

「お前たち、ここで何をしている」

掛けられた聲の方へ振り向くと、花壇の端から鎧を著込んだ二人の王宮衛士が俺たちを見ていた。

「…………」

まずい。アスモデウスが飛ぶところを見られていたか?

二人は地面に座り込む俺たちの前までやってくると、見下ろしながら高圧的な態度で詰問を始めた。

「何をしている、と聞いている」

「彼が買いに疲れて座り込んでしまったので、休んでいます」

「先ほど、不審な人が飛行していくのを見たという報告をけた。お前たちのことか」

「なんのことだか、わかりません……」

言い訳が苦しい。二人の視線が厳しい。確実に疑われている。

「その格好、使用人か。それは何による負傷だ」

「これは……」

どいつもこいつも、放っておいてくれさえすればいいってのに。

実力行使で切り抜けるしかないのか……? 俺はわずかに汗の滲む手に力を込める。

「ねえキミたち。ウチの者に何か用なの?」

「ぬ?」

剣呑な雰囲気になりつつある場に第三者の聲が割り込んだ。

衛士は聲の方、公園のり口を向く。

そこには白い髪のが立ってこちらを見下ろしていた。

真っ白な髪は、先ほど水道路で出會った白いを思い出させるが、赤みを含んだ瞳と雰囲気に不釣り合いない容姿からどうやらユリクセスらしいと考える。

「全く、こんなところで油売って何してたのかなぁー? 買い付け一つまともにできないとか、もう使用人辭める?」

は尊大な態度で階段を下りながら近づいてくる。

見た目は十代前半にしか見えないが、ユリクセスなら実年齢はもっと上かもしれない。

は衛士達の隣に立つ。ちんまりとしていながら自信ありげに足を開き、腰に手を當てる。

「こ、これはアールグレイ公っ! 申し訳ありません、閣下の使用人でありましたか」

衛士は傍目にもそれとわかるほどに恐する。

「そうだよー。勝手に連れてっちゃだめだって」

「では、我々はこれにて失禮を……」

彼らはすごすごと引き上げていった。偉そうに俺たちを見下ろすだけがこの場に殘った。

見下ろすといっても、地面に座り込む俺たちとそう目線は変わらないが。

「あの、もしかして助けてくれたんでしょうか……?」

そう聞くとはにいっと笑った。子供の純粋さのかけらもない、確実に何かの思を含んだ笑み。

嫌な笑い方をする人だ。

「助けた? 違うよ。だってボクはこれからキミたちを攫うんだから」

「えっ……?」

はくるりとの向きを変えた。肩にかけたサイズの大きなぶかぶかの白と、側頭部で結われたツインテールがふわりと翻った。彼はぱんぱんと手を叩く。

「さー、早いとこ連れてっちゃって」

「かしこまりました」

の合図で公園り口の方から、かっちりと整った服裝に似合わぬ屈強な男がぬっと現れる。

そいつは黙って俺とリッカをひょいと擔ぎ上げると両脇に抱えた。

「え、ちょっと、待っ」

「いこっか」

男はの後に従い公園の敷地を出る。り口で佇んでいたもう一人の灰並みをしたネコの人を従え、そのまま通りを歩き出した。

そうして俺たちは態度の大きな謎の白髪に有無を言わさず連行されることとなった。

畜生、神から逃げられたと思ったのに、こんな奴らにあっさりと……。

§

「ボクの名前はクリィム・フォン・アールグレイ。ここ、王宮兵開発局の長をやってるわ」

俺たちの前、クッションのらかい長椅子にゆったりと沈み込んだは言った。

「で、君たちはどこの誰?」

「…………」

現在俺たちはユリクセスのに尋問されている。

運び込まれたのは、でかい敷地を持ちいくつかの立派な建のある施設だった。

丈夫そうな石材で組み上げられ、がっしりした印象の施設は、彼の言葉通りであれば兵開発局という建らしい。

この部屋はその施設の一室だ。敷地に見えた建の中でもひときわ高い棟の中。昇降機を使ってこの階まで登ってきた。

部屋の中は小綺麗で、最低限ではあるが家が置かれている。部屋の真ん中にある応接セットに座り俺たちは向かい合っていた。

「ひどいなぁ。ボクはちゃんと名乗ったのに。でもま、沈黙もまた答えなり。大想像つくからいいわ」

クリィム・フォン・アールグレイと名乗る白髪のは、テーブルに置かれたお茶菓子をつまみ、もくもくと頬張りながら言った。

「俺たちをどうするつもりですか」

「決まってるでしょ。キミたちの力が非常に興味深いものだったから話を聞きたいのよ。衛士なんかに渡すの勿無いもん」

一見貴族のワガママ娘にしか見えないクリィムだが、どうもやらこの施設で一番のお偉いさんらしい。

ここに來るまで彼に上からを言う人は誰もいなかった。

ていうか、長と言ってたから王國防衛長の次くらいに偉いポジションだよな……。

なんでそんな雲の上のような人が直接俺たちのことを。

「そ・ん・な・ことよりー! キミの使った武、あれは一なんなのよ??」

はテーブルの上にを乗り出すようにして聞いてくる。どうやら神と戦闘になったところも見られていたようだ。

「遠目に見たけど星骸《スターアーク》か、もしかすると王冠《ケテル》の類かも……? ねえ、ちょっと見せてくれない?! そうすればキミたちに便宜を図ってあげてもいいから。お願いっ」

はリッカよりも、リベリオンに興味があるらしい。

近づけられた顔、目はきらきらと輝き々鼻息が荒い。あまりの勢いにを引いた。

「いいですけど……。條件があります」

「うんうん、何かな?」

「見せたら、俺たちのことを見逃してください」

問答無用で斬り捨てられないところ、話を聞いてくれるつもりはあるらしい。

こうなったら、なんとか彼と上手く渉してこの場を切り抜けるしかないだろう。

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