《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第183話 渉
「話したら俺たちを見逃してください」
「それはキミたちの誠意次第だねぇ」
そう言って俺たちの目の前に座るアールグレイ公爵は、なんともいやらしい笑みを浮かべた。
いたずらをしてる子供みたいな態度ではあるが、長の座についているような大だ。
一筋縄ではいかないとじる。し切り口を変えてみるか。
「王宮神フウカ様のことを知っていますか」
「ふぅん、それがキミたちの知りたいことなの?」
赤みを帯びた瞳が面白そうに俺たちの顔を互に見る。なんだか見かされているようで嫌な気分だ。
「神フウカ様ね」
そう言って長椅子に腰を下ろしたクリィムはフウカについて語り出した。
「もちろん知ってるわ。王宮神フウカ様。ここ最近の王宮じゃ噂の人だから。彼が神として活していた期間は非常に短いけど。
半年ほど前になるのかな、失蹤騒ぎを起こして姿を消したと思ったら、しばらく前に突然レイトローズ殿下に連れられて王宮に戻ってきたってね。
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失蹤の件もあるけど、彼の名が広まった一番の理由はその士としての能力。驚異的な治癒の使い手で、絶的な大怪我や大病ですら完治させてしまうらしい。隙あらば彼を召し抱えようと狙っている上級貴族も多いことだろうねー。
フウカ様はとある大學教授の元で育ったって聞いてる。実子ではないとの噂だけど、本當のところはわかんないわね。
失蹤中に何があったのかはボクも耳にしていない……とまあ、こんなところね」
フウカは王宮ではそこそこ有名人のようだ。
彼に実の親はいないって、それは本當なのか……?
フウカの保護者だという人のことが気になったが、今知りたいことは別にある。
「君たち、彼に治してもらいたいものでもあるの?」
「そういうわけでは……。彼は今どこにいるのかわかりますか」
クリィムはただにこにこと可らしい笑顔で座っているだけだ。
これ以上何か要求するなら約束を果たせ、ということか。
俺はリベリオンを呼び出し、テーブルにごとりと置いた。
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「わ、自由に呼び出せるんだね」
彼はリベリオンに飛びつき、ぺたぺたとりながら何かぶつぶつとつぶやき始めた。
「結構重いね。ふむ……、見事な裝飾だよ。材質は……アルマース鋼ほど重くないし、フィルリウムよりくて丈夫そう。うーん、よくわかんないわね。
突然出現したように見えたけど、まさか時空間に干渉する刻印でも組まれてるの? それにしても普段は一どこにしまわれて……あっ」
彼の手の中にあったリベリオンが勝手に消える。俺は咄嗟に噓をついた。
「すみません。一度に長い時間出すことはできないので」
「……君、結構意地が悪いな」
「出しておくのに煉気も結構使いますから」
「お願いだからもう一回! ね、いいでしょー?」
子供のようにせがむ彼に、俺はちょっと消耗したじを裝って言う。
「フウカ様の居場所を教えていただければ……、頑張れそうです」
「居場所? う、うーん。彼は神だからぁ、神院の建にでも詰めてるんじゃないの? ほらっ、もう一回見せて」
フウカの居場所はやっぱり神院か。
仕方ないともう一度リベリオンを呼び出し、彼に手渡す。
「わーっ! この細かい細工。まるで蕓品みたいよね。作者の拘りをじるなぁ。よく見ると隙間がたくさんってる。これが組み変わって形が変わるのかな。機械を使って調べても良い?」
「ええ……、構いません」
言うが速いか、クリィムの袖口からどうやって収納されていたのか可式の金屬製のアームがガチャガチャとびてきた。
呆気にとられて見ていると、照明のようなからテーブルに置かれたリベリオンに向かって不思議なが當てられる。
「重量は1,25キルゲールに、屬組は……んん不明? そんなことあるっ?!」
『!!』
聲を出したわけではないが、リベリオンが驚く覚が伝わって來た。それと同時にテーブルの上からふっと消えた。
『マスター……』
『なんかごめんな』
リベルの若干恨みがましさの込もったような聲が聞こえてくる。
調べられたり、俺以外の奴にれられるのはあんまり好きじゃないのか……。
ふとクリィムを見ると、彼もじとっとした目で俺を見ていた。
「ねえ、わざとやってない? やってるでしょ絶対」
「そんなことは……」
息切れした演技をしてみる。
「むぅ……」
「もし、アールグレイ様のお力で彼に會わせていただけるなら……」
「それは無理ね」
即答だった。
高みしすぎたか。流石にこの程度じゃそんなの通らないよな。
「言ったでしょ。上級貴族どもがコネを作ろうと狙ってるんだって。王子殿下にも目をかけられてるって話だし、抜け駆けして接したらウチの心証損ねるもん。それに、怪しい怪しいキミたちが神様に仇なす敵だって可能もあるもんねー」
「……すみませんでした」
むっとした表で拗ねたように言う。もっと慎重に言葉を選ばないと。リッカの命もかかってるんだぞ。
「閣下は、何故そこまで彼の杖に執著なさるのでしょうか?」
リッカが腕を組んでむくれているクリィムに問いかける。
「自分の知らないことや、未知の現象が起こっていたらその原理を追求したいと考えるのは普通のことでしょ?」
そうだろうか。世の中には俺の想像も及ばない現象が溢れている。そんなものをいちいち解明していたら時間なんていくらあっても足りない気がする。
知識なんて、生活するのに困らない程度あれば生きていくのに十分なんじゃないかと思うが。
「ボクは知りたいんだ。この世界の何もかもが。——自分の知らないこと全てをね」
クリィムは真顔でそう言った。
の顔であるはずなのにどこか老して見える。
「知識は力なの。世の中には出來ないことがたくさんあるでしょ? 何故できないのか、それは知識が足りないからよ。自らのむ事を実現するためにはあらゆる知識が必要なのよ」
「あらゆる知識……」
「ボクら人類は世界の理について余りにも無知だと思わない? 嘆かわしいことだと思わない? 無知は損であり、罪とさえ言えるわ」
そんなこと、考えたこともなかった。
「……キミの持つ武! あれは凄まじいものだね。見てたんだから。波導を、それどころかフィルすら消し去ってしまう世界の法則を捻じ曲げるような力! 原理上、どれだけ固いものでもその武の前には容易く切り裂かれてしまう。世界への冒涜とも言えるその力は一どこから來るの? どんな技で、誰の手によって作られたの? 王冠《ケテル》のように、セフィロト領域からもたらされる測定不能の高次元波? それとも影に潛む者(ゲーティアー)が行使する魔法と関係が? いや、まだ見ぬ失われし古代技か、北方の未知の兵か。ああ、わからないことだらけよっ!」
ダァン、とテーブルが叩かれた。
卓上に置かれたお茶菓子と、濃いをしたお茶の注がれたカップがカタカタと音を立てて揺れる。
俺とリッカは、唾を飛ばしながら早口で捲し立てるクリィムの勢いに圧倒され、口をぽかんと開けてただ彼を見ていることしかできない。
しばし部屋にはクリィムの息遣いだけが響いた。
「はぁ、はぁ……ずずっ」
勢いのあまり鼻水が飛び出していたので、彼は息を切らせながらハンカチを取り出して鼻をかんだ。
小の刺繍がされたピンクのかわいいハンカチだ。
多落ち著いたのか、椅子にちょこんと座り直して姿勢を正す。
「……元を明かしたくないならそれでいいわ。キミたちの柄は明日、治安局に引き渡す。悪く思わないでね。そういう決まりになってるんだから」
クリィムは先ほどの勢いと打って変わって、冷ややかな視線を俺たちに投げるとよいしょと椅子から飛び降りた。
部屋のり口とその橫に立つ灰のネコの元へ歩いていく。
「この部屋は好きに使っていい。食事も出してあげるから明日まで大人しくしててよね」
「……あの」
「治安局には一筆書いとくから、そうそう酷いことにはならないわよ。キミたちの事なんて知らないけど……今後王宮に侵なんてバカな真似はやめること。じゃーね」
彼はそう言うと、男に部屋の扉を開けさせ二人で退出していった。
窓からが沈みかけているのが窺えた。
俺たちは言葉もなく、並んで長椅子に腰掛けたままクリィムの座っていた椅子をただ眺めた。
ガチャリと再び扉の開く音がする。そちらに目をやると、扉の隙間から出ていったばかりのクリィムが半を覗かせていた。
「……あとエッチなこと止!」
バタンと扉が音を立てて閉じられ、錠前の下りる音がした。
ちらりとリッカの顔を盜み見ると、彼の頬は夕に照らされ赤く染まっていた。
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