《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第184話 尋ね人は夜更けに
クリィム・フォン・アールグレイ公爵が部屋を出ていくと辺りは靜まり返った。
「ごめんリッカ」
小聲で謝りつつ、隣に座るリッカにを寄せる。鼻先にふわりとしたリッカの髪をじる。
「えっ、ナトリくん……?」
俺の急な行にリッカは慌てたような聲を上げる。だが抵抗はしないでくれた。
耳元に口を近づけ、小聲で話しかける。
「誰かが聞いてるかもしれないから、悪いけどこのまま話すよ」
「あ……はい」
結局俺たちはクリィムに連行され、この施設にされることになってしまった。
扉の外には見張りが配置され、耳をそばだてているかもしれない。
このままでは俺たちは明日治安局に引き渡され、フウカに會うことができなくなってしまう。
「ここから出する」
「どうやって出ましょう」
「人気がなくなる深夜を見計らって俺が壁にを開ける。……そしたら夜闇に紛れて施設を出しよう」
「……わかりました」
無理やり扉を開けるより壁を破壊して直接外に出た方が安全だろう。
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「とりあえずは夜まで大人しく過ごして、を休めておこうか」
「はい」
拳闘武會は明日も開催される。それまでに闘技場まで戻れば、王宮からの安全な出は可能だ。
俺たちはさっきの神との戦闘で消耗していた。
彼らがまだ俺たちを探し回っているかもしれないし、今すぐフウカを探すのは無謀だ。
それを伝えるとリッカのを解放する。
「フウカちゃん、やっぱり王宮出だったんですね」
「そうらしい。もしかしたら、家に帰れたことで案外記憶も戻っているかもしれない。そうだったら俺たちのやろうとしてることは徒労になるな……」
「そんなことは。フウカちゃんは自分の意思とは関係なしに無理やり連れて行かれちゃったんですから……。彼もきっとナトリくんに會いたいって思ってるはずです」
だからこそ、直接會って確かめたいと思っている。
「ありがとう。リッカがついて來てくれてすごく心強いよ」
「私自がんでいることだから」
そう言って彼は微笑んだ。しだけ前向きになれた。
クレイルのことも心配だが……、今は俺たちもきが取れない狀態だ。
その後しばらくすると、扉が開いてクリィムに付き従っていたネコが部屋にってきた。
持っていたトレイには食事が載っていて、彼はそれをテーブルに置くと無言で部屋を出て言った。
俺たちは供された食事を靜かに食べたが、今は味を楽しむような余裕もない。
あのユリクセスのクリィムは変わった人ではあるけど、多分悪い人ではないのだろう。
普通の大貴族だったらその場で鞭打ちになったり処刑される可能もあった。
けど彼は治安局に柄を渡しても穏便に済むように取り計らうと言った。
貴族からの溫を裏切るのは心かなり恐ろしくもあるが……。
食事を終え、完全にが沈むと室は暗くなった。常備されている夜燈の靜やかな青いが淡く室を照らす。
俺たちは深夜までを休めることにした。
「あの、椅子で寢るんですか?」
「うん」
ベッドは一つしかない。そこまで大きくもない。
「ナトリくん、たくさん怪我してます。だから私がそちらでも……」
「疲れてるだろ? リッカが使ってくれ。これでも力には自信があるんだ」
「……ありがとうございます。お言葉に甘えちゃいますね」
両側の肘掛に足と頭を乗せて長椅子の上に寢転がる。多窮屈だけど寢れないことはない。
リッカがベッドに腰掛けて寢支度のために使用人のエプロンドレスをぎ始めたので、そちらを見ないようにの向きを変える。
れの音が続き、やがて靜かになった。
「おやすみなさい……」
「うん、おやすみ」
今は休息を取り、起きたらしっかりしないと。リッカを守りつつフウカに會うんだ。
とはいえ、俺もこんな狀況でぐっすり睡できるほど図太い神経は持ち合わせていなかった。
姿勢をれ替えながら、目を閉じてと神を休めようと努めれば努めるほどに神経が高ぶってどうにも寢付けない。
リッカは……どうだろう。
§
うつらうつらと、まどろみを繰り返したように思う。
途切れ途切れな意識の中音はなく、相変わらず夜燈の幻想的な青いが視界の隅をほんのりと照らしている。
うまく眠りにれずにうっすらと目を開けて天井を見上げる。そろそろ真夜中だろうか。
ギシリとベッドが軋む音が聞こえた。
リッカが寢返りを打ったのか、と思ったら、長椅子の隣に彼が立つ気配があった。
「……リッカも、眠れないか?」
「…………」
返事はない。代わりに荒めの呼吸音が靜かな室に響く。
リッカはそのまま橫たわる俺の上に乗りかかってきた。
「ん……あ? おい、リッカ……?」
彼の顔が間近にある。頬が上気し、大きな青い瞳が見開かれている。
ここ最近、これと似たような狀況に出くわした事があった。間違いない。これはあの時と同じ。
「の厄災の影響か……!」
「はぁ……ふぅ、んんっ……」
リッカが悩ましげな聲を発する。押し付けられたから、僅かに彼の汗の匂いが漂ってくる。
薄い下著の首元から、俺のに押し付けられるリッカの小柄なに見合わない大きなが覗く。
思わず深い谷間に目が引き寄せられてしまった。
「ぐっ……!」
理が吹き飛んでいきそうになるのを必死に押しとどめようと目を瞑る。
「んく……ナトリ、くん」
リッカはかなり強い力で俺のに抱きついてくる。
彼の火照ったような溫と、彼から発散されているのか妙に甘ったるい匂いみたいなものに包まれた。
思えば、今日リッカはアスモデウスにを乗っ取られていた。
厄災の影響が彼のに強く殘っていても不思議じゃない。
「落ち著けリッカ。大丈夫……、すぐに元に戻る」
「……ふぅ、は……ぁ」
リッカが落ち著きを取り戻せるように、その背中をさすってやる。
「大丈夫。大丈夫だから……」
「んんぅ……」
リッカが俺の首筋に顔を埋め、ぎながら鼻先でまさぐるようにしてを押し當ててくる。くすぐったい。
彼のは熱く、その熱に浮かされるようにの奧に疼きをじる。
リッカの溫にれていると、その溫かさで理すらもけていきそうだ。
これは、大変よろしくない……。抑えろ俺。心を無にしろ……。
「あー……コホン。お取り込み中だったかしら」
「?!」
聞こえるはずのない聲に、俺は目を見開いてリッカの頭越しに部屋の中を見回す。
聲の主は部屋の中央に音もなく立っていた。
鋭い目つきをした灰のネコ。クリィムに付き従っていた寡黙な男だ。
「エッチなことは止されてたように見えたのだけれど……」
そいつはまるでのような聲で喋った。
そんな聲をしていたのか。外見のギャップが激しすぎる。
「いつの間に部屋の中に……?!」
男の顔が突然波打ち始め、俺は目を見張った。
頬骨が、額が、髪がぐねぐねと揺れき、水のようにき通っていく。
明になった皮は垂れ下がり、首回りにぼとぼとと落ちていった。
かなり気味の悪い景だった。
息を詰めて、リッカを抱えながらそれを見ていると、き通ってドロドロになった皮の下から全く別の顔が現れた。
最終的に明な皮は首回りに巻きついて、襟巻のように凝固した。まるで生きだ。
「あ、あ……、あんたは!」
「隨分と久しぶりね」
顔の皮が剝がれ落ちた後、そこに立っていたのはエアルのだった。
青みを含んだ長い髪、メガネをかけた知的人。
「フィアー、さん……」
「あら、覚えていてくれたのねぇ。もしかしたら忘れているんじゃないかって、とても心配していたのよ」
まだフウカと王都で出會った直後。
彼の元を調べるために出向いた図書館で。
俺たちに東部行きを進めた、いや、迷宮へ向かうよう仕向けたと言った方がいいか。
そこには、アレイル図書館で遭遇した偽司書員のフィアーが靜かに佇んでいた。
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