《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第187話 ゆずれないもの

巨大な雲の峰のような雲脈の、その向こう側かられたが空を白く照らしていく。

もうすぐ夜が開ける。

上空には螺旋を描くように重なり合い浮遊している小街區。フィアーが言っていたのは多分このあたりだ。

「この上っぽいな。行こう」

「はい!」

次第に明けて行く薄闇の王宮を見下ろしながら坂道を駆け登る。

街區から獨立して浮かぶ屋敷や塔も多く、王宮の中央にそそり立つ王城を取り巻くように浮遊する街並みが広がっている。

「あの塔の周囲にある邸宅のどれかが目的の場所ですね」

「待ってろよ……、フウカ。はぁ、はぁっ」

「ナトリくん、途中で一度休憩した方が」

「大丈夫……。これくらいで疲れたりしないさ」

この街區の最上部はそれなりの高さにある。徒歩で駆け上がれば息も上がってくる。

でも俺は一刻も早くフウカに會いたかった。

気合いで最上部までたどり著く。王子の離宮はすぐに分かった。

周辺に広がるちょっとした広場、そこからびた橋の先に白い宮殿が見える。あたりの建の中では一番立派なものだ。きっとあれだろう。

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「はぁ、……はっ、あそこに、フウカが……」

「ナトリくん」

リッカを手で制しれた呼吸を整えようと深呼吸する。すぐに俺たちは宮殿への橋を渡り始めた。

それなりに幅のある広々とした橋だ。両の手すりの向こうには何も無い。

ここは上層でもかなり高い場所となっている。王城はさらに巨大だが。

ふと空に目をやると雲間からがのぞいた。

朝日が俺とリッカの橫顔を照らし、高い建の先端から徐々にに照らし出されて行く。

そして朝日は、離宮門前の前庭で俺たちを待ちける者の姿をも浮かび上がらせた。

け輝く、微風にそよぐ長めの金髪。

まっすぐな鼻筋に、均整のとれたのようにしい顔。

寶石のように澄んだ青と赤の瞳。

きやすそうな、それでいて華な裝飾のあしらわれた白い服。

庭園の真ん中に剣を突き、その柄頭に両手を乗せたレイトローズ王子が俺たちを見ていた。

まるで俺たちがここにくるのがわかっていたかのようだ。

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彼は俺とリッカの姿を認めると靜かに口を開いた。

「————やはり、來たか」

足を止める。前庭の中央で俺たちは対峙し、互いの視線を差させる。

その端正な顔を見ていると、為すなくフウカを奪い去られた苦々しい記憶が蘇った。思わず顔を歪める。

「侵者ありとの報をけ、まさかとは思ったが……本當に現れるとは」

やっぱりフウカの側にはこいつがいたか。

「何故だ」

「…………」

「貴様らは何故このような場所にいる。ここは貴様のような者がいてよい場所ではない」

「俺たちはフウカに會いに來た」

レイトローズは不可解な、とでも言いたげにしい眉を顰めた。

「平民如きが戯れ言を。フウカ様は王宮神だ。分を弁えろ」

「フウカちゃんに會わせてください!」

リッカも聲を上げ、懇願する。

「……フウカちゃんは、ナトリくんとずっと一緒に旅をしてきたんです! たった一人で、記憶を無くした狀態で彷徨って……。フウカちゃんが一人で心細かった時、あなたは何をしていたんですか? どうして近くにいてあげなかったんですか」

レイトローズはリッカの言葉をけて端正な顔を僅かに歪めていた。

そこに浮かんでいるのは怒り、いや、悲しみか……?

「私は彼が王宮から消えて以來、ずっとフウカ様を捜索していた。行方を摑んだのはごく最近のことだ」

「…………」

「だが、彼は王宮へ、元いた場所へと戻った。彼には神の務めがあり、多くの民にその役割を求められている。この後に及んで貴様らに用などありえない」

「それはあんたが決めることじゃない」

「貴様らに、一の何がわかるというのだ?」

「ここへくるまでに、俺たちだってフウカの事を知った。王宮出だってことも……。それでも俺はあの子に會いたい」

「會ってどうする」

「聞くんだよ。フウカが今どうしたいのか。……それだけだ」

決して離さないで、とフウカは言った。俺はその言葉を確かめるためにここまで來た。

帰ってくれと言うのならその通りにしよう。

だが、もし……。もしも彼が、助けを求めるなら。俺はフウカの力になりたい。

レイトローズは不の姿勢を崩さぬまま、刺々しい殺気を放ち始めた。

張させ、彼の視線を真っ向からけ止める。

「俺たちをフウカに會わせるつもりはないのか」

「ない、と言ったらどうする」

「あんたを叩きのめしてでも、ここを通って彼に會いに行く。譲る気はない!」

リベリオンが青の軌跡を描いて瞬時に俺の手のに出現する。リッカも杖を抜いた。

「愚かな行いだな」

「……覚悟ならとっくにできてるさ」

「ナトリくん……」

地面を蹴って走り出す。燃える朝日の中を。

唸りを上げるリベリオンを振りかぶり、レイトローズに迫る。

「おおおおおッ!!」

『風障壁《ミラ・ウィオル》』

「ッ?!」

俺のは突然見えない壁のようなものに衝突し、それ以上先へ進めなくなった。

「うっ!!」

その壁はさらにこちらへと押し戻すように弾け、は衝撃で後方に吹き飛んだ。

地面に転がるが、すぐに勢を立て直す。

レイトローズを守るように、どこか見覚えのある男が俺に右手を向けて立っていた。

「お怪我はありませんか、レイトローズ殿下」

「ユーヴェイン卿」

白い服、空のローブ。王宮神の制服。……つい昨日、闘技場で彼の姿を見たばかりだ。

ルクスフェルト・ユーヴェイン。

圧倒的な波導力を持つ、王國最強の波導師《ウィザー》。

……俺は真に理解していなかったらしい。エイヴス王室に牙を剝くというその意味を。

奧歯をぎりっと固く噛みしめる。

「昨日、ルシルやクラリス嬢が遭遇したという侵者は君たちのことだな」

ルクスフェルトは穏やかな表で俺を見下ろしていた。

「何故卿がここに」

「王城付近を見回っていたところ、この街區を駆け上がる彼らの姿を見かけました故に。もしやと考え追跡してきた次第ですよ」

彼はこちらへ向き直ると、立ち上がった俺に問う。

「君たちの目的はレイトローズ殿下の暗殺か」

「俺たちはフウカに會いに來た。目的はそれだけだ」

「フウカちゃんに……?」

ルクスフェルトはじっと俺の顔を見、背後のリッカにも目を移す。

「もしや、君たちはフウカちゃんの元同行者か」

「そうです。私たちは、無理やり連れて行かれた彼に會うためにここまで來たんです!」

「確かにクラリス嬢からも君達から仕掛けられたという話は聞いていない」

彼は人好きのしそうな爽やかな顔つきのまま眉を寄せ、顎に手をあてて何事かを考える。

彼はレイトローズの方を向き口を開く。

「殿下、彼らをフウカちゃんに會わせてあげませんか? 彼が生半可なにより記憶を無くしたわけではないことはご承知のはず。

加えて彼は危害を加えられていた形跡もなかったし、彼らはフウカちゃんを善意で保護してくれていただけなのかもしれませんよ」

ルクスフェルトは隨分と分りの良い人らしい。レイトローズとは違いこちらの話に耳を傾けてくれているようだ。

「あなたの頼みといえど、それは葉わない」

しかし王子は彼の言葉を拒絶するようにそう言い放つ。その異なるをした雙眸には、己の意思を曲げるつもりはないという冷徹さが垣間見えるようだ。

「……らしくありませんね。殿下、あなたはどうも彼のこととなると意固地になってしまわれる」

ルクスフェルトはやれやれと肩を竦めるようにして俺とレイトローズを互に見た。

レイトローズは地面に突いていた剣を持ち上げ、その鞘を払った。

を反して銀に輝く細長い刀わになる。その切っ先を俺たちへと突きつけた。

「手出し無用です。ユーヴェイン卿。これは私の個人的な戦いだ」

「お待ちください殿下。そういうわけにもいきませんよ」

俺とレイトローズの間にルクスフェルトが立つ。鋭い剣先を突きつけられていても彼の表には余裕がじられた。

「彼らは純粋にフウカちゃんのを案じているのかもしれません。殿下はそんな彼らに剣を突きつけ、失せろとおっしゃるのですか」

「…………」

「とはいえ、殿下の心中もお察しします。僕の見立てではフウカちゃんも己のの振り方を決めかねているようですし。ですから、ここは公正な方法で互いの意思を示し合う、というのはどうでしょうか」

彼は俺を振り向き、口の端に笑みを浮かべる。

「一先ず君たちが邪な者でないと信じてみよう。その上で見せてもらえないだろうか。君の覚悟と、力を。どのみち引くつもりはないんだろう?」

「覚悟……?」

「つまり決闘だ」

「!」

「雙方引かないというのならば、最早力によって雌雄を決する他ないだろう。どうです、殿下」

「いいでしょう」

「納得していただけたようでなにより。君も文句はないね?」

決闘。神ルクスフェルトが証人となり、互いの力で持って意思を通す。野蠻で生臭くて、シンプルかつ公正な解決方法。

彼が神なら王子に牙を剝こうとする叛逆者など問答無用で叩き伏せようとするのが普通じゃないだろうか。

護衛対象と俺を闘わせようとするなんて、何のつもりだ?

余程レイトローズの実力を信頼しているのか、何か思があるのか……。彼の考えがよくわからない。

……でも。俺にとっては悪い話じゃない。ルクスフェルトは手出しするつもりはないらしい。

彼は俺たちの障害にはならない。これはチャンスだ。

「もちろんだ。俺はあんたを黙らせてフウカに會う」

「ダメですナトリくん! 決闘だなんて……!」

制止しようとするリッカを見つめ、首を振る。

「ごめんリッカ……。でもこうするしかないみたいだ。あいつに俺たちの意志を通すには」

リベリオンを構え直し、再びレイトローズを真っ直ぐに睨みつけた。

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