《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第190話 暗闇

「フウカ……!」

求めていた人が、目の前にいる。

フウカは門を飛び越え、走って俺の元へ辿り著くと抱きついてきた。

急な抱擁に驚きつつも痛むで彼を抱きとめる。

「ひどい怪我じゃない……。なんでこんなことっ」

「大した傷じゃ無い。またフウカに會えたんだから」

「私も、ずっと會いたかった……!」

フウカはそっと俺から離れると、側に立つレイトローズに詰め寄った。

「これ、レイトローズがやったの?!」

「はい」

「……!」

「申し訳ありません、フウカ様」

「……話は後で聞くから。すぐに治すね、ナトリ」

「すまない……」

ふと、レイトローズに詰め寄るフウカごしに何かが見えた。

それを確かめようと首を傾げる。前庭の端、手すりを越えた向こう側にそれは浮かんでいた。

だった。薄桃素の淡い髪をしたの子。

真っ白くゆったりとした服を著ている。全的に白い印象のが宙に浮かんでこっちを見ている。

そして彼の背には半明の翼が浮かび上がっていた。

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同じものを見たことがある。それは翠樹の迷宮で見たフウカの翼によく似ていた。

そこまで考えた時、は唐突にき出した。

まっすぐこちらに向かって飛んでくる。その手には白い。あれは、波導の————。

「フウカ!!」

「え?」

咄嗟に起き上がり、フウカを突き飛ばす。

の翼を浮かべるはまっすぐ波導の剣を構えて彼に向かって突っ込んできたからだ。

フウカは小さく悲鳴をあげて地面に転がった。

「ナトリくんっ!!!」

「————」

至近距離に桃髪のの顔があった。この子、どこかで——。

そうだ、水道路で慘殺されたと雰囲気が近いような。

そんなことに思い當たった一瞬の後、側から沸き起こる熱をじる。

視線を下げると、の中心に波導の剣が突き立ちを放っていた。

を焼け付くような熱が駆け回る。悲鳴は出なかった。

だが苦しい。に何かが詰まったみたいに息が————。

「ご、ぼ……」

口からが溢れ出す。呼吸をしたいのに息がつかえる。同時に、急速に目の前の風景が霞んでいく。

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何が起きた?

刺された。唐突に。

心臓。致命傷。

なん、で

上手くまとまらない思考の中で、側で誰かが何かをぶ聲を聞きながら、俺は落下する覚と共に急速に意識を閉ざした。

「いやあああああぁぁぁ!!!!」

目の前で起きた事態に理解が追いつくと同時、リッカはんでいた。

目の前で年が刺された。

にとって生きる希であり、己の心を預けられる拠り所とも言える年だ。

は波導の剣が年のから抜き取られ、大量のを吹き出しながら倒れこむのをけ止めて跪く。

「何者だッ!」

レイトローズが剣を抜き払い、桃髪のにそれを突きつける。

「ナトリくん! ナトリくんっ!!」

リッカが年の肩を抱き、ぶ。

だが彼の目はまるで何も見ていないかのように虛ろで濁っている。

痙攣する、その部からは絶え間なく赤黒いを伝って滴り落ちていく。

「フウカちゃんッ!! 助けて、ナトリくん、ナトリくんがッ!」

「……ナトリ、ナトリ!!! 待ってて、すぐに……!!」

フウカはリッカに支えられた年の前に膝をつくと、そのの傷口に両手をかざす。

ぼうっと白く清浄な年を包み込み、周囲のフィルが年の部へと急速に集まり始める。

それを橫目に確認しながら、レイトローズは上空を見上げた。

ゆっくりと飛翔していく白い服の。突然の兇行。その顔に表はない。

「まさか……フウカ様を狙って?!」

上空から四人を睥睨するが両手を広げる。

手の間にフィルが収束していく。の波導が彼らの元へ向かって放たれた。

「『障壁《ウィオル》』ッ!」

レイトローズは年の周囲を庇うように咄嗟に波導障壁を展開するが、即座に構築を済ませたためその強度は不十分だった。

浮かぶより放たれる線が円形の障壁に浴びせられ、すぐにその壁面に亀裂がる。

そのまま障壁が砕けるか、と思われたが、翼のの波導は背後より飛來した火球によって中斷された。

火球にり、その服とが焦げる。しかしはそれを意に介すことなく相変わらず表に変化はない。

年の周囲に集まる面々の元へ、素早く飛び寄る男があった。

「リッカ、それに……フウカちゃんか! 何やアイツは? おい、そいつはナトリか……?」

「クレイル、さん……。ナトリくんが、ナトリくんがっ!」

リッカが涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、彼らの元へ遅れて駆けつけたクレイルに呼びかける。

クレイルは倒れてフウカの治療をける年の姿を見、そして頭上で彼らを見下ろす白きを睨み上げる。

「やったんはアイツか……。こっちは任せとけ。お前らはナトリを頼む」

「お願いしますっ!」

クレイルはレイトローズの方にも鋭い視線を投げる。

「奴の正は私にもわからない。だが……」

レイトローズは銀の剣をに向ける。

「彼はフウカ様を奴の兇刃から救った。愚かな私は奴の気配をじ取ることもできずに……。

このまま逃してなるものか。クレイルといったか。手を貸してくれないか」

「ちッ。いきなり命令かいこの王子はよォ。……だが仕方ねェ」

「頼む。響け——『響波《シンフォニア》』」

レイトローズは響波導により空中に作り出した極小の足場を駆け上がり、白の元へ向かう。

クレイルも地上から彼を援護するため詠唱を始めた。

二人が謎の戦する傍ら、年はやはり目を覚まさない。

「フウカちゃん! ナトリくんは……っ?!」

「どうして、どうしてっ……! 傷は、は治したのに、なんで……っ!!」

フウカの頬を伝って落ちた涙の雫が年の服へ染み込んでいく。

傷は完全に塞がり、に開いていた大は既に無い。しかし。

「ナトリくんがっ……」

リッカが彼の傷があった部分、服が破けたの真ん中、心臓の位置に手を這わせる。そこからは、何の脈も伝わってこない。

それどころか、年の溫は急速に失われていくようだった。

「噓……!」

「ナトリ……」

フウカが絶に顔を歪める。年の頬にれ、その溫度の低さに驚愕する。

彼の命は、魂は、既にから失われていた。

だが、もう一人のはまだ絶していなかった。

「だめ。だめ……っ! そんなの! 私が……、私が絶対なんとかしますから……!!」

リッカは杖を取り出すと、両手で捧げ持つようにして詠唱を詠み始める。

「時の守人よ、一刻の暇を與えん。その責を忘れ大いなる流れの妨げを見咎めること無かれ、『永遠の水瓶(アク・エイリアス)』……!」

リッカは杖を年のにあてがう。

年のは刻の流れの軛から解き放たれ、自然な現象としての細胞の劣化や変質の一切が停滯する。

だが、そこに宿るはずの命はこぼれ落ち、最早ただの塊にすぎない。

黒波導のをもってしても、失われた命を取り戻すことは不可能であった。

秒単位で大量の煉気を消耗するそのを、リッカはただ項垂れたまま行使し続ける。まるで祈るように。

その行為に意味はない。ただ、しだけ亡骸の腐敗を先延ばしにするだけのこと。

はそれだけの行為に、自らの持つ煉気の全てを注ぎ込むつもりだった。

フウカは暗い空を映す年の虛ろな瞳を見つめていた。

自らにできることはもう何一つないと悟り、

自分の代わりとなって倒れた年の手を握る。

止めどなく溢れ出す涙が視界をぼやけさせる。

「ごめん。ごめん゛ねナトリ……。私のっ、せいでぇ……っ。ナトリ……、起きてよ。目を覚ましてよ……。私に謝らせてよぉ……、それで、それでいつもみたいに笑って許してよ……! う……う゛ううっ……っ!!」

フウカのらす嗚咽は、暫く続いた後ぱたりと止んだ。頬を伝う涙も止まっていた。

は俯き、呆然とした表のまま年の手に自らの両手を重ねる。

そしておもむろに口を開いた。そこかられるように小さな、だが凍えるように冷たい聲を発する。

「――――許さない。……待っててナトリ。キミをこんな風にしたアレを――壊す」

フウカの周囲の大気が震えた。

それは文字通りの意味で、周囲の空間を構するフィルが彼の呼びかけに応じ強制的に制された結果だった。

フィルはフウカに集約し、その質を変化させ実化を始める。

暗い空を背にし、彼の背中に輝く緋の翼が形されていく。

俯いた顔が上方、レイトローズと刃をえる桃髪のへ向く。

その両の眼には、以前とは比べにならないのように淀んだ赤いが宿っていた。

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