《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第191話 暴走

「切り刻め、『奏刃《カノン》』」

「…………」

宙を舞う薄桃髪のと、空を駆けそれに追隨するレイトローズ。

空中に響波《シンフォニア》で作り出した足場を踏み、白へ數多の刺突を打ち出す。

そして攻防の合間を見計らって打ち込まれるクレイルの波導。

フウカとリッカがナトリの側にいる間も謎のと二人の戦闘は続いていた。

年を刺殺したはその背に浮かび上がる翼で空中を自在に飛び回る。

空での機力は非常に高い。だが、レイトローズとてその速さを見切れない程ではなかった。

しかし、彼の狙いが正確には自分に向いていないことをレイトローズは理解していた。

橋の上にいる三人——、いや、執拗にフウカを狙っているであろうことを。

王子はその狙いを自分に向けるべく絶え間ない剣撃を放つが、はなかなか彼の狙い通りにこうとはしない。

彼はフウカに向けられた波導を妨害するのに手一杯であり、攻めあぐねる狀態にあった。

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レイトローズの刃がの白く細いに傷を與えても彼は意に介さない。

まるで、痛みをじていないかのように無。その顔はまったくの無表で、の片鱗さえも窺えないものだった。

そんな手応えのない戦いを続けながら致命の一撃への隙を狙っているところへ、突如フウカが現れた。

「フウカ……様」

だが、空中に現れたフウカの様子は明らかに平時と異なるものであった。

赤いを宿す雙眸を見開き、全からを刺すような危険な気配を放っている。

そしてその背中に輝くは緋の両翼。

「よくもナトリを。許さない……!!」

翼は完全なる飛行を可能とし、フウカは空中で薄桃髪のと対峙していた。

レイトローズの記憶にある限り、フウカがあのようなを行使した記憶はなかった。

は波導の才に恵まれた天才であったが、レイトローズはあのようなを一度として見たことがない。

だが、一目見ただけで緋の翼が極めて複雑な波導組で存在していること自は理解できた。

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「危険です、アレの狙いはあなただ! どうか今は退いてください!」

「————」

フウカはレイトローズの聲が耳にらないかのように、その呼びかけを無視する。

そして空気を歪めそうなほどの殺気を放ったまま、白との距離を一瞬で詰める。

それをけて謎のもフウカから逃れるように下がり、そのままフウカがを飛行しながら追尾するような形となって二人は高速で間橋から離れていく。

「フウカ様!!」

加勢しようにも、完全飛行を始めた二人の速度に追いつけず、レイトローズは戦いに加わること一旦諦める。

拳を握りしめ悔しさを噛み殺し、彼は年の容態を診るため橋へと降り立った。

「彼の容態は……?!」

「…………」

地面に橫たわる年。その隣に黙って跪くリッカとクレイル。

その雰囲気から、レイトローズは年の狀態について察する。

「…………」

「おい、王宮にナトリを治せる奴はおらんのか?!」

クレイルが、戻ってきたレイトローズに食ってかかるように詰め寄る。

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彼の瞳は怒りに燃えていた。

「無理だ……。王宮における最も優れた治療士はフウカ様だ。彼に治せないのであれば……」

「くそがッ!! こんな、こんなところでよォ……!」

クレイルは鋭い犬歯を剝き出しにして拳を握りしめ、を歪める。

ひとしきりの痛みに耐えた後、彼は二人に背を向けた。

「……俺は行く」

「何をするつもりだ」

「どうするも何も、フウカちゃん止めねえとマズイだろうが」

今や二人は王宮上空を飛び回りながら、互いに波導を無差別に撃ち合っていた。

の放つが塔を掠め、フウカの翼から放たれる線が建造の屋を薙ぎ、火の手が上がる。

放置すれば、無関係の者にまで被害が及びかねない狀況であった。

「レイトローズ殿下!」

宮殿の敷地から二つの影が素早いきで王子の元へと飛び込んで來た。

きやすく目立たない、揃いの裝束を纏った王子の側に仕える従者達。

彼らはレイトローズの命に従い屋敷で待機していたが、さすがに様子がおかしいと駆けつけて來たのだった。

「殿下、この者達は……」

「今彼らのことはいい。おい、彼は……」

「ナトリのことはリッカに任せておけ」

斷続的に破砕音や倒壊音が響いてくる中にあっても、リッカはナトリの上に臥せったまま時の流れを停滯させる波導を行使し続けていた。

無駄な足掻きを、煉気が枯渇するまで続けるつもりだった。

「フウカ様には我々が対処する」

「知るかよ。俺はフウカちゃんを助けに勝手にく。それだけだ」

「……好きにしろ」

遠くから何かけたたましく鳴り響く音が聞こえ始める。

「これは……」

「警報です、殿下」

暗い空を稲妻が走る。

彼らが空を見上げると、王宮からごく近い場所にまで山のような雲脈が接近していた。

こんもりと盛り上がった暗雲は、まるで巨大なエネルギーを包するかのようにその部から時折雷が弾ける。

「雲脈がこんな近くに……」

「……なッ?!」

クレイルの目が驚愕に見開かれた。

それは、雲脈の向こうに巨大な陸影を認めたからであった。

単なる陸地ではない。大陸ほどの巨大さを誇るその影は、(・)い(・)て(・)い(・)た(・)ように見えた。

「なんだ……アレは」

レイトローズも遅れて気がつく。雲脈の中を移する巨大な影に。

王宮に鳴り響く警報はフウカとに対してではなく、この王都全に迫り來る危機を住民に知らせるためのものであった。

災禍の襲來を。

雲脈を突き破り、それはついに姿を表す。

見るもの全てに絶を與える存在が、その威容を曝け出す。

「マジ……か、よ。嫉妬の厄災、レヴィアタンだとォ……?」

クレイルが、絞り出すようにその名を口にする。

「アレが、厄災……」

「はっ……う、ぁ」

「まさかそんなことが……。殿下っ」

クレイルとレイトローズ、従者二人はきを止め、世界を飲み込むかのような長大な蛇龍の姿をただ見上げることしかできない。

一目見るだけで、人がどうにかできるものではないと本能的に分かってしまう。

恐怖を與え、足を竦ませ、心を挫き屈服させる。

それこそが嫉妬の厄災の放つ魔法《ドミネイト》であった。

圧倒的存在により、ただそこに在るだけで絶を與え得る者、「絶対者(インヴィディア)」。

何をしようと無駄。全てが終わりに向かう絶を全け止めながら、四人は地面に縛り付けられたように一歩もくことができなかった。

そんな中、リッカは、ただ祈るように魂の抜け殻となった年に杖を向け、ひたすら自らの煉気を杖に注ぎ込んでいた。

ただただ、ひたすらに。

中から力が抜けていくのがわかる。

永遠の水瓶(アク・エイリアス)はかなりの負擔を強いられるだ。世界の理に逆らい、刻の流れを塞き止めるなど本來はありえない。

特定の時空間の質を完全停止させ、狀態を保存する。

手首に浮かび上がりを放つ、ダルクから譲りけた「盟約の印」がそのの行使を可能にしていた。

私の煉気の限界が、刻一刻と近づくのがはっきりわかる。

それでも、それでも……。

私は抗う。もう……これしかないのだから。

嫌だ。ナトリくんを失うなんて。

迷宮を出てから、ずっと私の側にいてくれた。

彼は私の生きる希となっていた。

彼がいたから……、私は辛うじて自らに課された運命と向き合う事が出來ていたのに。

それが……。あなたがいなくなってしまったら、私はどうすればいいの。

嫌だ。

嫌だ……。

そんなの、嫌……。

目の前で起きた出來事のショックで、まともな思考が全く働かない。

現実を、直視できなかった。涙で眼球がふやけてしまったみたいに視界が定まらない。

いや違う。これは初期のストーレス反応。もう煉気の限界が近いんだ……。

「ううっ……」

助けて。だれか。

助けてよ。ナトリくんを。

お願いだから……。神様。

いい気味だな

…………。

厄介な小僧が死んだ。これほど愉快なことはない

聞こえたのは神様などではなく、それとは真逆の邪悪なる者の聲だった。

の厄災アスモデウス。

どうしてそんなに楽しそうなの。

この小僧が消えれば、我を縛る者はもはやお前の他には存在しえない。

我はお前が果てた後、この世界を確実に我がものとすることができる

そんなの……、もうどうだっていい。

どうでも良いだと? 人間の決意や覚悟というのは、かくも脆いものか。

お前も所詮は、くだらない人間風と同類であると、そういうことだな。小娘

そうだよ……。私なんて、どこにでもいる普通のなんだから。

大好きな男の子が死んでしまったら、それ以上に悲しいことなんてないに決まってる。

ナトリくんがいたから、私は私でいられる。

それなのに……っ。

お前にとってはこの世界よりもちっぽけな小僧の命の方が重いと。そう宣うか

そうよ。ナトリくんがいてくれるなら、私はなんだって……!

く、ふふふふふふふっ

…………。

矮小なるかな、人間。それこそがお前達本來の姿であったな。

世界と男を天秤にかけ、迷いなく一人の男を選ぶお前の心。に黒く淀み、だがそれでいてしい。

しお前に興味が湧いたぞ、娘

これ以上、私の心を踏みにじらないでよ……。

聞け、娘。我と契約せよ。貴様の心の一部を差し出すがいい

契約? こんな時に、一なんのつもり。

さすれば、お前の想い人の命を繋げるやもしれんぞ?

我が魔法——、時空迷宮(ルクスリア)によってな

————っ!

我が力を用いれば、お前の記憶を元にあらゆる事象を再現することが可能であろう

アスモデウス。あなたの力を使えば、彼は生き返るの?

——どうであろうな? そればかりは小僧とお前次第だ

厄災の言葉は甘言だった。

ナトリくんの、彼の命を繋げるかもしれない。

でも……、もし厄災の言っていることが噓だったら?

封印を破るために私を騙しているだけなんじゃ。

きっとその可能の方が高い。

でも、それでも。

しでも可能があるなら、私はそれに賭けたい。賭けずにはいられないのだ。

やっぱり私はアガニィの前で厄災に適合し、マグノリア公國を滅ぼした時からなんにも変わってない。

ナトリくんがいなきゃ、私は今もあの時のまま。

彼のいない世界なんて……、私には耐えられない。

迷うなど、ありえない。

「——私は、あなた。の厄災アスモデウスと契約する。その結果に見合うだけの、私の心の一部をあなたに捧げる。だから————お願い。ナトリくんを救ってよ……!」

くふふ……。お前の、聞き屆けたぞ。……業深き人間よ、いいだろう。我が力、使って見せろ

手首に浮かび上がる盟約の印。

そこに指を當て、契約を履行する。刻印の緻な文様の一部が蒸発するようにして消失した。

から濃な影が吹き出す。

じる違和。私のは変化を始めた。

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