《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第194話 願い

「あなたに、スカイフォールを救ってほしい」

リーシャの頼みの容は、そう易々とれられるような容ではなかった。

「俺は……、死んだんでしょう」

「あなたはスカイフォールへ戻ることができる」

「本當ですか!?」

「あなたにはまだ現世との『繋がり』がある」

生き返ることができる……? いや、それでも。

神様の頼みごとと言えど、無理がありすぎる。

「どうして俺なんです」

明らかにおかしい。頼む相手が間違っている。

「そんなの無理ですよ……。大どうしてよりにもよって俺なんだ。もっと、俺なんかよりずっと強くて勇敢な人がたくさんいるでしょう」

世界の運命なんて、俺の関わるような事柄じゃない。そんなのはどっかのお偉方が頭を突き合わせて難しい話をしながら決めるものだろ。

俺の心の目まぐるしい疑問を知ってか知らずか、スカイフォールの神リーシャはじっと俺の目を見つめたままかない。

「あなたにしか、できない。『予言の者』であるあなたしか」

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「違う。……俺にはそんな力は……ない」

リーシャは凍えるように澄んだ瞳を向け一心に俺を見上げてくる。

まるで疑っていない。俺がその『予言の者』とかであることを。

俺はドドーリアだ。自分の宿命に向き合うことだけでも手いっぱいなのに、荷が重いにも程があるんだよ……。

「あなたはアレを目覚めさせた」

リーシャの視線を追い、部屋の隅を見る。

いつからそこにいたのか、部屋の中に一人の人が立っていた。その気配に全くといっていい程気がつかなかった。

俺たちが視線を向けると、そいつは薄暗い部屋の中を歩いてこちらへとやってきた。

その姿が青い微に照らし出され、薄闇の部屋の中に浮かび上がる。

ぴたりとに沿った不思議な服裝のだった。

見た目的にはリーシャよりもし年上くらいか。どこか気の強そうな顔つきの、艶のあるショートカットのの子。

きれいな緑の髪に、瞳も緑。あまり穏やかな表に見えないのに、何故か親近の湧く姿だった。

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はじっと俺たちを、いや俺のことを眺めていた。

なんとなくそんな彼の容姿に見とれていると、ふいと目を逸らされた。

じろじろと見すぎたらしい。隣に座るリーシャと違い、この子は普通に人間味がありそうな気がする。

と、思っているとは再びこちらに視線を戻し、再度俺のことを仔細に眺めだす。

しばらくすると彼は、おずおずと言った様子で口を開いた。

「ま、マスター……」

「っ!?」

俺の聞き間違いでなければ、この子は今俺のことをマスターと呼んだか? いや、いやいや……。

でもこのじ。この、まるで舊知の人間に會ったかのような気の置けない覚は……、まさか。

俺は長椅子から立ち上がると、部屋に現れたの元へ詰め寄るように歩み寄った。

目の前に立つと、構うことなく背の低いの顔を見下ろしまじまじと見つめる。

張しているのか、直したように固まった。

俺のことをマスターなんて変な呼び方をするのは一人しかいない。

「もしかして……リベル、なのか」

「うん、そうだ、よ……」

今日、驚くのはもう何度目になるか。

間違いない、このはリベリオンに宿る人格、リベルだ。正確にはその魂……なのか?

「リベル」

「うん」

「お前、の子だったんだな……」

「……このを見るに、人間の別的には私はに分類されるらしい」

リベルは人の姿に慣れないのか、どこかぎこちなく自分のるなどして検分している。

「私は永遠ともいえる長い刻の中を、その『メフィストフェレス』を扱うことができる者を探し求めてきた。それが予言の者であり、ナトリ、あなたのこと」

何か聞き馴染みのある名前を聞いた気がした。……それはともかく、確かにリベルの力は厄災にも通用するだろう。

翠樹の迷宮で出くわした嫉妬の厄災レヴィアタンだって、彼の力で撃退することができたんだから。

厄災を倒すことが可能なリベリオン。それを扱える俺だけが、スカイフォールを救う事ができると。

だが……、だからといって。

「ナトリ。私はあなたとここで出會えたことを運命だと考える。どうか……、厄災の脅威からスカイフォールを救ってほしい」

スカイフォールの創造主直々に頼まれている。世界を救えと、そう言われている。

「あなたならそれができる。あなたにしかできない」

「もし、俺にできなければ……」

「スカイフォールは厄災に躙され、おそらく今から十年以には滅びるでしょう」

「十年……」

あまりに重たい話の容に思わずよろめきそうになる。

世界に……、俺たちに殘された時間はそんなにないのか。

「滅びはすぐそこまで迫っている。そんな時、あなたは私の前に現れた」

そんなの、反則だろ。

フウカも、リッカも、クレイルも、クロウニーやエルマーも、家族も知り合いもスカイフォールの命運も。

何もかもが人質みたいなもので。

選択肢なんて、存在しないじゃないかよ。

ならば全てを投げ出し、逃げだすか。

フウカやリッカなら、俺の選んだ選択にきっと付いてきてくれると思う。

最後の、滅びの刻まで……。

「……やろう、マスター」

傍に立つリベルが、緑の瞳で俺を見上げる。

「……俺はっ」

「マスターの使命、私が一緒に背負う」

に余る重荷に押しつぶされそうだった。

今俺はどんな顔をしているだろう。リベルにけない顔を見せたくないと思いつつ、全くそれを裝えてはいない気がする。

「どうして……俺のためにそこまでしようとする?」

「マスターの命を守る。それが私の最優先事項。だから戦う」

「リベル……」

そう言い切る彼の意志の強さに驚いて思わず顔を覗き込む。

リベルはずっとその意志を通してきた。俺の扱いが下手でも、常に自分にできる一杯をやろうとしていた。

「マスターだったら、私に眠ってる力を完全に引き出してくれる気がするから」

その強い瞳は一切の疑問を映してはいなかった。

は心の底から自らの意志に従っているのだ。俺を守るという信念に。

リベルは俺を守るため、既に厄災に立ち向かう覚悟を決めている。

「お前は、強いな」

「マスターの影響なんじゃないか?」

「?」

「マスターはずっと、誰かを守りたくて戦ってきたじゃないか。それと同じだよ」

同じ、か。確かにその通りだな。

相手があまりに強大で、とてつもない化けってだけで。

試されているんだ。俺がリッカやフウカ、リベル、みんなをを守りたいと思う意志を。

厄災が相手なら俺は諦めるのか? みんなの命を。

「…………」

両の拳を握りしめる。

「やって、やる……。相棒がここまで言ってるんだ。俺だってお前を守りたい。もちろんみんなのことだって……!」

どれだけ過酷で、どれだけ絶的でも。

それに俺は一人じゃない。もらったからな。一歩踏み出す勇気を……。

「わかった。エル……いやリーシャ。君の願い、俺たちがなんとかしてみる」

運命に抗うと決めたんだ。どれだけそれが強大で、果てしなくても、既に退路は自ら斷った。

謝する」

リーシャの表は変わらない。それでも彼が世界のことを憂いているのは伝わってくる気がした。

「あなた一人では、セフィロトから現世へ戻ることは不可能。けれど、ここにはメフィストフェレス……、今はリベリオンのがある。

があなたを今をもってスカイフォールと結びつけている『繋がり』になっている。それを手繰れば、あなたの魂は再びへと辿り著けるはず」

「そうなのか?」

「私はそのためにここにいる。だから一緒に戻ろう。戻って戦うんだ」

元の世界に帰る算段はついた。しかしまだ神には聞きたいことがある。

「戻る前に教えてくれ。君の名前、リーシャ・ソライドっていうのは本名なのか」

「そう。私が生まれた時から持っていた名前」

「フウカ・ソライドという名に聞き覚えは?」

「私はその名を聞いたことがない」

偶然、なんだろうか。でも……なにか違うような気がする。

リーシャが長椅子から飛び降り、俺たちの前まで歩いて來る。

「ここにいる限り、今のスカイフォールで起きていることを私は把握することができない。それでも——。どうか、私の世界を救ってほしい」

は世界の始まりから、想像を絶するほどに遙かな歳月を生きてきた神だ。

その歳月の中、人間やあらゆるを削ぎ落としてしまったのだろうか。

それでも俺の目の前にいる神は、今は世界の行く末に祈りを捧げる無力でにしか見えなかった。

……やるしかないのだ、生き殘りたければ。運命に抗うなら。みんなを救いたいと思うなら。

「戻ろう。私たちの在るべき場所に」

「そうだな。……行こう」

俺とリベルの立つ床面が、強くを放ち始める。

床面から湧き上がるように、足元から発生するが俺たちのを包んでいく。

俺たちを見送る、頼りなげなリーシャの姿を振り返る。

こんな場所にたった一人で七百年も閉じ込められて。

このままでは、きっと彼の魂はり切れてしまう。そんな風に思った。

崩れ落ちてしまいそうに儚く青ざめたを安心させようと、俺は一杯の虛勢を張った。

「リーシャ! スカイフォールのことは任せろ。君の創った世界は必ず俺たちが守る! そしていつか……君をここから開放する!」

「————!」

「心配するな。全部俺達に、任せておけ!」

視界がに覆い隠される前に。

そう言ってを叩く。拠なんて、自信なんて、これっぽっちもない。

だけど……。進もうとしなきゃ、何も始まらない。

だったら前を向いて、笑ってみせよう。フウカのように。

この笑顔に救われる奴が、一人くらいはいるかもしれない。

俺の吐いた虛勢見え見えの大言壯語に、リーシャは初めてその無表を崩した。

まるで泣いているようにも、微笑んでいるようにも見えた。

そんな顔も、できるんじゃないか。

視界から彼の姿がかき消える寸前、リーシャの小さなが言葉を紡ぐのを見た。

——兄さん、と。

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