橋から飛び降りた俺たちはし離れた塔に飛び移り、塔の外壁を垂直に駆け下りる。

「うっ……わあああっ！！！」

師匠の背中にがっしりとしがみ付いていなければこの高度から振り落とされて真っ逆さまだ。おまけに外壁の裝飾を避けるため、小刻みに激しく揺れる。

「揺れますよ」

「は、はいいっ！！」

俺たちは手近な建造に飛び移りながら、フウカ達の痕跡を追って王宮を巡った。

その間も厄災は王宮を長大な軀で取り囲み、時折天地を揺るがす咆哮を放つだけで危険なきはまだない。

王宮の防衛障壁とやらがどれほどのものなのかわからないが、今はそれに頼るしかないだろう。

「ナトリくん、あれを！」

「！」

上層中空域に位置する浮遊街區。その上で激しいが瞬いている。

「あそこか！」

街區を飛び越え、壁面を駆け抜け、間橋を渡って目的の地區へたどり著く。

ここへ來るまでに王宮市街の様子を見て來たが、どこもかしこも住民達は混の極みと言った様相を呈していた。

貴族の怒號が飛びい、絶に沈んだ人々は膝を折って地面に蹲る。

厄災のせいだ。あんなものが突然現れれば誰だってああなる。

フウカ達は街の上空を激しく飛び回り、違いに波導を撃ち合っていた。

俺たちも建の屋へ上がって屋伝いに二人を追跡していく。

「フウカ……！」

「くそ、速えな。普通にいても捕まえられんぞ」

正不明のとフウカが波導剣を振り回してぶつかり合うのを遠目からじっと見つめる。

『フウカの方が、速い……か？』

『速度では彼の方が上、敵は明らかに弱り、劣勢に見える』

『アレを捕まえられれば、フウカを確保するチャンスを作れるか？』

『私たちの力をもってすれば、きっと』

「多分フウカはが止まるまで攻撃をやめない。なんとかして先に彼を確保しよう」

できればフウカに殺しなんてさせたくない。

「それしかありませんね」

「よっしゃ。やったろやないかい」

フウカ達の戦闘域までたどり著く。巨大なドーム型をした施設の屋を獣のごとく駆け上がりながら師匠が言う。

「ナトリくん。フウカさんに呼びかけてみませんか。君の聲なら屆くかもしれません」

「やってみたいです。……お願いできますか師匠」

「もちろんです。なんとか近づいてみせましょう」

屋の天頂付近で緋の輝きが瞬く。

「っ！」

「うわあっ！」

波導弾が高速で飛來し、屋に突き刺さる。師匠は素早いステップでそれを躱しながら屋を駆け登って行く。

この辺はすでに二人の戦闘圏だ。いつ攻撃が飛んで來てもおかしくない。

弾幕を掻い潛りながら屋を回り込み、地面を踏みしめた師匠が高く跳躍した。

が浮くような覚を覚えながら師匠のベルトをしっかりと握ってぶ。

「フウカーー！　俺はここにいる！　戻ったんだ、君のおかげで！　だから正気に戻ってくれーっ！！」

謎のに向けて波導をれ撃ちするフウカとすれ違うようにして飛び、呼びかける。

しかし彼の瞳は目前の敵しか映していないように薄紅の怪しい輝きに支配されており、呼びかけに対する反応はない。

「フウカ、もう止めろ！　これ以上君の手で被害を広げちゃいけないっ！」

ボロボロになっている薄桃髪のの上空に赤い影が躍り出る。

「火竜の尾、捕えろ『炎鞭《アグニール》』」

の死角から放たれた炎の鞭はその華奢なに巻きつき、締め上げる。クレイルが杖を振ると、それに引っ張られてが宙を舞った。

「っしゃあ、獲ったぜ！　……なっ！」

拘束に功したかと思ったのも束の間、のの周囲にが両袈裟懸けに閃く。

表から突き出した波導剣がにまとわりつく炎を切り裂き、縛めをしたがクレイルに向かう。

「真紅の刃、『火剣《メルカムド》』ォ！」

恐るべき速度でクレイルを貫くべく繰り出されたの剣を、クレイルの火剣が打ち砕くようにして相殺する。

空中に咲くように広がった火花の向こうに浮かぶの背に広がるの翼が発を始めた。

「クレイル危ない！」

「『追奏刃(ストレッタ)』！」

打ち合った反の隙を狙い、波導を放とうとした翼が音を立てて大きく弾かれる。

響波導を放ちの攻撃を妨害したのは、こちらに向かって屋を駆け上がりながら剣を構えるレイトローズだった。

「厄災にビビるんはもう止めたんかよ？　王子様」

彼は薄桃髪のをクレイルと挾む形に位置取った。

「君の言う通りだ。ナトリ・ランドウォーカー」

彼はこちらに目をやると、クレイルと共にすぐにとの激しい攻防を開始した。

「——私には覚悟が足りなかった。だが君の言葉、に響いた。禮を言う」

どうやら厄災の恐怖を克服することができたらしい。

「たとえその先に死が待ちけていようとも、最後のその刻までフウカ様を守るため私は戦う！」

クレイルが撃ち込む炎の煙幕を利用し、死角からに迫ったレイトローズが彼の背に手をばす。

突き出された右手は桃の後頭部に狙いをつけていた。

「掻きせ、『響破《ソニード》』！」

詠唱と同時に甲高い高音が空間を駆け抜ける。

空中でゆらりと軌道を崩し、旋回しながらは落ちる羽蟲のように屋へと墜落していった。

は鈍い音を立てて屋に激突し、屋の傾斜を転がってごろごろと落ちていく。

「師匠、あいつをお願いできますか！」

「任せてください」

師匠の背から屋へ飛び降り、走る。

橫目に師匠の巨がを追いかけて屋を下っていくのを確かめ、に追撃を加えるべく一直線に降下してくるフウカの前に両手を広げて立ち塞がる。

「フウカ！！　俺達のことがわからないのか！」

緋の輝きが迫って來る。恐れるものか。彼は敵じゃない。フウカなんだ。

俺たちの仲間、俺の大好きな————。

至近距離でフウカと目が合う。その中にある荒れ狂うような緋ののその奧に理のかけらを探す。

一瞬の視線の差の後、俺はフウカがの前面に展開していた破導障壁にぶち當たって屋の外にはじき飛ばされた。

「がっ……はぁっ！」

まるで走ってきたアリュプにでもぶつかったような衝撃が全を襲う。

空中に投げ出され、が風を切って錐み落下していく。

「ナトリ！！！　クソッ！」

クレイルの焦ったような聲が聞こえた。

なんとかしなきゃ。やばい、地面が——。

「守って、『泡石(エトピリカ)』！」

がらかい何かに包まれるの後、俺はそのまま地面に墜落した。

しかし激突の衝撃はやってこない。むしろ、俺のはぼよんと弾んで止まった。

を包む何かを手でかき分け、なんとか足を地面につける。

すると俺のを包み込んでいた何かは急激にへと変化し地面に流れ落ちていった。

「無事ですか、ナトリさん！」

「……マリア？！」

泡が消え去り、俺の前には長い杖を攜えた銀髪のマリアンヌが立っていた。

「助かったよ……。死ぬかと思った」

「屋の上を飛んでいくナトリさんとクレイルさんを見かけたので、追いかけてきました。間に合ってよかった……」

そういえばマリアンヌも王宮に滯在していたんだった。最高のタイミングで駆けつけてくれたことに謝だ。

ずん、と音を立てて俺たちの脇に師匠が降り立つ。

見上げると、その口には子ネコのようにが咥えられている。簡素な白いの後ろ襟を師匠に咥えられ、だらんと薄桃の髪を垂らしている。

「危ないところでしたね。小さなお嬢さん、ナトリくんを助けてくれて謝します」

「いいえ。ところでその人は……？」

「この子は今王子様の響波導で平衡覚を崩しています。拘束するなら今を置いてありません」

上空を見上げる。白いが走り、炎が散るのが見える。クレイルたちがフウカを押さえようとしているのか。

「マリア。急だけど、こいつを大人しくさせられないか？」

「けなくするだけでいいんですよね？」

「ああ。頼む」

師匠に両脇を摑まれながらも手足を振り回し逃れようとしている。

マリアンヌは事態を飲み込めないままではあるが、手にした長杖の先端を、服が破けて出したの腹部に當てた。

「清き水流れをし、狂わせよ。『水針《ルサールカ》』」

「〜っ！！！」

杖のエアリアが青く瞬くと、は振り回していた手足から力が抜けるようにして大人しくなった。

その背に浮かんでいたき通る翼も消失する。

「これで、しばらくはくことも波導を使うこともできないと思います」

「ありがとう」

近くでまじまじと見上げると、桃髪のは素の薄い虛ろな瞳でこちらを見返して來た。

フウカとやりあったせいか、かなりの傷を負っていて痛々しい。

全からが滲み、ぼろぼろになった白を赤く染めている。こんな子が、俺を……。

「來るぞナトリ！」

聲と同時、すぐそばにクレイルが降って來た。

レイトローズも地面に降り立つ。

マリアを庇うように前に出て上空を見上げる。

ゆっくりと、フウカがこちらに向かって降りてくる。緋の翼を広げ、そこに強いを宿しながら。