《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第198話 神の槍
フウカが地面に降り立つと同時に緋の翼も消えた。殘ったのはいつも通りのフウカだけだった。
クレイルやマリアンヌ達が俺たちの元へ駆け寄ってくる。
「うまいこといったな」
「なんとかね」
「フウカさん、の方は大丈夫なんですか?」
マリアンヌがフウカの心配をしてくれる。
「みんな迷かけたよね。ごめん、私……」
「気にすな。こいつのおかげでちゃーんと元に戻ったんや。もうええやろ?」
「クレイルも、ナトリと一緒に來てくれたんだ」
「へへ、まあな」
「マリアンヌちゃんやモモフクさんも私のために……。みんな、ありがとう。怪我してる人がいたら言って。私が全部治すよ」
フウカはそういってみんなを見回す。
そして、地面に腰を下ろして力なく俯く薄桃髪のに目を留めた。
「…………」
「フウカ」
「大丈夫。あの子は許せないけど、もうさっきみたいに暴れたりしないよ」
フウカとしては彼を治すつもりはないらしい。また誰かを襲う可能だってあるからな。
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「レイトローズ」
フウカは王子の前に歩み出て、彼に治癒をかけ始める。
レイトローズは俺との戦いでかなりのダメージを負っているはずだ。
ルクスフェルトの治癒をけていたようだが、それで全快するわけじゃない。よく見れば結構しんどそうな顔をしていた。
「すみません、助かります」
「気にしないで。こんなになったの、私のためだったんでしょう?」
次は俺の番だ。フウカが俺のに手を當てて、屋の上で突き飛ばした時に負った傷を癒してくれる。申し訳なさそうな顔で。
「ナトリ、ほんとにもう大丈夫なの?」
「ああ。何故か死んだら煉気も全回復したみたいなんだよな」
『あのセフィロトとかいう場所の影響だろう。あの場所は煉気(アニマ)に似た質で満たされていた』
『なるほどな……』
「フウカ様」
治療を続けるフウカの前に歩み出た王子は、非常に思い詰めた顔をしていた。
「申し訳ありませんでした。あなたを守ると言っておきながら、私は……。彼らがいなければ、私にはきっと暴走したフウカ様をどうすることもできなかった」
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「そんなこと気にしないでよ。一緒に戦ってくれたでしょ。それに元々私のせいなんだし」
リオネラ以來で再會して思ったことだが、このレイトローズという男は俺の想像していた人像とかなり違っていた。
俺は彼が王族らしくチャラチャラとしていて、尊大で傲慢な男だと決めつけていた。
でも実際の彼のイメージは悩み多き青年といった印象だ。
その端正な貌は常に憂いを帯びており、どうにもいろいろなことで思い詰めているように思える。
レイトローズのフウカに対しての言はひたすらに真摯なものだった。
「レイトローズ殿下、彼の柄はどういたしましょうか?」
モモフク師匠が傍らに力なく座り込むを見下ろしながら聞く。
「彼は王都治安局へと移送する。此度の兇行に及んだ機やその背景を聞き出す必要があるからな」
「それは彼らに任せると良いでしょう」
掛けられた聲に振り向くと、數人の武裝した人間がこちらへ歩いてくるのが見えた。
武裝した集団を引き連れて現れたのは、昨日世話になったばかりの大貴族、クリィム・フォン・アールグレイ公爵その人だった。
ぶかぶかの白を羽織り、空を泳ぐ厄災にもじることなく悠として腕組みを崩さない。
「ご機嫌麗しゅうございます、レイトローズ王子殿下。……とは言いましてもこの火急の折にありますれば、冗談にもなりませんわね」
クリィムは小さなを折り曲げて王子に向けて貴族式の挨拶をする。
「アールグレイ公。今は王都全が危難に曬されている。早急に避難されるべきだ」
「僭越ながら、殿下こそ先んじての安全を確保されるべきかと存じます」
「……私にはやらねばならぬことがあった故」
「承知いたしました。臣下のである私に許されるは進言のみです。付近を通りかかった折、一連の騒を認めました故ここへと參上した次第です。つきましては、私に隨伴する衛士に下手人を連行させましょう」
クリィムは俺をちらりと見るとにっと微笑んだ。
しばつが悪い。俺たちは彼の施設を破壊して出してきたからな。
「そうか……、では頼みます。ところで卿は王都防衛の現狀について、何か知っていますか」
クリィムは兵開発局の長という話だった。
「現在、防衛院が脅威への迎撃準備を行っております。多くの兵や民があの怪の前に屈服している絶的な狀況ではありますが、王宮の誇る最新鋭の防衛障壁は正常に稼働しております故、一先ずご安心を。宮では避難が始まっているでしょう。殿下も所用が済み次第早急に————」
「!」
「きゃあっ!」
大気が震えた。
王宮全を余すことなく震え上がらせるような音と空気の揺れ。
「何ですか、これ……。フィルが一箇所に集まってくような……」
「発するようです。王宮が誇る古代兵、王冠《ケテル》。あらゆるものを貫くの柱——、『エルヘイム(神の槍)』が」
クリィムが厄災を振り仰ぐ。
「王冠《ケテル》……」
周囲を包む音と振が高まっていく。
厄災を見上げると、レヴィアタンはその巨大な鎌首をこちらへもたげて王宮へと接近を始めていた。
このままでは衝突する。そう思った時、極が空間を割った。
周囲が真晝のように明るくなり、王宮下層方面から厄災に向けて、夥しい質量のが放たれる。
その極太の出はレヴィアタンの顔面にぶち當たると、拡散するように暗い空へと細々に別れて散っていく。
視界がで埋め盡くされる。眩しくて目を開けていられない。
俺にを寄せてくるフウカを庇うようにしながら、腕でを遮る。
レヴィアタンの鼓をつんざくような絶が響き渡り、木霊した。
しばらくしてようやくの照が収まり、王宮は靜けさを取り戻す。
「…………」
これが古代兵、王冠(ケテル)の力。
リベリオンのことを王冠ではないかと考えていた時期もあったけど、なるほどこれはんな意味で似ても似つかない……。
いくら厄災が強大であろうとも、あんなものを直に浴びてはひとたまりもないだろう。
「そん、な」
クリィムが空を見上げたまま驚愕に目を見開いていた。
彼の視線の先を辿ると、そこには相変わらず毒々しい紫の眼を湛えた厄災の頭部があった。
「おい、あんなもん食ろうても平気なんかよ……」
「エルヘイム(神の槍)の直撃でも倒せないなんてっ」
正確には、厄災は全くの無傷ではなかった。
しだけ表面の形狀、地形と言ったほうがそのスケールを表すにはしっくりくる表現かもしれないが、それがエルヘイム発前とは変わっているように見える。
王宮の古代兵を持ってしても、その表面を多削ることしかできていない。
あんな大掛かりな兵、連が効くとは思えない。それに、あと一何発放てばレヴィアタンを空の底へ沈められるというのか。
俺たちは全員絶的な表を浮かべていたことだろう。
「殿下、今一度避難を進言いたします……。エルヘイムが有効打とならないのであれば、最早王宮に打つ手はないでしょう。アレは、人の手でどうにかなる存在ではない」
「そう、か……」
レイトローズは厄災に向けていた視線を下ろし、苦痛を湛える表を伏せる。
見上げていると、王宮を取り巻くレヴィアタンの長大なのきが加速し始めていることに気がつく。
その一つ一つが山を穿ち、大地を抉り取るような鋭い牙が並ぶ口を開いたレヴィアタンの頭部が、王宮に向かって超大な質量とエネルギーを伴う突進を仕掛ける。
厄災の突撃は大気を揺るがす衝撃と共に妨げられた。
レヴィアタンは王宮の周囲に張り巡らされた防衛障壁に激突し、その進行は食い止められた。
しかし突撃の余波は凄まじく、障壁越しにも王宮市街を見えない衝撃波が駆け抜けていった。
「うおおおっ!」
「きゃあっ!」
厄災の頭部がぶち當たった場所に、薄っすらとのが浮かび上がっていた。
複雑な幾何學模様が組み合わさるようにして浮かぶ障壁は、厄災の攻撃を防ぎはしたが歪み始めてしまっている。
「あれも王冠か。全く、古代兵っちゅうんはなんでもありやな」
「でも、あの様子じゃきっと長くは持ちません。何度も攻撃を食らえば、きっと……」
衝撃の余波から立ち直った者達にレイトローズが聲を上げて語りかける。
「皆、聞いてくれ。速やかに私と共に王城へ避難を。城までたどり著けば出艇に乗ることができるはずだ。……王宮オフィーリアは……崩壊する」
「……殿下」
クリィムと従者ら、付いてきていた王宮衛士らが王子の提案に姿勢を正して応える。
レイトローズは俺たちの方へも顔を向けた。
「君達も來い。これが王宮を離れるもっとも安全な方法だ」
衛士達に薄桃髪のを引き渡すと、彼らはすぐにレイトローズやクリィムを守護するように隊列を組んだ。避難準備はすぐに完了したようだ。
「ナトリさん、フウカさん、どうしたんですか。早くしないと王宮の人達、行ってしまいますよ」
相変わらず上空を見上げて厄災を睨みつけていた俺に、マリアンヌが聲をかけてきた。
「…………」
「何を考えとる?」
セフィロトで邂逅した神、リーシャの言葉を思い出す。
いずれ解き放たれるであろう厄災を倒し、世界のいずこかに存在する私のを見つけ出し解き放ってしい。
エル・シャーデはそう言った。
各地の迷宮に眠る厄災は、遠からず封印を破り目覚め始める。そして十年以にスカイフォールは……。
今、ここで厄災から逃げられたとして、いずれやってくる滅びの運命は変わらない。
だったら、次にいつ現れるかわからないレヴィアタンは今ここで仕留めなければならない。そうしなければ——、結局は何も守れない。
『マスター、今がその時だ』
そうだ。今が絶好の機會なのだ。俺にしかできないとリーシャは言った。
だから、俺にみんなと逃げることは許されない。
立ち向かわなければ。大事なもの全てを守るために。
クレイルの問いかけに答える。
「今度こそレヴィアタンを倒す」
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