《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第200話 暴風の化

あっという間に王宮市街を離れ、フウカは防衛障壁を目指し飛んでいく。

再び厄災の巨大な影が王宮の街を覆い、障壁が軋みを上げる。

王宮に配備された王冠《ケテル》により生み出された防衛障壁は、その構にノイズでも走るように時折明滅を繰り返すようになっていた。

不安定な狀態、ってことなんだろうか。あれが破壊される前に厄災をなんとかしなければ。

『リベル。俺とフウカは翠樹の迷宮でレヴィアタンを撃退した時、結局あいつを倒し切ることはできなかった。あの時と同じようにやるだけじゃ厄災は倒せない。どうすればいいと思う?』

『あの時マスターは、嫉妬の厄災レヴィアタンの中核《コア》に目星をつけてジャッジメント・スピアを発した』

『そういうことだな』

『厄災の中核を直接視認したわけじゃない』

『確かに……』

『私は、あの攻撃は中核に直撃しなかったと思ってる』

『外してたってことか』

『レヴィアタンの外皮による威力の減衰。在部位のずれ。多くの原因が考えられる』

『つまり、奴を倒すためには確実に中核を破壊する必要があるってことなのか』

リベルはいつも俺だけじゃ辿り著けない答えに導いてくれる。

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『お前はやっぱり頼りになるな』

『ま……、當然だよ』

『ああ。お前がいなきゃ俺は何もできないからな』

そうして脳で作戦會議を開いているとすぐに障壁が目の前に迫って來た。

至近距離で見ると、それは不思議な代だった。

波導《ウェザリア》により生み出される障壁と似ている。

明滅するように時折可視化し、古代技で構された壁は、遠目には幾何學模様のようにも見えていた。

すぐ近くで見ると、その表面には見たこともない文様がびっしりと浮かび上がり、それぞれが一定の法則に従って壁の表面を流れるようにいている。古代の文字だろうか。

「ナトリ、どうしようこれ。攻撃してみようか?」

フウカがぺたぺたと壁にれながら俺を見下ろす。

防衛障壁が展開しているということは、侵することはできないが出もできないってことになる。

ん? さっき発したエルヘイムはどうやってこの壁を通過したんだろう。もしかしたら、発する瞬間だけ障壁を無効にすることとかできるのかもしれない。

フウカが波導をぶっ放す前に、俺は彼に言う。

「大丈夫。俺たちが通るくらいだったら問題ない。フウカ、俺をもっと壁に近づけてくれる?」

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「うん。これでいい?」

「十分だ」

ソード・オブ・リベリオンを発し、剣先を障壁に突き刺す。

の刃はさして抵抗もなく、すうっと壁の向こう側へと貫通した。

フウカに空中を円を描くように移してもらい、防衛障壁を丸く切り取っていく。

半円に切り込みをれたあたりで、切り取った範囲の壁が音もなく消失した。

俺たちはそのから障壁の外へ出た。

「リベリオン、さすがだね。あのレヴィアタンでも簡単には壊せない壁なのに」

「うん。だからきっと、この力があればあいつを倒すことだって可能なはずなんだ」

「しっかり摑まっててね。急ぐよ」

フウカの手を握る力を強める。ぐんと引かれるように、彼は急速に上昇を始めた。

厄災の巨を見上げながらその頭部を観察する。

の巨大な眼が薄闇の中で輝いている。不気味なで、じっと見ていると心の奧底から恐怖のを呼び起こされるような嫌なじがした。

フウカの覚では両目の間に強大な力の源があるとのことだった。

迷宮の時は実際それで撃退できていたし、中核は厄災の眉間に埋まっていると考えていいはずだ。

今、レヴィアタンは防衛障壁を破壊しようと突進を繰り返している。

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その影響で障壁の外側には暴風が吹き荒れ、気を緩めれば吹き飛ばされそうだ。

そこに存在するだけで災禍をもたらすモノ。それが厄災という存在なのだ。

常時き回る巨大な厄災に近寄ることはかなりの危険を伴う。

大地がまるごとぶつかってくるようなものだ。當たれば木っ端微塵になってしまうだろう。

どうやって近づいたものか……。

うまく厄災のに取り付けたとして、まだ問題はある。

中核は奴のにあるため、あの暴風の化表にを開けなければならない。

どっちもあまりに危険すぎて考えるだけで目眩がする。

「?!」

レヴィアタンの目の端あたりで黃が瞬き、炎が上がった。

続いてその巨大な眼球表面を橫斷するように輝く炎が軌跡を描き、數拍遅れて立て続けに発が起きる。

「何あれ?!」

「誰かが厄災に取り付いて攻撃してるんだ!」

その後も斷続的に発は続く。俺たちは厄災の鼻先あたりの高度まで上昇すると、遠くから炎の輝きを見つめた。

厄災の眼の周囲で起こる散発的な発をレヴィアタンも鬱陶しく思ったのか、防衛障壁への突撃が中斷される。

レヴィアタンの首がわずかに持ち上がり、びりびりと大気を震わせる大咆哮が響き渡る。

「わ、わわわっ!!」

何かの気配をじ取ったのか、フウカが慌てての向きを変え、厄災から距離を取ろうと飛び始める。

レヴィアタンの向を注視する。

風の向きが、変わった……? いや、違う。あいつが周囲の空気を吸い込んでいるんだ。

その肺活量は底なしだった。フウカは全力で厄災から離れようとしたが、吸い込まれる大気に抵抗するのが一杯で一向に距離が開いていかない。

そして逆風は唐突に止む。

「やばい……!」

レヴィアタンは息を深く吸い込んだだけだ。他に何をしたわけでもない。

だがそれだけでもわかる。今から何か途轍もなくやばいことが起こるのが、気配だけで十分すぎるほどにわかってしまう。

俺たちは最高速度で上空へと離を図った。

レヴィアタンの眼球くらいの高度まで上昇した時、それは起きた。

長い口が上下に分かれ、開かれると同時にその奧から途轍もない風圧の衝撃波が吐き出されたのだ。

目に見えるほどに捩れ、荒れ狂う大気。吐き出す息がそのまま嵐となり、防衛障壁に直撃し弾ける。

その余波はそれなりの距離があるはずの俺たちの元まで到達した。

暴風が押し寄せ、フウカが制を失って風の中を無茶苦茶に振り回される。

あまりにも巨大な自然の脅威の前に、その手を握り続けることなど不可能だった。

風に吹き飛ばされる木っ端のように、俺は強風に弾かれてフウカを見失った。

「うわああああーーっ!」

くるくると為すなく空を舞いながら吹き飛ばされていく。

そこら中を嵐が吹き荒れていた。

レヴィアタンの口から暴風と共に吐き出された小型の浮遊巖礁ほどもある大巖が、そこら中を荒れ狂う風に乗って飛びう。

王宮の防衛障壁は広範囲に嵐と巖塊のり混じるブレスをけ、至る所が決壊し始めている。

周囲の空間全てを躙し盡くすほどの地獄の暴風だった。

これが暴龍リヴァイアサンとも呼ばれ、伝説上で恐れられてきた怪

「フウカーーッ!!」

風に舞い、落下しながらフウカを呼ぶ。し上空の離れた位置に緋に瞬く輝きを見つけた。

くそ、 彼を見つけられても、向こうが俺に気づけない。

「『ソード・オブ・リベリオン』!」

頭上にリベリオンを掲げて詠唱する。消費を最低限に抑える剣の形ではなく、煉気を垂れ流し燃え上がるような調整をリベルに頼む。

青いを発する俺の存在に気づいた緋が急速にこちらへ向かって降下してくる。

「ナトリーっ!」

落ちながらもなんとか追いついてきてくれたフウカの手を摑み、握る。

「危ないとこだったね」

「た、助かった……」

狀況は最悪だ。もう防衛障壁は保たないだろう。

「あんなブレスを吐かれたら、とてもじゃないけど近寄れないよ……」

「次あれをやられたら終わりだ。一か八か……取り付くしかない」

「うん。これ以上ゆっくりしてたら王宮が壊されちゃう。いくよ、ナトリ!」

フウカはレヴィアタンの眉間を目指して荒れ狂う風の中一直線に飛び始める。

に向かって飛んでいると、すぐ隣にを発する何かが並んだ。それは俺たちと並んで飛び、ぴったりと付いて來る。

風の中、その正を確かめようと目を凝らす。

それは炎をまとった黃金の巨大な獅子だった。

風になびく立派なたてがみに、背から生えた大きな両翼。そして手足や翼からは明るい炎が燃え猛っている。

なんだこれ、モンスター……?

「無事か、君たち」

燃える獅子が喋った。……のではなく、その背に乗る人が俺たちに呼びかけてきたのだった。

そしてそれは、俺も見覚えのある男だった。

「あんたは……、『煌炎のルクスフェルト』?」

「フウカちゃんに、君はレイトローズ君と決闘していた年だな」

ルクスフェルト・ユーヴェインはその悍さとらかさを合わせ持つ表を引き締めて俺たちを見た。

「ルクス、そのおっきなネコは?」

黃金に輝く獅子は、正直ネコとは似ても似つかないが。

「こいつは疑似生命波導《ティファレト》で現化した僕の相棒さ」

マリアンヌの泡の(ヴォジャノーイ)みたいなものだろうか。

この獅子からは、マリアンヌのとは比べにならない度の生命力というか、エネルギーをじる。

「さっきの厄災への攻撃はあなたが?」

「そうだ。結局暴風のブレスにここまで吹き飛ばされてしまったけどね」

遠目に見えた炎はルクスフェルトの波導だったらしい。たった一人であんな広範囲を撃してたのか。

「今奴に近づくのは危険だ」

「それでも俺たちは、あいつを倒さなきゃいけないんです!」

「そうだよ、そうしないと王宮のみんなが!」

「驚いたな。君たちは、アレを倒す気でいるのか……」

「ルクスだってそうなんでしょ?」

「……もちろんだ。王都を守るのは神の役目だからね。しかし、先ほどから々やってはみたもののどれも効果が薄い。悔しいが、こいつはどうやっても人間の及ばない存在らしい」

悔しさを滲ませた顔で、それでも彼は言う。

「だが、僕は最後まで足掻く。その結果しでも人々への被害を抑えられるならば本さ」

勇敢だな、この人は。絶的な狀況とわかっていても決して諦めない。

力の続く限り人々のために戦い続けようとする。

「だから君たちも早く……」

「俺たちの力なら、厄災を倒せるかもしれないんです」

「……! それは本當なのか?!」

頷いてみせる。強い意志を宿す金の瞳が俺たちを見據える。

「君の振るっていたあの不思議な武か。他に手段もない……。君たちを信じてみよう。僕も協力させてくれ」

「本當?! ありがとルクス!」

王國最強と謳われる師、煌焔のルクスフェルトが手伝ってくれるとなれば非常に心強い。

「そろそろエルヘイム(神の槍)の二撃目が放たれる。今近寄ると巻き添えを食うぞ。僕について來てくれ」

「わかったよ!」

ルクスフェルトの金獅子に続くように、フウカは急速に高度を上げていく。

見下ろす王宮から低い唸りが響いてくる。

「……來るぞ!」

カッと世界が白に塗りつぶされる。

王宮から放たれたエルヘイムのの束は、真っ直ぐにレヴィアタンの頭部へ直撃した。

俺たちの周りの大気をビリビリと振させるほどの咆哮が上がる。

そしてが弾けた。

厄災の口腔から再び暴風のブレスが放たれたのだった。それは王冠《ケテル》のを押し返し、相殺した。

「エルヘイムを食い止めた……?!」

「くっ、まずいな……!」

程外の上空に逃れたことでエルヘイムに巻き込まれることは避けられたが、厄災の反撃によって発した嵐が周囲に波及しつつあった。

それは轟々と唸りを上げ俺たちのところまで達しようとしていた。

俺とフウカを庇うように金獅子が前に出る。その背に立つルクスフェルトが両手を合わせるように向かい合わせ、詠唱を始める。

「東方より來たりて空を駈けよ『疾風迅』(オル・エウロス)

空を灼き気流を分かて『熱気層《オル・ロクシーラ》』

複合式《フュージョン・スペル》、——『レイジング・ストーム』」

多重詠唱によるの構築だ。

ルクスフェルトは闘技場で見たときも杖を使っていなかった。

代わりに両手にした白い手袋、その表面に刻まれた文様が片方ずつ緑と赤を放つ。

突き出した両手から高熱を帯びた旋風が周囲に放たれる。

襲い來るレヴィアタンの暴風ブレスの余波を、その波導でけ止めた。

「すごい……っ!」

どうやら組み合わせた風と火の波導をりぶつけることで暴風をうまく周囲に逃しているみたいだった。

おかげで俺たちはほとんど嵐の影響をけずに済んでいる。

「君にもできるさフウカちゃん。さあ、このまま厄災に取り付くぞ!」

両手で熱風の波導を制するルクスフェルトを乗せたまま金獅子が急降下を始める。

フウカもそれに続く。

暴れ狂う暴龍に対して俺たちは決死の突攻を挑む。

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