《【書籍化決定】白い結婚、最高です。》27.見知らぬ自分
屋敷に戻り、買ったものを自室に置くと、メイド服に素早く著替えた。野菜たちが私に皮を剝かれるのを今か今かと待っているのだ。
廊下を歩いている最中、ふと窓へ視線を向けてみれば、黒いドレスを著たが庭園を優雅に散策していた。その一歩後ろにはマリーの姿もある。
は青紫のベールで顔を隠しており、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
夜の世界から抜け出してきた貴婦人。そんな言葉が似合うようだった。
この屋敷の使用人は、彼をこう呼んでいる。
アニス様、と。
アニスは、どうやら対人恐怖癥らしい。他人と目を合わせるのも怖いということで、人前に姿を見せる時はああしてベールを裝著しているのだとか。
屋敷の中でもあんなじで、部屋の外を歩く時は必ずマリーを引き連れているそうだ。
あれ、誰がやっているんだろう……?
私の影武者を見かける度に、そんな疑問が浮かぶ。
私の正を知っている誰かであることは確かなのだが、人の特定が出來ずにいる。
気になってマリーに聞いてみても、
「最重要事項ですので、こればかりはアニス様にもお教え致しかねます」
と言われてしまうのだ。
まあ謎の協力者のおかげで、アニス=フレイと疑われる可能がぐっと低くなったとは思うが。
廚房にると、本日も厳つい顔をした料理長にちょいちょいと手招きされた。
「何でしょうか?」
「今日はあんたにゃ、皮剝きよりやってしいことがある。ほら、前に作ってくれた甘い豆スープ作ってもらいてぇんだ。材料の豆なら用意してあるからよ」
料理長の抱える紙袋の中には、小粒の赤い豆がぎっしりと詰まっていた。
それを見て目を丸くしていると、料理人は腕を組みながら苦い表を見せた。
「俺たちも何度か作ってみたんだけどさ。どうしてもフレイさんの味には近付けなかったんだよ」
「私の味というわけでは……」
煮込み時間とかの問題かな。プロですら辿り著けなかった味をもう一度作れるのだろうか。
し不安を抱きつつ、料理長から紙袋をけ取った。
「ありがとよ、新人。ユリウス様がどうしてもあのスープが飲みたいって仰ってな」
これは責任重大だ……
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