《【書籍化決定】白い結婚、最高です。》33.おめかしをして出発

夜會に著ていくのは、この日のために仕立てた青紫のドレスだった。

肩や背中などの出を控えた落ち著きのあるデザインで、裾には黒いレースがあしらわれている。

レースの模様はよく見ると、オラリア家の紋章がモチーフとなっているようだ。

「お綺麗ですよ、アニス様」

私を褒めるマリーの聲は、どこか弾んでいる。

顔の化粧も髪のセットも、彼が一人でこなしてくれた。

さを殘しているフレイの時よりも、年相応にじさせるメイク。

以前よりも艶やかになった茶髪。後頭部では、ダイヤモンドとアクアマリンのバレッタが煌めいている。

「ほ、本當に似合っていますか……?」

姿見に映った私の顔は、真っ赤に染まっていた。

こんなに豪奢な姿、何だか自分が自分じゃないみたいで恥ずかしい。

「本當に似合っております。私の言葉を信じてください」

「はい……」

「それに元々アニス様は整った顔立ちをしていますし、スタイルも抜群です。私はそれにほんのしだけ手を加えたまでのこと」

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ここまで褒められると、調子に乗ってしまいそうで怖い。

自制、自制と心の中で繰り返しながら廊下に出る。

すると數人のメイドが、部屋の周りで固まっていた。すぐに慌てた表で走り去って行ったが。

たちを目で追いながら、マリーが口を開く。

「どうやらおめかししたアニス様見たさに、集まっていたようですね」

「大丈夫だったでしょうか……?」

流石に夜ベールを著けて夜會に出席するのは不自然なので、今は外してある。

間近で顔を見られたが、フレイに似ていると怪しまれなかっただろうか。

そう懸念する私とは反対に、マリーは涼しい表をしていた。

「化粧や髪型で印象を大きく変えていますので、案外気づかれないものです」

「そういうものですか?」

「高貴な人間が、素を隠して使用人になりすましているなんて、誰も想像しませんよ」

それもそうか。

その後もすれ違う使用人からの視線をけつつ外に向かうと、玄関前では既に馬車が私たちを待っていた。

しかもキャビンのり口の脇で、ユリウスが佇んでいるではないか。

「ユリウス様、先に乗っていてもよかったんですよ」

「気にするな。俺も今しがた來たばかりだ」

本當か噓か分からない返しをしてから、ユリウスはキャビンに乗り込んだ。

と思ったら、私に手を差しべてくる。

「私、一人でも乗れますよ」

前にもこんなことがあったなと、思い返しながら言う。

だがユリウスは、手を引っ込めようとしなかった。

「萬が一ということがあるだろう」

「萬が一って……たがか馬車に乗るくらいでそんな大げさな」

「……足を引っ掛けて、転倒する可能もあり得るだろ」

私、そんなにドジッ子屬ないんだけどな。

向こうに引き下がる様子がないので素直に手を取ると、ユリウスの目がカッと見開いた。手もブルブルと小刻みに震えている。

「……やっぱり一人で乗りま」

「大丈夫だ。大丈夫だから」

私じゃなくて自分に言い聞かせるように、ユリウスはそう言った。

これ、どうしよう。助けを求めるように、マリーへ視線を送ると「さっさと乗ってください」とジェスチャーされたので、素早く乗り込んだ。

途端、ユリウスはパッと手を離して、自分の手を労わるようにで始める。

その様子を橫目で見ながら、私は外にいるマリーへ手を振った。

「行ってきます、マリーさん」

「はい。お気をつけて」

「マリー、使用人たちをしっかり見張っておくように。私がいないからといって、羽目を外すかもしれないからな」

「承知しました」

「賭けポーカーなんてやっていたら、すぐに止めさせろ」

「…………」

マリー……どうして一番大事なところで沈黙を……?

一抹の不安をじていると、馬車がゆっくりと走り出した。

まあここは、メイド長が職務を全(まっと)うしてくれることを期待したい。

そう祈りつつ向かい側の席を見ると、ユリウスは葡萄の空をぼんやりと眺めていた。

「あの、ユリウス様」

「何だ」

「聞いておきたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」

「ああ」

「もし、違っても怒らないでくださいね」

「ああ」

心ここにあらず。そんな様子で相槌を打つユリウスに、私は疑問をぶつけてみることにした。

「ユリウス様って、もしかしてが嫌いじゃなくて、怖いんですか?」

「…………何故そう思う?」

「いやだって、私にったりすると挙不審になりますし……」

ダンスの特訓の最中に、マリーが私に男の格好にさせたのも、私への恐怖心をしでも薄れさせるための苦の策だったのかもしれない。

ユリウスは即答せず、腕を組んで暫く私の顔を凝視していた。

そしてゆっくりと口を開く。

「よく気づいたな……」

あの反応を間近で見て気づかないのは、よっぽどの鈍だと思う。

そう言いたいのをぐっと堪えて、もう一つ気になっていることを問う。

「普段は何ともないですよね? 今だって、こうして普通にお話してますし」

れるのがダメなんだ。手が震え出して、悸が止まらなくなる」

結構重癥じゃないか……

ユリウスは心細そうな表で、両手を握り合わせていた。

その姿に公爵としての威厳さはなく、いつもより何だかく見える。

「十年ほど前に夜會に出席した時、令嬢に激しく言い寄られたことがあったんだ。何とか引き剝がしたんだが、それに逆上して階段から突き落とされたのがトラウマになっているようでな」

「じゃあ仕事一筋、には興味ありませんっていうのは」

「……オラリア公爵家の主が恐怖癥だなんて、口外するわけにはいかないだろう」

「まあ、そうでしょうねぇ」

私を全然邪険に扱わないなので「おや……?」とは前々から思っていたが、その謎がようやく解けた。

ちなみに、使用人でこのことを知っているのは、マリーを含めてごく數人だとか。

「アニス、君もこの件は……」

「他言無用ですよね。分かってます」

私がそう言うと、ユリウスはあからさまにほっとした表を浮かべた。

しかし夜會に出席する決斷をさせてしまい、何だか申し訳なくなってきた。食獣の群れに、小鹿を放り込むようなものじゃないの、これ。

罪悪を覚えていると、ユリウスは清々しい顔で言った。

「君がこれほどすんなりれてくれるのだったら、もっと早く私の口から明かしておけばよかったかな……」

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