《【書籍化決定】白い結婚、最高です。》44.ミルティーユ
フレイからアニスへ華麗な変を遂げた私は、すぐさま応接間に向かった。
するとそこには、既にユリウスの姿があった。彼も急いでやって來たのか、髪がしれている。私がそれを教えてあげると、手でサッと直していた。
「君も仕事中に來てもらってすまないな」
「いえ……」
「しかし、來るなら來ると手紙の一通でも寄越せばいいものを……」
隣でなんかぶつぶつ言ってる。
と、部屋のドアがパンッと大きな音を立てて開かれた。
「オーホッホッホッホッ!」
応接間に響き渡る高笑い。
銀髪のが黃金の扇片手に、応接間にずかずかとって來た。
ヤバいのが來た……
私は瞬時にそう思った。ちらりと隣に視線を向ければ、俯きながら片手で目を覆うユリウスの姿が。
「あなたがアニスさんかしら?」
は私の顔をぐっと覗き込みながら問う。その勢いに気圧されながら「は、はい」と頷くと、途端に白けた表を見せた。
「ふぅん。噂だと中の下とか言われてたけど、私が見る限りまあまあじゃない」
「あ……ありがとうございます……?」
「それに、あなた……」
ミルティーユが私を食いるように見つめながら、何かを言いかける。
それに割ってったのはユリウスだった。
「アニス、禮なんてしなくていい。それとお前は、初対面の相手に向かって失禮だぞ!」
珍しく聲を荒らげて怒っている。「お前」って人を呼ぶシーンなんて初めて見た。
しかし本人はどこ吹く風。ソファーに腰を下ろして、優雅に扇を仰いでいる。
陶のような白いに、アクアマリンのような水の瞳。緩やかな弧を描いている紅い。
ソフィアに匹敵する、いや妹を超える貌の持ち主だ。
ユリウスは深い溜め息をついてから、「紹介しよう」とに視線を向けた。
「……彼はミルティーユ。こう見えてもエシュット公爵家の長だ」
「何よ、その引っかかる言い方」
「お前にはしとやかさが足りないんだ。伯父上もいつも苦言を呈しているだろう」
「あなたも、お父様そっくりで小言が多い人ねぇ」
エシュット公爵家と言えば、オラリア公爵家に次ぐビッグネームだ。
その二つの家がまさか親戚同士だったとは。いや、きっと私が無知なだけで、周知の事実だ。
「で、今日は何しに來たんだ?」
「そんなの、アニスさんの顔を見に來たに決まっているじゃない。だって、なかなか挨拶に來てくれないんですもの」
ミルティーユは私をじろりと見ながら言った。
すると、ユリウスがすかさず反論する。
「伯父上には訪問する旨を既に知らせてある。どうしてその日まで待てないんだ」
「その日、どうしても外せない用事があるのよ」
「あのなぁ……」
ユリウスが自由気ままな様子のミルティーユに眉を顰めていると、「失禮いたします」とメイドが紅茶とお菓子を運んで來た。
「…………?」
何故か、私の作ったタルトタタンが皿に盛りつけられている。
客人用のお菓子をちょうど切らしてしまい、困っていたところ廚房のメイドから「すんごく味しいですよ~!」とこれを押し付けられたらしい。
ポワール……まあ、いいか。
「あら。パイ生地が下になっているのね」
ミルティーユは珍しそうにタルトタタンを観察してから、フォークで切り分けて口に運んだ。
そして指先を口に添えながら、目を丸くする。
「……悪くない味ね」
そうコメントして、食べ進めるミルティーユ。ユリウスも「素直に褒めることが出來ないのか」と呟きつつ、味しそうに食べている。彼のために作ったタルトタタン。喜んでくれて何より。
ピリピリした雰囲気から一変、和やかなムードに包まれる室。
「こんなに味しいお菓子が毎日いただけるなんて、アニスさんは幸せね」
「……ああ。し前に雇ったメイドがいてな。恐らくこれも彼が作ったのだろう」
私を一瞥しながら、ユリウスが言う。
あ、気づいていたんだ……
気恥ずかしいやら、嬉しいやら。
そしてミルティーユはタルトタタンを完食して、紅茶も飲み干すとソファーから立ち上がった。
「それじゃあ、わたくしはこれで失禮するわ。このあと、新しいドレスを買いに行くの」
と聞いてもいないのに、これからの予定を言われる。
どうぞ、楽しんできてください……
私も立ち上がってお辭儀をしようとした時だった。
「それからユリウス」
ミルティーユは誰もが見惚れるような微笑を浮かべ、
「そのとはとっとと別れなさいよ。代わりに私が結婚してあげるから」
弾んだ聲で告げると、足早に応接間から去って行った。
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