《【書籍化決定】白い結婚、最高です。》55.バレッタ

「……アニスです」

し迷ってから答えると、ベアトリスは「いいお名前ね」と優しい聲で言った。

そして肖像畫へ視線を移しながら、言葉を続ける。

「どんな事があるのかは分からないけれど……あなたに『フレイ』の名前を與えたのはマリーでしょう?」

「は、はい」

確か私には、祖母の名前だと説明していたと思う。

「いけないわね。私もマリーも、まだあの子のことを引き摺ってる」

ベアトリスは困ったように笑いながら、目を伏せて、やがて靜かに顔を上げた。

「……フレイはい頃からお転婆で、明るい子だったわ。マリーもあの子が大好きでね、いつも纏わり付いていたの。そうして大した病気もしないで、大きくなって、優しい旦那様にも恵まれて……。嫁ぎ先からよく手紙が屆いていたんだけど、毎日がとても楽しそうだったのよ」

「そうだったんですね……」

「だけどある日、あの子が病に伏せていると知らせがったの。慌てて見舞いに行ったけれど、その時にはもう意識もはっきりしていなくて、余命幾ばくもない狀態だったわ」

ベアトリスは、凪いだ海のように靜かな聲で語り続ける。

「フレイが息を引き取った日のことは、今でもはっきり覚えているわ。いいえ、忘れたくても忘れられないの。幸せだった頃の思い出だけあれば十分なのに、辛い記憶もずっとずっと殘り続けてしまう。フレイの後を追うように亡くなった主人も口には出さなかったけれど……きっと同じ気持ちだったでしょうね」

その言葉からは、今も尚彼が抱えている悲しみと苦悩が、ひしひしと伝わって來た。

していた子供に先立たれることが、どれだけ辛いことなのか。それは私には計り知れないほど、とても重いもので。

きっとこの先何年経っても、喪失が薄れてなくなることは決してないのだと思う。

ベアトリスは紅茶を一口飲むと、おもむろにソファーから立ち上がった。

そして引き出しの中から何かを取り出すと、それを私に見せる。

ダイヤモンドとルビーをあしらったバレッタだった。

「フレイの形見なの。もしよければ、貰ってくださる?」

「い、いえ……! そんな大事なものをいただくわけにはいきません!」

慌てて首を橫に振ると、

「大事にしまっておいても、この子が可哀想だわ。だからね、お願い」

ベアトリスはそう言いながら私の後ろに立つと、「著けてあげる」と私の髪にれた。

その手付きはとても優しくて、何故か泣きたい気持ちになる。

「とっても似合ってるわ、アニスさん」

を窺うことはできないがベアトリスの聲は、僅かに震えていた。

翌日、私は予定通りオラリア邸へと帰ることとなった。

その際、見送りに來てくれたベアトリスに「どうかお元気で」と言われて、とても大事なことを思い出した。

「あ、あの、マリーさんがベアトリス様に『くれぐれもご自ください』とのことでした……!」

初日に伝えないといけなかったのに。

青ざめていると、ベアトリスは小さく笑ってから私の頭をでた。

「私もマリーに伝言をお願いしてもいいかしら? そのうち、そちらへ顔を見せに行くわって」

「……はい!」

私を乗せた馬車がゆっくりと走り出す。

ベアトリスは、馬車に向かっていつまでも手を振っていた。

だから私も、窓からを乗り出して力いっぱい手を振り返した。

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