アビゲイルがロングハーストでの過ごし方を語ることはよくあった。いつだって淡々と何かの話のついでになんということはないように話していて、それを聞き、その狀況を想像して怒りをため込んでいたものだ。

――聞くのと見るのとじゃこれほど違うのか。

アビゲイルにはタバサをつけ、旅裝をといて一休みするようにと言い殘してから、割り當てられた客室から出た。もちろん護衛を三人ほど廊下においておく。手の空いたものは周囲の警戒にと外回りに出し、適當な空き部屋にり込んで、そこにあった椅子だのテーブルだのを力任せに蹴り倒した。

戦場にだって出てきた。荒れて飢えた村も、華やかな王都の裏にある貧民街だって見てきた。哀れな子どもたちなど、見すぎてもう心がくことなどさほどなくなっていた。

けれどこれはない。気候や魔による災害を予知して回避方法を授けるという領地経営のくくりにらないほどの恩恵をしておきながら、誰も使わないであろう地下室の掃除を命じるような嫌がらせとパンひとつが対価だと？

かなロングハーストであれば、本來與えられる生活はそんなものとは縁遠いものだったはずだ。腹を空かせることも荒れた指が痛むことも、凍えて眠ることだって想像すらできないまま育っていただろう。

怒りで涙が出るなど初めての経験だ。袖で暴に目元を拭って、れた呼吸を整えてから、しれっと部屋の中までついてきて壁際に控えていたロドニーに聲をかける。

「使用人が伯爵令嬢にした仕打ちとして、一番重い罰はなんだったろうな」

「鞭打ち五回の後で解雇ってとこですかね」

「足りんな」

「ですねー。うちの侍従や護衛たちに尋問を指示しておきました。あの仕上がりの使用人たちなら余罪もごろごろ出てくるんじゃないですかねー。どんどん積み上げていきましょう」

ロドニーはいつもの笑顔をつくりきれないのか、その口元が強張っている。さっきアビゲイルとともに部屋に殘してきたタバサは、さすがに表に出していなかったがが震えていた。

腳の折れた椅子はそのままに部屋を出ると、ドミニク殿下がばつの悪そうな顔をして突っ立っていた。面倒だから放っておいたが、野次馬丸出しで地下までついてきてたからな。今になってここ(ロングハースト)までアビゲイルを連れ戻したことへの罪悪を覚えたとかそんなところだろう。こちらからわざわざ気を使って水を向ける必要もないしと會釈だけで済ませれば、すれ違いざまに「すまなかった」と一言がかけられた。

「俺がけ取るべき言葉ではありませんし、妻はその意味を理解できないでしょう。だ(・)か(・)ら(・)遠ざけたままでおきたかった。おわかりいただけましたか」

「……使用人たちの処分も先輩に任せるよ」

り付けた貴族の笑みでけてアビゲイルの待つ部屋に向かった。任せられて當然の裁量権をもとに、あいつらをどうしてくれようかと段取りを考えながらノックも忘れて扉を開けると。

「こう！こうし、て！こう！？」

メイドの手を拘束したやり方を、アビゲイルがタバサに習っていた。あー、跳ねながらみてたもんな……。

「あっ旦那様！いま！タバサにさっきの習ってて！」

駆け寄ってくるのと同時に俺の袖をつかんで再現しようとするのを、腕をくるりと回すことで外し、そのまま抱きしめた。

「あれ！？今旦那様どうやりましたか！あれ！？」

もう一度やってみせてくれと腕の中で強請る姿に、を重く塞いでいたどす黒い塊が溶けていく。知らずこぼれる笑みをそのままに、小さく跳ねてるいのを堪能していたら、ぴたりときがやんだ。

あら？と俺の元を確かめるようにさすってから、覗き込むように見上げてくる。

「旦那様のお著替えがまだです」

「ああ、これからちょっと屋敷の周囲を見回ろうかと思ってな。君はゆっくり」

「ご案です！ご案ですね！」

元々ここにいた使用人どもは排除したのだから、ゆっくりできるだろうと休ませるつもりが前のめりにくいつかれた。

「どこから回りますか。えっと、東のほうにはどんぐりのなる木があって！西側からは、あれ、違いました。西はこっちです西側には卵を産む鳥、鶏の小屋があって！」

その場でくるくる回りながら指さす方向にあるものをあげていく。著替えた部屋著のらかく軽い生地は、アビゲイルのきに一拍遅れてひらひらなびいた。飛ぶ蝶を網でとらえるように抱き上げて疲れはないかと問えば、元気だと言葉以上に弾んだ聲が返ってくる。馬車で晝寢をすませてたせいもあるか。

「だったらもっと暖かい上著か何かを羽織ろうな。そうしたらし散歩でもしよう」

「はい！タバサタバサ！上著がいりま、わあ！もうあった！」

振り返るともうタバサが複雑な模様で織られたフード付きマントを広げていることに歓聲があがる。わかるぞ。生まれた時からの付き合いがある俺ですら、コフィ家の先回りにはびくつくことがある。意地でも顔に出さないが。

この領都辺りは高地にあるから、初夏とはいえ今日はし寒い風が吹いていた。

マントの襟元まできっちりと閉じて、ぴょこぴょこ跳ねながら俺の手をひくアビゲイルは、王都のノエル邸(うち)での姿と変わらない。どんぐりと、リンゴンベリーと、アプリコットは庭に植えられていて、庭師が手を付けない奧の方にあるこじんまりとした雑木林にあるのは桑の実(マルベリー)、うん、全部食いだなと納得しかけてから、最初にあがったどんぐりを思い出して首を傾げた。

「……どんぐりは味いのか？」

「え。味しくないですよ？」

なぜ心配げにされるんだ。食わないぞ。