《悪魔の証明 R2》第41話 031 エリオット・デーモン(2)

ウェイトレスが言ったクレアスというのが、この騒々しい男の名前だ。

こう述べると、以前から彼と親があったように思われるかもしれないが、彼とはまだ一言も言葉をわしたことはない。

毎朝ローズ・マリアで同じ時間帯に顔を合わせているので、多彼のことを知っているだけだ。

約半年前からこのカフェに通っているこのクレアスは、私と違い社的で、よく自分の話をウェイトレスや馴染みの客にしており、そのせいもあって彼の名前や職業は、顔覚えの悪い私の頭にも一応ながらインプットされている。

そして、自分と同じスーツをにつけていることからもわかる通り、彼はラインハルト社私設警察の人間、つまり私とは同僚ということになる。

とは言っても、この喫茶店以外で彼と會ったことはない。

特殊部隊に所屬しているのだろうか、筋力は私の數倍はあると思われる。そのことから若く見えるが、年齢はおそらく私と同じくらい。また、いつもコーヒーを頼んでいることから、私と同じくらい重度のカフェイン中毒だと思われる。

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私が彼と社で面識がないのは、何も所屬が違うからというだけの理由ではない。

ラインハルト社私設警察の組織網は世界中に広がっており、従業員はもちろんそれ相応に多く、配屬される場所もそれに応じて多様だ。私が知らない同僚など社に腐るほど存在する。

また私は特に社的な方ではないので、社長のような例外は除くが直屬の上司であるナスル・イズマイロフを筆頭としたチーム傘下の人間しかほぼ知らない。だから、クレアス・スタンフィールドの顔を職場で見たことがないとしても、いささかも不思議ではないとはいえる。

私設警察としてのクレアスについて唯一わかることは、私と同じく安月給であるということだけ。ゆえに例え今聲をかけたとして彼とできる話は、「最近コーヒー代が値上がりしているからお互い辛いな」というようなくらいのものだろう。

「ねえ、クレアス。今日はどうするの? たまには違うのを頼んでもいいんじゃない?」

クレアスのテーブルに到著するなり、ウェイトレスが親しげに注文を取った。

「えっと、どうしようかな……それより前に――明日だっけ? 超常現象懐疑論者とトゥルーマン教団とのやり合いってのは。ミリアにわれた時は、あんまり気乗りしなかったんだが、日が近づいてくると楽しみになってきたよ」

「そう、それは良かったわ。でも、それはそうなんだけれど……こんなところでそんな話しないで。誰に聞かれているかわからないでしょ。それで売上げが下がったら、オーナーに怒られちゃうじゃん」

「ああ、悪かった。でも、ミリアは観るだけで特に何もしないんだろ? ほら、危ないからさ」

「うん、明日は観察するだけだよ。後、ひとつ言っておくけど明日はデートも兼ねてるんだからね。ちゃんとした服著てきてよ」

「了解、ミリア。ある服で一番いいの著ていくよ」

実は、彼とクレアスは三ヶ月程前から付き合っている。

つまり、クレアスがこのローズ・マリアに通い出して程なくふたりはカップルの間柄になったことになる。

々早過ぎる気もするが、それについて私はどうこう指摘するつもりはない。

ウィトレスが私を含めた他の客とは明らかに違う態度をクレアスに取っていることは問題にしないし、私と同じような年齢であろうクレアスが年若いウェイトレスと付き合うことについても、羨むような気持ちはまったくない。また、彼らがトゥルーマン教団と何かしら因縁めいた関係があることは以前から知っているが、私は教団の関係者ではないし、教団に協力したいとも思わない。

必要がなければ、それについても意見することはないし、それを誰に伝えようともしないだろう。

そのような他人の関係など、仕事一筋であるこのエリオット・デーモンの興味の対象にはならないからだ。

とはいえ、なぜそのエリオット・デーモンである私が、このような話を知っているかというと、當然彼らの話に聞き耳を立てていたからというわけではない。

その主な原因は、この喫茶ローズマリアの店舗面積があまりにも狹いことだといえる。

舊市街にあるとはいえ、新市街には程近い立地。多數のカフェテリアがひしめき合う激戦區で、家賃も相応に高い。おそらくこのフロアを借りるだけでも、私の給與は軽く吹っ飛んでしまうことだろう。

それにもかかわらず、私のような安月給のしがない者が毎朝足繁く通えるくらいの値段設定にしてくれることは、謝して然るべきことだとも思う。また、そのような安い値段でコーヒーを含めた品を提供していることは営業努力の賜といえるのかもしれない。

ただ、もちろんそれはすなわちあのウェイトレスの給與に跳ね返ってくることになるのだが。

それはさておき、決して広くない店であるのにもかかわらず、テーブルがひっきりなしに詰められているものだから、否応なしにクレアスとの距離は近くなる。ゆえに彼らの話は小聲であろうと自然に耳にってきてしまうのだ。

そう、「そうだな。コーヒーとトースト」と、今クレアスがウェイトレスに注文した聲が、自分に言われたかのように聞こえるくらいに。

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