《旋風のルスト 〜逆境の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方國境戦記〜》すべての始まりと決別の夜
私は、人目につかない真夜中に、一人旅立とうとしていた。
誰にも言えない理由を抱えながら、ひっそりと。
私の名は『エライア・フォン・モーデンハイム』
この國でも屈指の高家モーデンハイム家の息だ。
あなたならきっとこう言うだろう。
――そんなに恵まれている分なのになぜ?――
普通ならそう思うだろう。なぜ逃げ出すのか? と、
でも世の中や人生には、お金や分では手にれられない、なにものにも代えられない大切なものがある。
私にはそれがない。
あったけどみんな暴君のような父親に取り上げられてしまった。
だからこそだ。私は自分の力でそれを見つけようと思う。
逆境へと自ら踏み出して、あらん限りの勇気をもって。
私の名はエライア。どうか最後までおぼえていてほしい。
全ての語は、人知れず繰り広げられた出劇からはじまる。
† † †
それは、私の婚約の儀式が行われる日の前夜のことだ。
モーデンハイム家の巨大邸宅の自室に私は居た。
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時に深夜、家族はもとより使用人ですらすでに就寢していた。
靜寂の中でオイルランプ一つを頼りに、私は私信をしたためていた。
それは、心からする人へと送る最後の私信だった。
――お母上様へ――
そう記された封筒に私信をれ、蝋燭の火で溶かした蝋で封をする。蝋が熱いうちに私が書いたものであると証明する〝蝋印〟を押した。
蝋印には『花押(かおう)』と呼ばれる獨特の筆記が彫られている。我が國の上流階級である分の者に一人一人個別に與えられているサインのようなものだ。
當然、私には私の花押があり、その手紙が私(エライア)自の手で書いたものであるとする証となる。
荷をまとめ類や裝備をにつけ出立の準備を手早く終えると周囲を見回す。
私が5歳のときに與えられた場所、それから10年、私をはぐくみ育ててくれた大切な場所だった。
「今までありがとう」
天蓋付きのベッド、
幾段もの引き出し付きの機、
友と語らったテーブルと椅子、
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憂い時に何度も夜空を眺めたバルコニー、
その全てに思い出が詰まっているが持っていくことはできない。
意を決して立ち上がり手紙を機の上へとそっと置く。オイルランプを手にすると部屋から出て行く。
ここへは帰らないだろうと決意して。
次に向かったのは隣りの裝部屋(ドレッサールーム)だ。
そこには、私自に降り掛かった苦しみがあった。
すなわち〝婚禮裝〟だ。
純白のロングドレス、シュミーズドレススタイルで襟が首筋までを覆うハイネックが特徴的だった。
さらには頭頂からつまさきまで包み込むようなロングベール、純白のシルク地の上にはり輝くビジューが散りばめられている。それが部屋の中央にこれみよがしに飾られていた。
私は婚禮裝を忌々しげに見つめながらスタンドから外す。そして、それを部屋の隅の暖爐へと運ぶと投げ込んだ。
さらにオイルランプも一緒に投げ込めば、オイルランプの油と炎で婚禮裝は真紅に燃え上がった。
――ヴォッ――
シルク地の婚禮裝はよく燃えた。
純白の布地が真紅の炎で焼き盡くされる顛末を見屆けることなく立ち去ろうとする。
そのとき私に目に寫ったのは姿見の大鏡だ。夜の帳の薄明かりに私自の姿がはっきりと映し出されていた。
髪は銀髪で純シルクのヘッドドレスをつけていた。その流れるようなロングヘアがかすかに揺れている。鏡の中に寫る私の瞳は煌めくような碧眼(エメラルドアイ)だ。不安に憂いを帯びていたはずのその瞳は、自分自の姿を見つめているうちにその眥(まなじり)に力を取り戻していた。
これからは自分の力で前に進まねばならないのだから。
そして、鏡の中自分の裝いをあらためて確かめる。
厚手の丈夫なワンピースのスカートジャケットに、ハーフ丈のフード付きマントコート。
足元はロングタイツにショートブーツ履き。さらに襟元にはスカーフを巻き、肩には大柄なショルダーバッグが斜めに下げられている。できるだけ、分がわからないように庶民的な服裝を心がけたつもりだ。
裝の一つ一つを時間をかけて、誰にも悟られないようにしながら準備を重ねてきた。
次に足を向けたのは〝お兄様〟の部屋だ。
部屋の空気は心底冷え切っていて溫もりは一切ない。あるじなきその部屋の壁には肖像畫が影のように飾られているだけだ。
私はその肖像畫へとそっと問いかけた。
「マルフォス兄様」
部屋の中にはその肖像畫のほかは本當に何もない。寂しげなつぶやきが部屋へと響くだけだ。
私の兄を名乗るにふさわしい殊勲の盾も、武功の証となる武もない。ただただ薄幸だったするお兄様の思い出をじっと記憶の中だけで噛み締めるしかできない。
だが、私は語りかけた。その記憶の中の思い出を確かめながら。
「お兄様、私は、お兄様の分も自分の意志で生きようと思います」
返事は無い。なぜなら私のお兄様はすでに天界へと召されたあとなのだから。
はるか前に霊の導きにより天界へと旅立っていたのだ。
それでも私はお兄様へと語り続けた。
「行ってまいります」
肖像畫からじるのはお兄様の優しげな視線だ。
――行くがいい、お前のむままに――
今にもそう聞こえてくるかのようだ。私は今生の別れとして一禮をする。
そして部屋の扉を靜かに締めると、そこから立ち去ったのだ。
この時代、一家の長である父親の権限は強力だった。
ましてや社會に対して絶大な権限を持つ上流階級の〝當主〟ともなれば親という立場を超え、一族を統率する絶対者として君臨する事となる。
その當主が子らの願いや意思を聞きれるかどうかは本人の三寸、親である當主が人格者である事を願う以外にない。だが悲しくも私の父はそうではなかったのだ。
巨大な邸宅を一人歩き裏手へと向かう。
途中、使用人と出くわすのを警戒したが、そこは運命の霊が味方したのだろう。
屋敷の中を通り過ぎ裏手へと抜ける。裏手には馬車置き場があり、そこである人に逢う手はずになっていた。
「お嬢様」
私を待っていたその言葉に応え返す。
「セルテス?」
燕尾服にルタンゴトコート姿の執事、私の祖父の側近書をする人だ。名前はセルテス、
彼は私が小さい頃からずっと私を頼もしく見守ってくれていた。い私のわがままにも穏やかな笑みでけれてくれた。今もまた、昔と変わらぬ穏やかな笑みで彼はたたずんでいる。
私は彼に問う。
「〝あの人〟は、まだ戻られておりませんね?」
「はい、旦那様はまだご婚禮先との會合の最中です。先程、先方の屋敷の従僕がそのまま先方に宿泊なされるとご伝言を承りました」
旦那様とは、私の父のことだ。
「〝あの人〟は今回の政略結婚がうまくっているものと機嫌を良くしています」
私は父を〝あの人〟と呼ぶ、一切の親しみもなく。
「お嬢様。今が好機です。お急ぎください」
セルテスは私を準備の終わっていた2頭立てのブルーム馬車へと案してくれる。そこでは馭者(ぎょしゃ)が発車の準備をしていた。
私は馬車へと乗り込もうとする。だが、そこには想定外の人が私を待っていた。
「來たか、エライア」
「お爺様?!」
それはほかならぬ私のお爺様だった。
黒いズボンにロングテールコートに、更にその上にロング丈のルタンゴトコートを重ねている。襟元にはクラバットではなく濃紺のスカーフ、手には上流階級としての嗜みである黒檀の杖が握られていた。
威厳ある佇まいの私のお爺様の名前は〝ユーダイム・フォン・モーデンハイム〟といった。
真夜中の出奔と言う行為にお爺様から叱責が飛んでくるのを恐れた。だが、お爺様は荒ぶること無く穏やかに落ち著き払っている。お爺様は私へとうながす。
「座りなさい。周りに気づかれる前に出るぞ」
「はい」
お爺様の言葉は私に勇気を與えてくれた。安心して祖父の隣へと腰を下ろす。
私は窓を開け、最後の別れを敬するセルテスへと告げた。
「セルテス、今までありがとう」
端整な顔つきと理知的な言葉遣いが印象に殘るセルテス、その彼の姿をあらためて見つめると彼との思い出が湯水のように湧いてくる。
い頃からの無理の言い通しだった。
進學の進路について來る日も來る日も不安と悩みを聞いてもらったこともあった。
い頃に飼っていた犬が病で死んだときに、命の意味と死の意味を教え諭してくれたのも彼だ。
する兄を失ったとき、私の深い悲しみを一番にけ止めてくれたのも彼。
彼は私の全てを甘んじてけれて支えてくれた人なのだ。
泣きたくなるのをこらえながら私は震える聲で告げる。
「ごめんなさい、勝手なことをして」
彼とて私の〝出奔〟に加擔したとなればただでは済まないだろう。現當主である父からどんな叱責をけるやも知れないのだ。だがセルテスはそれを承知の上で協力してくれているのだ。
彼の覚悟に満ちた力強い聲が聞こえていた。
「お嬢様、ご心配は無用です。あとのことは全てこの私、セルテスめにお任せください」
それが彼の答えのすべて。何があっても彼は私の味方なのだ。セルテスは笑顔で別れを告げた。
「いつかまたお會いしましょう。それまで、幾久しくお元気で」
その言葉が終わると同時に馬車は靜かに走り出す。
窓越しに館の方を見つめれば、セルテスはいつまでも私を見守ってくれていたのだった。
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