《旋風のルスト 〜逆境の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方國境戦記〜》ダルム爺さんと希書類

選んだのは商人の荷運びの馬車列を山賊とか盜賊とかに襲われないように見張るだけの仕事だ。正規軍からの依頼じゃないので俸祿は安いけど。

それから3日間、私はその仕事を日雇いでこなした。もらえた金額はたしかに安かった。

でも、こういう時は私のの上が良い方に転ぶこともある。安い報酬で真面目に働いた私に『よかったら持って行きな』と依頼主の商人さんたちが売れ殘りの食料品を分けてくれたのだ。

おかげでかなり食費が浮いたから手元にはかなりの額が殘ることになった。こういう時は自分がであってよかったなと思う。

そんなことが続いた4日目のこと。

私はいつもどおり傭兵ギルドの詰め所に出かける。すると8時の開門前だと言うのに、そこはすでにたくさんの人だかり。

100人を軽く超え150人はくだらないだろう。正直イヤな予がした。

「これってまさか例のやつ狙い?」

人間って不思議なもので〝勘〟が鋭く働く時がある。噂にも登っていたのだろう。新聞記事から4日目のこの日に當りをつけていた人たちがいたのだ。

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「で、出遅れたかも」

皆、考えることは同じ。こうなると力勝負だ。焦りと不安がよぎる中、ギルドの詰め所の扉が開いた。

「開いたぞ!」

「急げ!」

あちこちから聲が上がり傭兵たちがなだれ込む。私はその流れの真ん中くらい。

「こ、これなら」

なんとか殘っているかも――、と思うのは早計だった。

私の所に順番が來る前に人混みは散り始める。

「え?」

嫌な予は的中、一斉に皆が諦め始めたのだ。

「なくなるの早いなぁ注目度高い仕事は」

「仕方ねえよ。西方司令部直轄の仕事だぜ?」

「別なの探そうぜ」

でも私は最期まで諦めずに掲示のところへと向かう。

【西方國境地域、大規模哨戒行軍任務】

そう記された掲示の下に書類棚がある。本來だったらそこに有ったはずの任務希の書類は空っぽだった。

「えぇ?」

私が思わず聲を上げるその近くでヒソヒソ聲がする。

「またアレかよ」

「あれって、事前の橫流し?」

「いや、そっちは止になってる」

「じゃあなんだよ?」

「一人でごっそり持ってくんだよ。仲間で回すのに」

「なんだよそれ!むかつくわ!」

「だろ? 勘弁してほしいぜ」

あぁ、いかにもありそうだよね。

思わずキレそうになるがグッと堪える。キレたら負けだ。

でも一番のアテが外れ仕送りの不足分がいよいよ大変なことになってくる。代わりの仕事を考えるが、掲示板の周りはすでに人の群。金になる仕事はすでに塞がっているだろう。

まさに萬事休す。夜の街のお仕事が現実味を帯びてきた。

でも――

「おい」

軽やかな聲が聞こえて半べその私の頭を叩く。

「えっ?」

私は聲のほうを振り向いた。そこに立っていたのは60歳近いベテラン傭兵だった。

「あっ、ダルムさん!」

「よぉ」

グレーの髪をオールバックにした長の老男、軍服っぽいデザインの裝いと単眼鏡を好む職業傭兵らしくない品の良さが特徴だった。

名前は〝ギダルム・ジーバス〟

飄々としていて知恵が回る老獪な人で誰よりも紳士的。私のような小娘のことも軽んじずに対等に話をしてくれる。私に傭兵としてのいろはを教えてくれた人でもあった。

ちなみに、傭兵の二つ名は『鉄車ダルム』と言う。

ダルムさんは、いつもその手に鉄製の大型の長煙管を攜えている。煙家で護を兼ねていた。

「狙ってたんだろ? 例のヤツ」

そう言いながら私に一枚の書類を差し出してくる。そこには大規模哨戒行軍任務としっかりと記してあった。彼はにっこりと笑いながら私に言う。

「多分、嬢ちゃんとこまで回りきらねぇと思ってよ。なんとか一枚取っといたんだ」

私はそれをけ取り謝を述べる。これほどありがたいことはなかった。

「ありがとうございます!」

「いいって事よ」

「でも、ダルムさんは?」

そうだ、彼があぶれてたら意味がない。だがダルムさんは笑い飛ばした。

「心配すんなって。俺は指名がかかったんだ」

「指名が?」

「あぁ、3日前に召喚狀が屆いてた。総數100名のうち半分近くは指名參加だ」

懐にしまってあった召喚狀を開いて見せるとすぐにまた仕舞う。武功を積んでいる名のある傭兵や、その任務にふさわしい人は、傭兵ギルドから指名をける事になる。

ダルムさんの場合、傭兵歴が20年と長く経験が富だ。戦闘も卓越しているが、経験と狀況判斷の的確さも評価されたのだろう。それに彼は他の傭兵とは格が違った。

「さすが準1級の傭兵は違いますね」

フェンデリオルの職業傭兵には階級がある。

偽名でも登録できる3級から始まり、武功評価や試験を経て2級、準1級、1級と続く。最上位は特級だが、特級となると現役は6名、歴代でも46名しか居ない。ブレンデッドみたいな地方都市だとダルムさんの準1級は事実上の最高位だ。

だがダルムさんは謙遜する。

「そんなんじゃねえよ。いつもひましてるから厄介仕事ぶっこむのに都合がいいんだよ」

笑いながらそう語る彼にはベテランならでは余裕が垣間見えた。

「そう言う嬢ちゃんだって2級傭兵じゃねえか。史上最年のな」

「あ、ハイ」

史上最年――そう言われるとなんかむずい。私が2級に昇格したのは傭兵を初めてちょうど1年目。今から4ヶ月ほど前の事だ。當時はかなり話題に登ったようだが、資格をとっただけでは仕事に結びつかないのが現実だった。

「でも経験も実績も淺いから直接指名はまだ無いんですよ」

「それは仕方ないな。階級よりも〝武功〟が重要視されるからな。まぁ、今回のでなんとか頑張ってでかい仕事で実力を見せつけることだな」

「はい!」

私たちがそんな會話をしていると、ギルドの事務員から聲がかかった。

「希參加けつけを始めます! 申し込み票をお持ちの方は記して認識票を添付の上でこちらにお持ちください」

ダルムさんが私の背中を叩く。

「行ってきな。件數が多いから、今申し込んで午前一杯が資格審査だろう。午後イチで結果発表になるはずだ」

參加はそのまま任務に參加できるわけではない。過去実績や評価も勘案される。もちろん得意技能も判斷材料になる。不適當とされれば參加を斷られることもある。だがダルムさんは言った。

「嬢ちゃんなら大丈夫だ。申し込みが終わったら、結果が出るまで飯でも食いに行こうぜ」

彼は「俺のおごりだ」と一言付け加えた。

「ありがとうございます! それじゃ行ってきます」

私は彼に禮を述べると任務參加申し込みのために窓口へと向かったのだった。

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