《【書籍化/コミカライズ決定】婚約破棄された無表令嬢が幸せになるまで〜勤務先の天然たらし騎士団長様がとろっとろに甘やかして溺してくるのですが!?〜》十二話 む? それ無自覚でいってるの?
「……演技という可能は……ないな」
「ない。たった一日でも分かる。もしもあれが演技なら──稀代の悪になれるだろうよ」
「む!」
「今のは同意の『む』だな。流石に分かった」
昨日魔から助けてからこれまで、セリスは第四騎士団の面々を下級貴族なんて、平民なんて、と差別することはなかった。どころかそういうものに全く興味がないと見える。
よほど世間知らずで育ったのかと思えば何故か家事は一通りこなすことができ、どういうことだ? とジェドが思考を働かせていると、ウィリムが口を開いた。
「そういえばさっき、お開きになる直前、ミレッタさんが話してくれたんだが」
「何をだ?」
「セリスがここに來ることになった理由だ」
それは早く言えよ、と言いそうになったジェドは、口を噤んでウィリムの言葉を待つ。
そして聞かされた話は、何とも信じ難いものだった。
「婚約破棄されて……義妹がそいつと婚約? 家を出ていけ? 使用人として過ごしていた?」
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「らしいぞ」
「あり得ねぇだろ。……毆り込みにいくか」
「むっ!?」
「その、む、は分かんねぇけど冗談だから立たんで良い」
焦った様子のウィリムはホッとした面持ちで再びソファに腰を落とすと、ジェドの表を見て今度は顔を青くした。
基本的に穏やかで明るいジェドにしては珍しく、誰が見ても分かるくらいに怒りが顔に出ているからである。
「珍しいな……お前が怒りを顔に出すのは」
「……あんな真面目で良い子に酷い仕打ちだと思ったらな」
「そこまで褒めるなんて、相當気にっているんだな。モテるお前が今までどんなにも平等に接して、特別扱いをしていなかったのは知っているつもりだが……なんだ……そのだな……」
「……何だよ。何が言いたい」
団員に話すようにシャキシャキ話せばよいのに、何を口籠っているのか。
さっさと話せと催促するようなジェドの視線に耐えかねたウィリムは、その強面に似合わぬほどか細い聲でぽつりと呟いた。
「まさかセリスに惚れたのか……?」
「は?」
団員から『鬼の副団長』と恐れられるウィリムだったが、ごとに関してはめっぽう弱かった。
これでも妻子ができてからはかなりマシになったのだが、以前はの話になるとぷしゅーと音を立てて全を真っ赤にして倒れていたとか。
そんなウィリムがまさか自らの話をするのだから、ジェドが驚くのも無理はなかった。
「そんなんじゃない。確かに真面目なのにおっちょこちょいで、変なところに思い切りがあって、禮儀正しいし料理は旨いし、表はあんまり変わんねぇのに、すぐに顔が真っ赤になって照れるところも可いしそれに」
「ま、まだあるのか!?」
「第四騎士団や俺の噂を知ってても、ちゃんと自分の目で見たものを信じるって言ったんだ……そりゃあ、構いたくもなるだろ。あと小さいからちょっと妹みたいにじてるのもある」
「む、………む……むむ」
「む、で返事するなよ。──まあいい」
ジェドはウィリムへの目線を再び推薦狀に戻し、その一番下の行に意識を向けた。
「第二騎士団のギルバート・レスター。こいつ何者なんだ」
「最近下級騎士から上級騎士に昇級したらしいが」
わざわざ悪評高い第四騎士団の家事雑用に、伯爵令嬢を推薦するなんて過去に例はない。
ナーシャは悪評を知らずに働かせてくれと直接第四騎士団にやってきたし、ミレッタは中々年齢的に高額の給金で雇ってくれるところがないから選んだと言っていた。
それと、セリスを推薦するだけならばまだしも、そこに有りもしない彼の悪評を書くなんておかしい。
明らかにギルバートがセリスに悪意を持っているとしか、ジェドには考えられなかった。
「ギルバート・レスター……きな臭いな」
◆◆◆
セリスが第四騎士団の寄宿舎で働き始めてから、早くも二週間が経とうとしていた。
夜番や非番で會えていなかった団員たちとも無事挨拶を済ませ、持ち前の記憶力のおかげもあって仕事も順調だった。
しかし、そんなセリスは今、ガタゴトと揺れる馬車の中で張の面持ちだった。
話はし遡る。
これは昨日の夕食後、片付けを終えたセリスがナーシャと話していたときのことだった。
「セリスは明日、休みだろ? 何をするんだ?」
「ソボルプへ行こうと思っています。どんな街なのか見てみたくて。先週のお休みは疲れていたのか、寢て終わってしまいましたし」
明日は非番の団員がソボルプまで行くと言っていたので、セリスはありがたく馬車に同乗させてもらうことになっていた。
家を出るときに義母にしだけお金を渡されていたので個人的に馭者(ぎょしゃ)を呼ぶことも出來なくはないが、往復と考えると心もとないのである。
因みに帰るときも待ち合わせをして一緒に乗るかい? と言われているので、セリスはご迷でないのならと即答したのは三日前のことだった。
「そっか! 楽しんでこいな!」
「はい! 何かおすすめのお店はありますか?」
「それなら後で部屋に行くからそのときに話そう!! 長くなりそうだ!!」
「ふふ、分かりました。お待ちしてますね」
セリスはそれから約束通り、ナーシャにソボルプの街の見所を沢山教えてもらった。
ご飯を食べるなら東通りの店に當たりが多いことや、服を買うのにおすすめの店、雑貨やアクセサリーを見たいならば、店の方が値引きもしてくれてクオリティも高いだとか。
それから個人的にナーシャが好きな『フワレ』という甘いお菓子があるようで、絶対食べたほうが良いとのこと。
セリスは父がなくなってから二年間はゆっくり買いをする生活からは遠ざかっていたので、ナーシャが目をキラキラとさせて話してくれることもあって、そりゃあ楽しみだった。
もう一度言おう。行き帰りの運賃が浮き、一人好きなように久しぶりのお出かけが出來ると楽しみだったのだ。
約束していた団員が別件の用事が出來たらしく、何故か代わりにジェドが同じ馬車に乗るだなんて。
しかも「買いをするなら荷持ちがいるだろ?」と言って一緒に街へ出かけることになるだなんて、誰が予想出來ただろう。
「もうしで街に著く。どこから回りたい?」
「…………々と……」
「セリスの私服を見るのは第四騎士団(うち)に來たとき以來だな。その青いワンピース似合ってるな。可い」
「…………っ」
ジェドの天然たらしを真にけないようにしながら、街へ繰り出す──もはやこれはお出かけではなく神の鍛錬だと思おう。
心積もりが決まったセリスは、力強くギュッと拳を握った。
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