《【書籍化/コミカライズ決定】婚約破棄された無表令嬢が幸せになるまで〜勤務先の天然たらし騎士団長様がとろっとろに甘やかして溺してくるのですが!?〜》二十話 信頼は一切揺らぐことはない
まさかギルバートが話しかけてくるとは思わず、セリスは揺した。しかも結構な言い草である。
セリスは普段通り第四騎士団の皆と楽しく會話し、今日に関しては勝利の喜びを分かち合っていただけの話だというのに。
「その言い方は皆さんにも失禮ですのでやめていただけませんか? それと、先の模擬戦お疲れ様でした。お(・)怪(・)我(・)がないようで何よりです」
「はあ?」
セリスとしてはアーチェスが悲しむから怪我がなくて本當に良かったという意味で伝えたのだが、ギルバートのけ取り方は違った。
(怪我する間もなく負けたことを馬鹿にしやがって……!)
ギルバートが歪曲してセリスの言葉をけ取る一方で、この狀況は何事だと団員たちは話をやめてセリスとギルバートに意識を向ける。
ジェドがギルバートの対応をしようかと思っていると、セリスがあっけらかんと「なんの用でした?」と尋ねるので、もうしだけ様子を窺うことにしたのだった。
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「お前さっき、俺のことを馬鹿にした目で見てただろ!!」
「はい? そんなつもりは頭ありませんが」
もちろんセリスにそんなつもりは頭ない。いくら事があっても、義妹の婚約者が土下座しているところを気分良く見られるような人間ではなかった。
ジェドはそのことを知っているので、ギルバートの言い草にはかなりイラッと來たし、セリスがなんと言おうとこの場を無理矢理終わらせようかとも思っていた。
そんな矢先、ギルバートは拳をふるふると震わせてのままに、セリスに言葉をぶつけるのだった。
「無様だよなあセリス!! 伯(・)爵(・)令嬢で上(・)級(・)貴(・)族(・)のお前が騎士の俺に婚約破棄されるなんて! お前はいつも冷めた目で俺のこと見てたもんな!! 低い分の俺を馬鹿にしてたんだろ!? どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって……!!」
セリスに向けていた視線を、ギルバートは第四騎士団の団員たちに向ける。
「セリス(この)は家柄や分で人を判斷するような最低ななんだよ!! お前らこいつと仲良さそうにしてるが、腹ん中じゃあ、馬鹿にされてるんだ!!」
ギルバートに冷たい目が耐えられないと言われたのは記憶に新しい。母譲りの瞳をそう言われるのは悲しかったが、まさかここまで思われているなんてセリスは夢にも思わなかった。
しかしギルバートの発言は事実無だ。セリスが伯爵令嬢であることと、ギルバートに婚約破棄をされたこと以外はギルバートの妄言だった。
ここではっきりと、セリスは否定を口にすれば良かったのだが。
「セリスちゃんが、伯爵令嬢で、上級貴族……」
団員の誰かが呟いたその聲に、セリスは肩をびくりと震わせる。
セリスは多寂しい思いはしたものの、シュトラール家に大きな不満があるわけじゃなかった。
第四騎士団の寄宿舎で働くことになったのも、ギルバートに紹介されて、條件が良かったからだ。別にセリスは食住に困らない環境で、すぐに働けるならばどこでも良かった。
けれどそれはシュトラール家を出る前の話だ。
セリスは第四騎士団の寄宿舎へ足を踏みれた初日、一番覚えているのは魔に襲われかけたことではなく、皆が快く歓迎してくれたことだ。
噂とは正反対の気の良い団員たちや、ナーシャとの出會い、ミレッタとの再會。そして、ジェドとの出會いは、セリスにとって掛け替えのないものとなった。
だからこそセリスはから聲が出なくなったのだ。第四騎士団は、上級貴族を嫌っていることをナーシャから聞かされていたから。
今となってはそれが第二騎士団のせいだということまで分かったわけだが、家柄を一括りにされてしまえば、セリスは第二騎士団側だった。
「はははっ、図星なんだ!? だから黙ってるんだろ!?」
「…………」
きっと大丈夫。第四騎士団の皆はけれてくれるだろう。
セリスはそう思っているし、信じている。けれどその一方で、もし軽蔑されたら。ギルバートが言うような人間だと思われたら。
「…………っ」
頭がぐるぐるして話せなくなっているセリス。
ジェドはもう我慢ならないと、口を開いた。
「お前ごときがセリスを語るなよ」
「……っ」
「セリスはお前が言うようなもんには欠片も興味はねぇよ。お前が勝手に劣等を抱いてるだけの話だろ。ちっせぇ男だな」
「なっ、何……!! 俺は──」
ギルバートが顔を真っ赤にして何かを言おうとするのに割り込んだのは、ハーディンの「あのさ〜」という聲だった。
「俺たち、全員知ってるよ? セリスちゃんが伯爵家の娘で上位貴族だって。だって俺たちの中にも下級貴族の出はいるからさ。シュトラールって聞いたら直ぐに分かった」
「…………えっ」
やっと聲が出たと思ったら素っ頓狂な聲だった。
セリスの瞳は何度も瞬きを繰り返す。
そんな中で聲を出したのはハーディンの隣りにいるナーシャだった。
「お前たち知ってたのか!?」
「當たり前だろ!! 知らなくてもセリスちゃんの話し方とか佇まい見てたら良いところのお嬢さんだって分かるわ!」
「なっ、何ぃ〜!?」
つまり、団員たちはセリスが上級貴族だと知っても態度を変えることなく、仲間として扱っていたということである。それならばセリスに上級貴族であることを隠すよう言う必要はなかったわけだ。
ナーシャとしては団員たちを信じていなかったわけではないが、それでもセリスが上級貴族の家の出というだけでほんのしでも確執が生まれるのは避けたかったのだ。
「ってなわけでさセリスちゃん。そこの男の言うことなんかだーれも鵜呑みになんてしないから大丈夫だよ。俺たち皆、セリスちゃんのことちゃんと見てたから大丈夫」
「ハーディンさん……」
マリク、ロッツォ、テールにロザンド。団員たちは皆、セリスがギルバートが言うような人間ではないことを知っているから、大丈夫だと次々に口にする。
ウィリムは男泣きを継続しながら「む! む!」と団員たちに同意するように力強く頷いている。
セリスはだまりに包まれたような気持ちになって、涙を堪えるのに必死になる。気を抜くと直ぐに泣いてしまいそうだ。
「何だよお前ら…………何なんだよ……」
思い描いていた展開と違うことに、ギルバートが困気味にポツリと呟く。
そんな中でジェドは、心の中で団員たちに謝罪をした。
ナーシャがセリスに上級貴族だということを隠すよう助言したように、ジェドはセリスが上級貴族だということを団員たちに伝えなかったから。しかしそれは間違いだったのだ。
第四騎士団は家柄や分のせいで斬り捨てられた人間の集まりだが、それ故に家柄や分(そんなくだらないもの)で人を判斷するような人間はいないのである。
団員たちがセリスを囲んで「変な奴に絡まれて大変だったな」「俺たちがついてるぜ!」なんて勵ます中、ギルバートが悔しそうにギギギ……と歯を噛みしめる姿を視界に捉えたジェド。
今から何を喚こうがセリスと第四騎士団の間に確執が生まれることはないだろうが、気分が悪くなるのは確かだろう。
ゆっくりとした足取りで、ジェドはギルバートと距離を詰める。
「ギルバート、だったな」
「…………!」
そのままギルバートの真橫に行き、お互いが反対側を向く形となったジェドは、橫目にギルバートを見る。
セリスにはあれだけ拠もない大口を叩いていたが、流石に第四騎士団長──『冷酷殘忍』だという噂のあるジェドは恐ろしいらしい。ギルバートの怯えた瞳を、ジェドの鋭い瞳が捉えた。
「出口、見えねぇのか」
「え…………」
直ぐにその言葉の意味を理解できず、一瞬きょとんとした表を見せるギルバート。
ジェドは出口の方向に目配せをすると、普段よりも數段低い聲で囁いた。
「消えろっつってんだよ。さっさと俺たちの──セリスの前から失せろ」
「くっ、クソぉ……っ!」
去り際のギルバートに「見逃すのは今回だけだ」と念押ししたジェドは、普段の和な表でセリスたちの會話にるのだった。
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