《悪魔の証明 R2》第44話 032 エリオット・デーモン(1)

それにしても……人のことはあまり言えないが、毎朝同じメニューをオーダーしているこいつに注文を取る意味はあるのだろうか。

ウィトレスとクレアスのやりとりを聞いていて、何気なくそう思った。

やれやれと吐息をついてから、腕時計を見る。

そろそろ頃合いかな。

でそう呟きながら、一人掛けソファーの手すりを持った。

腕に力を込め、そのまま立ち上がる。

「ごちそうさま」

誰にも聞こえないよう小さく斷りをれ、コーヒー代をテーブルの上に置いた。

店を出ようとしているのは、別にウェイトレスとクレアスの會話を不快に思ったわけではない。ましてや、クレアスに対して何ら良からぬを抱いているわけでもない。

決まった時間にローズマリアを後にするのが、私の決まった日課だからだ。

そして、今がその時間だ。

ゴミ箱に読み終えた新聞を捨ててから、ゆっくりとローズマリアのドアへと向かう。

始業時間には用意萬端にし即仕事を始められるようにするため、毎日十五分前には會社へ出勤することにしている。

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他のほとんどが始業時間ギリギリに出社する中、我ながら律儀だとは思う。

とはいえ、時間を過ぎて職場に駆け込んでくるような同僚たちに対し何ら思うところはない。

私は歯車として働く人間であり、役割を與える人間ではないのだ。

なので、働き出してからというもの、他の者が遅刻しようと無駄欠勤しようとそれを諌めようと思ったことはなかった。

そして、わざわざ早めに出勤することも同じだ。

働くことに意義がある。だから、會社に強い忠誠心があるというわけではない。

ただ忠実に與えられた仕事をこなすという意識が、コーヒーと同じく私の人生にとって必要不可欠なものというだけだ。

いつも通りの時間だ。

もう一度時計に目をやってから、で呟く。

このままのペースで歩いていていけば、ちょうど始業時間十五分前。まったく問題はない。

クレアスの陣取る席を通り過ぎる。

そういえば、クレアスは毎朝この時間から食事を取っているようだが、始業時間に間に合っているのだろうか。

彼の背中に目をやった際、ふと疑問に思った。

舊市街支部の人間ではないクレアスは、この時間帯から他支部に通勤しなければならず、そのような時間からローズマリアを出て、到底始業時間に間に合うとは思えなかった。

電車や車を使ったとしても、それは同じことだ。

もしかすると、彼は同じ私設警察ではあるが、何かしらの特殊なチームに所屬しているのかもしれない。そうであるとするのであれば、彼の出勤時間はおそらく私のものとは違うということになる。

なるほど。この仮定が正しいとすると、クレアスがこの時間帯にローズマリアでくつろいでいたとしも何ら不思議なことではないということか。

ドアノブに手をかけながら、私はひとりでそう納得した。

そして、天井からぶら下げられたベルが鳴る中、

まあ、そのようなことはどうでもいいことか。

すぐにそう思い直す。

首を橫に振りながら、外へと足を踏み出した。

喫茶ローズマリアを出ると、青々とした空が目に飛び込んできた。

すぐに爽やかな風が、カッターシャツの襟元に吹き込んでくる。

まだ九月の中旬だというのに暑さはまったくじない。

昔は地球溫暖化がばれていたらしいが、今は逆に寒冷化が科學者の間で大問題になっている。どのような対策が必要か年中議論されているが、まったく回答は出ていない。

また數萬年単位では溫暖化、寒冷化が繰り返されているとネットでは言われており、どれが正しいのか判斷は難しそうだ。

世の中の真実とは何か、まったくわからんな。

今朝何度目かのため息をついてから、道路を橫斷しようとしたとき、信號が急に赤へと変わった。

當然、私の足は路肩で止まる。

渋滯のせいで橫斷歩道の中にまで複數の車が停車しており、赤信號であろうと通行は可能だ。

だが、このエリオット・デーモンの辭書には信號を無視するという文字はない。

間違ったものであろうとなかろうと、法にれるような行を取ると後ほど碌でもない目に遭うことは世の常。例えそれが馬鹿げた慣習だとしてもそれに準じた行を取るのが、その世界で平穏無事に暮らすための鉄則だ。

常識に外れたことをしていては、その常識を信するものにより、いずれを滅ぼされることになってしまう。

そのようなことを思っているところに、突然私の目の前に常識とはかけ離れた異が出現した。

何だ、あれ? ボロボロのカマロ……

私の注意が橫斷歩道のし奧にいた一臺の車へと向いた。

車検をちゃんと通っているのかと、他人の私が心配するほどその車は汚れ朽ち果てそうになっている。錆びついた信號機の方がまだ綺麗に思えるような有様だった。

おもむろに車の助手席を視界にれた。

そこには黒い大きなリボンで後ろ髪を縛った――ポニーテールのが座っていた。

服はリボンより目立つ深紅のドレス。様々な場所に可らしいフリルがついている。

ちょこんと座っているその姿は、まるでフランス人形がシートに置かれているようだった。

そんな彼しの間注目していた私だが、はっと後部座席に目を移した。

付近から何か言い知れぬ殺気めいたものをじたからだ。

後部座席のウィンドウは半開きになっており、その若干幅の大きい隙間から、ツインテールのが顔をのぞかせていた。

からとてもそのような威圧を持つようには思えないが、それは間違いなく彼から発散されているものだった。

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