《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-45:冒険者の決意
「――違う!」
オーディンに言いつのった。
老人の姿をした神様が、灰の瞳でこちらを見下ろしている。
僕はポーチから『氷炎の心臓』を取り出した。布が取り払われて、氷に包まれた心臓がになると、冒険者達がどよめく。
どくん、と氷中の心臓が拍した。
「……ルゥは、僕にこの心臓を殘してくれました。そして、あの発で敵もかなり弱っていると思います」
なら、と僕は言葉を継いだ。
「今度は、こっちから攻められる! 敵がどうしてもしい力なら、ユミールに言ってやればいい! 戦いに出てこないなら、この『心臓』を壊してしまうぞって!」
『氷炎の心臓』は、ユミールが何よりも求めていたもの。
神話時代のさらに前――何もなかった空隙で、冷たい魔力と熱い魔力がぶつかりあう。その時に原初の巨人ユミールが生まれたんだ。
そして冷たさと熱を併せ持つ心臓は、あの巨人の始まりであったらしい。
オーディンは言った。
神々がユミールから奪う前、もともと『創造の力』はこの心臓に宿っていたって。
最初のスキル――『創造の力』が、心臓から始まったユミールという存在を、だんだん大きくしていったのかもしれない。心臓を包むを創り、手を創り、足を創り、頭を創り。
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……順番は、想像に過ぎないけど。
でも、ユミールがこれを求めるのもわかる。
今の力でも、ユミールにとっては完全なではないんだ。大きな力を宿した心臓を、まだ取り戻せていないのだから。
今の巨にはかりそめの心臓がっているのか、それともそもそも心臓がないのか、それは分からないけれど。
ユミールは、もともとスキルを食べて力を増していた。
この世界があの巨人から奪われた力、そして奪われた魔力で創られたとすれば。
心臓を狙うのと同じように、ユミールにとって何かを食べることは、奪われたものをに取り戻すことなのかもしれない。
甦ったユミールがんでいたという言葉も、今なら、しは意味がわかった。
――世界を、もう一度、我に戻す!
あの魔にとっては、大事なものを取り返すこと。
『創造の力』は、ユミールを形作ったものだ。親、とさえいえるかもしれない。
そしてこの世界は――勝手に生み出された兄弟のようなものだろうか。
原初の巨人は、力を増してるんじゃなくて、取り戻していっている。
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ユミールにとっての事件は、全てを元に戻さないと終わらない。神も人も滅ぼし盡くしてしまって、ユミールだけが空隙に漂う、あの狀態まで戻す。
それがユミールにとっての『終末』だ。
「……なぁ」
聲をかけられて、僕ははっとした。ミアさんだ。
赤髪を揺らして首を傾けている。
「ミアさん……!」
長い間ずっと考えこんでいた気がする。
「落ち著きな。あたしら、ここで何が起きてたかまだ完全にはわかってない。一、創造とか、心臓とか、何が起こってたんだ?」
僕は頭を振る。
そうだ、思考に落ちてるだけじゃダメだ。
ミアさんとフェリクスさんには、天界で起きたことをそのまま説明すればいい。
でも――。
思うに、冒険者達が口々に言い合う。天界には、神様達が30人ほどの鋭を連れてきてくれていた。
「ここは一、何なんだ?」
「ユミールは逃げたのか」
「戦いは終わりってことになるのかよ」
「落ち著け、そんな簡単じゃないだろ」
やっぱりだ。
大勢の冒険者にとって、事の全てが初耳になる。ルゥの『創造の力』も、妹をユミールが狙っている本當の理由も、地上では伏せていた。
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ミアさんが聲を出したのも、みんなに説明が要るというサインだろう。
「説明します!」
僕は『氷炎の心臓』を抱えて、一段高くなった瓦礫に上った。オーディンがし顎を引く。
氷塊を掲げた。
青空からのと、そそり立つ虹の橋(ビフレスト)のをけて、氷は鮮やかにきらめく。
「これが魔の長、ユミールが探し求めていたものです」
冒険者達の視線が、氷塊に集まった。
「あの魔の心臓です」
応じるように、氷の中で拍が起きた。
力強く、異様なき。冒険者達がどよめき、地面で倒れている神様達も薄く目を開けた。
しんと靜まり返る中、フェリクスさんの呟きが聞こえる。
「……心臓? これが、ユミールの?」
「はい」
「確かなのですか?」
首肯した。
「これには、特別な力が宿っています。そしてユミールはこの心臓を取り戻して、力をより高めるために、僕の妹を狙っていました」
冒険者達が怪訝な顔をする。
當たり前だけど、この心臓とルゥのことが紐づけられていないんだ。
「全部、説明をします。この心臓と、『創造の力』について」
伏せていたルゥの力について、僕は天界まで來てくれた冒険者に伝える。
妹に宿っていた、魔力からを創り出す力。それで『氷炎の心臓』をも生み出して、ユミールに攫われていったことまで伝えた。
話を終えると、みんなは大きく肩で息をつく。
「――とんでもない話だな」
そうらしたのは、石鎚のロイドさん。フローシアでも一緒だった人だ。
地面からソラーナが口を開く。
「みな、事実だ」
神様は瓦礫に背中を預けている。かろうじて目を開いているだけの、辛そうな狀態だ。でも言葉は凜と澄んでいる。
「ルイシアは特別な力を持つ。彼を狙い、ユミールが神殿から天界に移したのだ。その事実こそ、リオンの言葉が真実である証左だ」
神様の言葉に、冒険者達は改めて天界を見回している。
ルゥを守るため、報を伏せるのは必要だった。もし公になっていたら、ルゥの力を巡って爭いさえ起きたかもしれない。
だから、判斷に悔いはなかった。
でも、大勢を巻き込むよう願ったのは僕だから、きちんと詫びないといけない。
「……ごめんなさい。地上で大勢に伝えることはできなかったんです」
地上の戦いでは、神殿地下にある『霜の寶珠』が狙われていることだけを周知している。神殿を守れば、結果的に、中に避難しているルゥも守ることになるから。
けれども、霜の寶珠は天界になんてかない。
どうしてユミールが地上を離れたのかは、妹の存在がなければ説明がつかないだろう。
「――なるほどな」
ロイドさんが顎をなでた。冒険者達は、視線を僕に向けなおす。
僕は『氷炎の心臓』を、し高く抱えた。
「……このアイテムを求めて、ユミールはもう一度、挑んできます」
どよめきが、ざわめきに変わる。
「このアイテムを宿していた妹を、ユミールはさらいました。妹が、もうこのアイテムを持っていないとも知らずに。なら――彼らの次の行は、わかる」
お腹に力をこめる。
敵にはルゥが囚われた。
でも、こっちには敵が最もむ心臓(もの)がある。
駆け引きだ。
オーディンが槍を地面につく。
「見るがよい」
主神が左手を水鏡に向けた。
端が霞むほど大きい水面は、今は大小の瓦礫が突き刺さり、茶く濁っている。
「私のが、地上でユミールを見つけた」
神様の聲と共に水面が輝く。瓦礫のない部分に、景が映し出された。
――オオオォォォオオ!
怒聲が空気を揺るがせる。
ユミールだ。
雪深く薄暗い土地、石造りの建。そこで、2メートルを越える巨が咆哮をあげている。
近くにはルゥを抱えたフレイ。裏切りの神様は、ユミールからルゥを、あるいはフレイヤを守るように、左手に妹を抱きかかえ剣を巨人へ向けている。
ユミールの巨大な目がぐるりとき、僕らの方を見た。
――オーディンよ、神々よ!
――娘にあった心臓を、ここに持ってこい!
ユミールは口からこぼれるを拭い、唸った。
――妹と換だ。
水鏡はそこでを失った。茶い水面だけが殘される。
オーディンは灰の目で水を見続けていた。
「……ユミールも、フレイも、配下の魔も、無事では済まなかったようだな。確かに、傷は深いようだ」
主神は続けていく。
「ユミールは創世の魔力も喰らったようだが、もともと、実を得つつあった魔力。神々の強化に使えなかったのと同様に、あの巨人でも、すぐには強化にも治癒にも使えまい」
僕は、今ある報を頭で整理した。
ルゥはユミールに攫われた。でも、『創造の力』はこっちにある。
一方で敵は深手を負ったままだ。そのチャンスは、相手が傷を癒すごとになくなっていく。
う、とく聲がした。
柱によりかかって座るトールが、うっすらと目を開けている。
「……こっちが苦しい時は、敵も苦しいもんだ。勝機はあるぜ」
僕は頷いた。
抱えている氷炎の心臓に目を落とす。
「ユミールは、心臓を手にれるには、僕らと勝負をするしかない」
ただ――。
僕は壊滅といっていい天界を見渡した。
ソラーナ、ヘイムダル、トール、ロキ、ウル、シグリス。神様はみんなボロボロで、話すことさえ辛そうだ。
神様はもう戦えない。
<目覚まし>できる気配を、まったくじないんだ。
僕は、1人ほとんど無傷で殘るオーディンを見る。
「あなたは……」
「私は戦えぬ。君でも破れた程度の氷壁や、による妨害、殘された力はそのくらいだ。封印や、スキルの維持に力を費やしているゆえにな」
ミアさんが舌打ちした。
「役に立たないねぇ」
……聞こえてますよ、ミアさん。オーディンは無表だったけど、し悄然としてみえた。
「それなら、後は……」
カギになるのは冒険者だ。けど、彼らもどこまで戦意があるだろうか。
僕は氷塊を持つ手に力を込めた。
それでも、試さないと。
ここまで來てくれた冒険者を見渡し、聲を張る。仮にもっと増援を呼べるとしても、まずは彼らがかなければ、誰も來ないだろう。
「あの巨人を――王都を、僕らみんなを襲った魔を倒せるのは、おそらく今しかありません」
みんなに向かって、もう一度腰を折った。
「ごめんなさい。でも、どうか――魔を倒すのと、妹を助けるのに、力を貸してもらえませんか!」
言葉は、わんと大空間に響いただけだった。
冒険者達は僕を見つめている。石鎚のロイドさんに、フローシアや王都の冒険者、そして騎士。
みんな無言で、時間ばかりが過ぎていく。
誰かが、ぽつりとこぼした。
「……だめだな」
ぐっと心が苦しくなる。
「お願いじゃだめだわな」
「ああ、そうだな」
手が冷えて、足から力が抜けていく。
「俺達は冒険者だ。だから――やるなら『依頼』だ」
依頼。
シンプルな言葉が、すとんとに落ちた。
思わず顔を上げて、みんなを見る。
石鎚のロイドさんが頬を緩めていた。
「英雄リオンからの『依頼』なら、俺は喜んで諾しよう」
呆気に取られてしまった。心配で、不安で、僕だけでも――ルゥを助けに向かうつもりだったから。
「要は魔を倒すんだろう?」
「ああ! やっと単純になった」
「魔退治とは、冒険者らしくなってきたな」
笑みを浮かべ、口々に言い合う冒険者達。オーディンさえも目を見張っていた。
「信じてくれた……?」
ミアさんが瓦礫に上ってきて、ばしっと背中を叩く。その後僕を抱きしめて、わしわしと頭をでてきた。
「み、ミアさん!?」
「そんなけなさそうな顔すんな」
どうしてか、ミアさんは腕で目元を拭う。
「みんな、どうして――」
「當たり前だろ」
「え……?」
「気づかないのか? あんたが一番ボロボロなんだよ。そんなにまで戦って、英雄じゃないなんていう冒険者はいない。張っていいんだよっ」
フェリクスさんが細目をさらに細めて微笑。この人も瓦礫に登ってきて、かん、と杖をつく。
「冒険者よ! 終末の戦い、『依頼』の報酬はの戦士団からも責任をもって発行しましょう! 英雄と共に、最後の戦いへ行く者は!?」
おう、と快哉が口々にあがる。
からからとした大笑が起こった。ヘイムダルが笑っていた。
傷だらけで倒れていた神様も、みんな肩を揺らしている。
目をむいて、無言でいるのはオーディンだけだった。
「見ているか、主神」
ソラーナがにっこりと笑った。
「これが、彼らの――この世界の答えだそうだ」
信じられない気持ちだった。
さっきまで絶寸前で。神様という大きな力を失って。
なのに今は、希を抱いて、もう一つの大きな戦いへ進もうとしている。
「……僕、負けかけたのに――」
神様の聲が頭に響いた。地面に倒れているソラーナが、ちょっとこっちに金の瞳を向ける。
『確かに、君は無敗ではない。無敵でもない。だけど……優しい君は、周りの人を強くする』
逞しくも戦士団代表のフェリクスさんに報酬をふっかけ始めている冒険者。
彼らのに、気づくととりどりのが宿っていた。輝きは赤だったり、紫だったり、茶だったり、青だったり。
見覚えがあるは、僕が神様との絆を高めた時、に宿る輝きによく似ていた。
オーディンは首を振る。
僕は、水鏡の傍を離れる主神を目線で追った。オーディンは、遠くに控えている黒ずくめの神様――ノルンへ命じる。
「虹の橋(ビフレスト)を下ろしてやりなさい」
オーディンは続ける。
「目的地は、最果ての北限――かつて『霜の宮殿』と呼ばれた、巨人どもの本拠地だ」
主神は灰の目を閉じる。フード越しで見えにくいけれど、頬にかすかな微笑がある気がした。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月28日(金)の予定です。
(1日、間が空きます)
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