《悪魔の証明 R2》第46話 040 セオドア・ワシントン(2)
「大統領。ここでは何ですので、是非大統領執務室で。今お話をしておかないと、この國は終わってしまいます」
案の定ミハイルは、私の耳元で悪魔の囁きをする。
「ミハイル、済まないがこの後し用事があるんだ」
時間は空いているが、そう噓をついた。
「いえ、大統領。既に大統領のスケジュールは半日すべてキャンセルさせて頂きました。ですので、お話を聞いて頂く時間は十分にとってあります」
「な……」
図らずも絶句した。
「さあ、大統領。是非、お話を。もちろん、ここでも構いません」
心の高まりを抑えきれないといったじでミハイルは言う。
「何を勝手なことを……」
そう聲を零して、頭を大きく振った。
「いえ、書としては當然です。大統領のすべてを補佐するために、このミハイル・ラルフ・ラインハルトはいるのです」
ミハイルは、何をどう勘違いしたらそういう臺詞が出てくるのかわからないような文言を並べ立てる。
「大統領のスケジュールを勝手にキャンセルするなんて聞いたことがないぞ、ミハイル君」
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私は杓子定規な言いで彼の行を諌めた。
「大統領。すべてはこの國と大統領のためなのです。私はそのためには命を捧げる所存でございます」
「ミハイル。私の予定をキャンセルすることと、おまえの命は何の関係も……」
そう言いかけたが、途中で聲を止めた。
これ以上、こいつの話には絶対耳を貸してはならない。
毎度毎度碌なことにならん。
そう瞬時に判斷した私は、いや、と首を橫に振った。
ミハイルの眉がこの私の態度にし歪む。
それを目に、
「とりあえず記者會見を終えたばかりだから、し休みたい。君と違って私には休養が必要だからね。また後で」
と、多嫌みを含めて斷った。
「後でとはいつですか」
ミハイルはしつこく食い下がってくる。
彼の靴が奏でる足音はまるで地鳴りのようだった。
「後でとは、後でだ。また今度」
と、再び告げる。
「あなたはいつもそうやって嫌なことから逃げようとしている。今戦えないものは、いつまでたっても戦えない。狂った現狀をしたままだ」
何やら大昔の全共闘世代が使いそうな暑苦しい格言を述べる。
「嫌なことから逃げるだと、それは……」
苛立ちを覚えたのでつい反応してしまった。
「それは……何でしょう。大統領」
ミハイルが先を促してくる。
おそらく、これで話を続け、こいつの要件へと導いていくつもりなのだろう。
かような馬鹿を相手にしていては、自分のが持たない。
そう考えた私は、
「そうか、わかった。ミハイル、きみの言う通りだ」
と、彼の意見を肯定した。
ミハイルをその場で置き去りにし、足早に執務室へと向かう。
だが、もちろんこんなことで、ミハイルが諦めるはずがないということはわかっている。
何しろ、あいつのしつこさは種類は違えど親父ゆずりだ。
他のことであればいざ知らず、こと日本國の將來に関しては一切の妥協を許さない。
どうせなら頭の良さも親父に似たら良かったのに。
決して葉えられることのない願をに抱きながら、いずれ背後に迫ってくるであろうミハイルの足音に聞き耳を立てた。
ミハイルの父は、ランメル・カシアス・ラインハルトといい、ラインハルト株式會社代表取締役社長兼ラインハルトグールプの會長だ。
大學在學中にラインハルト社を創業し、その後わずか三年で世界一の會社に育て上げた、いわば起業家にとっては生きる伝説のような存在である。
だが、ネット上では合法・非合法問わずあらゆる手段を使い自社の利益を増やしていく、ワンマンで非常でかつ強な人間であるというのが定説となっている。
小學校から大學までランメルと同級生だったこともあり、過去の彼の振るまいを知していることから、私はネット上の意見を斷固支持していた。
それにしても、あの男――
中でそう呟いてから、猛犬のように後ろを追ってくるミハイルへと目を配った。
善悪問わず合理的に判斷するランメルとは違い、社會的に悪とされる行為が嫌いでとにかく正義の強い男だ。
だが、いかんせん豬突猛進というか、自分が正しいと判斷したことに対しては、とにかくカーブを曲がらない。
その馬鹿げた程の真っ直ぐさは、ある意味ランメルの我に対しての執念と非常によく似ている。
結局、ミハイルは大統領執務室の中まで私の後ろをついてきた。
振り返って、それとなく彼の顔をうかがってみる。
表はこれ以上なく嬉々としていた。
早くも、私とその國が終わるとやらの話ができると信じているかのようだった。
この狀態のこいつに今ここで退出命令を出したところで、すんなり帰るとは思えない。
「わかった、わかった。で、何の話だね。ミハイル」
仕方なくそう告げた。
同時に本革の椅子へ、どっさりと腰を據える。
既に頭が痛くなっている私とは逆に嬉々とした表を見せるミハイル。私の手前まで近づいてくる。膝の前辺りまで到著すると、その場で直立した。
それから、
「大統領、話というのは何を隠そうARKの件であります」
と、威勢よくいつもの通り聞きたくもない要件を述べた。
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