《悪魔の証明 R2》第48話 033 クロミサ・ライザ・リュウノオトハネ(2)

やれやれ、口に出てしまったものは仕方がない。

覆水盆になんとやら。

とばかりに、すかさず黒いリボンのを捲し立てる。

「相変わらず前しか見ないのね。あんたは。ホント、無想な子。馬鹿な嫁が家に嫁いできた姑の気持ちが、よくわかるわ。あら、きれいなリボン。あら、黒? そうね、あなたみたいな子には黒がよくお似合いよ。でも、リボンの方は大きすぎて、あなたのミクロなには似合わないけれどもね」

自分の服のは一度棚に上げ、可能な限り嫌みな言葉をに投げかけた。

だが、やはりは無反応。

この態度がさらに私の怒りのボルテージを上げた。

ちっと舌打ちしてから、また外へと目をやった。

一度心を落ち著かせよう。

スピキオのカマロは今いていない。

青信號だが、橫斷歩道からし離れた場所で完全に停車してしまっているようだ。

後方から小さなクラクションの音がいくつか流れてくる。

「あら? また渋滯のようね。この道はいつもそう。いい加減別の道を造ったらいいのに。といってもお金がないのでしょうけれど」

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ぽつりとを吐した。

ふと前方にあった喫茶ローズマリアが視界にった。

このチェーン店にはスピキオと何度か來たことがある。

窓から中がのぞき込まれる造りになっており、このようなところに足繁く通うような奴がいるのかと思うほど狹苦しく汚らしい場所だった。

スピキオが行こうとってこない限り、絶対に足を踏みれたくない店だ。だから、ここ一年くらいは一歩も中へはっていない。

それに同じチェーン店であれば、新市街にもある。そちらの方が広々として、かなり優雅に時を過ごせる。

もちろん、そちらであれば通うのはやぶさかではない。

「……そんなことより、まだかないのかな」

と、また獨り言。

前方の景はまったく先ほどと同じだ。

フロントミラーの中にいるスピキオとの微だにしない姿を見ていると、殺意にも似たイライラがまた込み上げてくる。

また外へと視線を移す。

すると、スーツを著た金髪の男がこちらを見ていることに気がついた。

「ああ、あのスーツ。なるほどね……あれはラインハルト社の」

と、ぼそりと呟いた。

スピキオを見ているのかしら。特に疑われるようなことを表向きはしてないはずなのだけれど。でも、まあ、こんな気味の悪いデスマスクが運転していると、否が応でも注目したくなるよね。

「ねえ、スピキオ。一応忠告はしておくけれど、誰かに見られているよ。私設警察の人っぽい」

私は注意の意味を込めて、スピキオにそう伝えた。

そのタイミングで、カマロはき出した。

外の風切り音に耳を預けながら、しばらく彼の返答を待った。

けれど、また無反応。

あら、そう。そうなのね。

そう思ってから、運転席の背もたれに手をかけた。

助手席をのぞき込む。

「ねえ。もしかしたら、あなたが見られているんじゃないの。あなた、ドス黒い格してるっぽいから、何かやらかしたんじゃないの? それにそんな風に無想だと何もしていなくても捕まってしまうわ」

懸命なアドバイスをまじえて聲をかけた。

でも、これも無反応。

今度は話しかけた対象に向け、放送止用語を伴った罵詈雑言を浴びせかけた。

だが、は車と一化したように微だにしない。

フロントガラス越しに見える外の風景をじっと見つめたままだ。

何、この子……心が死んでいるわ。

私の顔が青ざめる。

けれどもね、と気を取り直してから、再度口を開く。

「チビ、ブス、アホ。ちょっとあんたね。今から、あの兇暴なのところに行こうっていうのよ。そんな態度でいいって思っているわけ! あんた食われるわよ。いいえ、食われるどころじゃないわ。反吐を吐いて、さらにのたうち回って、を半分に引きちぎられた後、恐怖のどん底の中で、死霊に腸を引きずり出されるのよ!」

と、忠告してやった。

かような私の會心の激勵にも関わらず、このは何も返してこない。

込み上げてくる怒りに連して、わなわなと小刻みに震える私の手。

こいつにこんなことを言っても無駄なことは初めからわかっていたけれど、こうまでされるとね。

にやりとほくそ笑んでから、シートの上にあった幾何學模様のティッシュケース箱を手に取った。

はらわた煮えくり返るとはまさにこのことだわ。

箱を握る手にあらん限りの力を込め、可憐でか細い腕を弓の弦のように後ろへと引き、さらに大きく振りかぶろうとした矢先のことだった。

「著いた」

スピキオのだみ聲が車に鳴り響いた。

「痛ったーい」

と、私は頭をった。

車が止まった拍子に、運転席の背もたれに頭をぶつけてしまったのだ。

何事かと驚き急に作を停止したせいで、が勢いよく傾くのを制できなかった。

そんな私を目に、スピキオとは車のドアを開け颯爽と外へ出た。

スピキオたちが地面に降り立つのを眺めながら、思う。

到著するんだったら、もっと早めに予告してくれてもいいんじゃないかしら。

しいきり立ったが、ひとりで怒っていても仕方がないと思い立ち、すごすごと車を降りた。

外へと顔を向けた途端に広大な駐車場が視界に飛び込んでくる。

すぐに涼やかな風が私の周囲を取り囲んだ。

「絶好の日浴日和ね」

と何度目かの獨り言を口にしてから、私、クロミサ・ライザ・リュウノオトハネは太に向かって背筋をばした。

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