《お月様はいつも雨降り》最終話
<登場人>
靜寂秋津 (しじまあきつ)
就活中の大學生、謎の企業からの姿をした人型端末『シャン』を贈られる。
シャン
『月影乙第七発展汎用型』の人型端末
小野なな子 (おのななこ)
『小町』という別名をもつコスプレーヤー兼アングラ界のアイドル アキツとは同じゼミ
鹿みやび (しかないみやび)
アキツが救おうとした子高生
菅原 治 (すがわらおさむ)
気な格で人の心に遠慮なく踏み込んでくる小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ
柿本海人 (かきもとかいと)
眼鏡をかけ鋭い観察眼をもった小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ
小泉 廉 (こいずみれん)
アキツの小學校の同級生 シャンと同型の『月影人形』と共に行している
大椛マサハル (おおなぎまさはる)
アキツの小學校の同級生 カエデと活を共にする
上野カエデ (うえのかえで)
アキツの小學校の同級生 シャンと同型の男タイプの『月影人形』と共に行している
播磨ヒロト (はりまひろと)
アキツの小學校の同級生
鳥羽口ツカサ (とばぐちつかさ)
ヒロトの妹
佐橋ユキオ (さはしゆきお)
アキツの小學校の同級生
大熊サユミ (おおくまさゆみ)
アキツの小學校の同級生 『ラグ』というシャンと同型の『月影人形』と共に行している
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名栗ワカナ (なぐりわかな)
アキツの小學校の同級生
湯岐ジュン (ゆじまたじゅん)
アキツの小學校の同級生 『リグ』というシャンと同型の『月影人形』と共に行している
諏訪山マモル (すわやままもる)
アキツの小學校の同級生 シャンと同型の『月影人形』と共に行している
森脇イツキ (もりわきいつき)
ベンチャー企業『クトネシリカコーポレーション』の代表取締役
アキツの小學校の同級生
モリワキルナ
イツキの雙子の姉でアキツの小學校の同級生
「シャン、そんなに悲しそうな眼をして僕を見ないでくれ!僕は何もしていない!うぅん、できなかったんだ!でもやろうとしたよ!ルナだって助けたかったんだ!」
「そうしてダメな犬と人間ほどよく吠えるという、ようは結果じゃ、上様は失敗したのじゃ、ここに討ち捨てられた骸のようにのぅ」
僕の顔にまた何か冷たいがあった。
二回……三回……そのは時には強く、時には弱く、何度も何度も続いた。
「!」
僕は分かった。
このは……
「シャン!」
いくつの幻影の世界が重なっているのか。
僕はまた何もない薄暗い空間に一人で浮かんでいた。
「上様、ここはがあってない世界なのじゃ、翻弄されているだけなんじゃ……意識を……上様自が意識を保つことで上様という存在がある」
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「シャンは?シャンはどこにいるの?君の姿が僕には見えない……」
「わしにはよく見えるし……わたしはすぐそばにいる、いつだって……ボウくんのそばに……」
ルナの聲だ!
薄暗い世界に雲のかかった大きな満月があらわれた。
そのほの明るい月が辺りを蒼く染め出していく。
「シャン!どうしてルナが!」
「としての人形を生んだ一にわたしの意識……心を寫した人形、彼はわたしの分であり、この世界に浮遊しているわたしそのもの……この世界の中の人形のは壊されても何度でも目覚めることができるの」
さっき自壊したセバスチャンやラグ、市松、ツカサの姿をしたが僕を取り巻くようにして浮かんでいる。
「ボウくん……イツキはわたしをこの世界から救い出すことは不可能だって知っていたの」
ルナの聲が僕の耳に屆く。
「そんなことはない!僕は、僕自が君を救ってあげたいと思ったんだ、イツキは、イツキは僕を信じてくれたんだ」
「分かっている……ボウくんの気持ちはみんなにも分かっている、だから、現実に存在する世界で、みんなはその命と引き換えにわたしの分に力を與え、この世界に戻してきたの」
周囲の空間が満月に引きずり込まれていくようにゆがみ、収していく。
「この世界は終わることはない……この時間も途切れることはないの……でも……」
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月影人形たちを形作る分かれていたが一つにまとまっていく。
「この空間をもう一度組み立てなおすことはできるから」
シャンのコスチュームをにまとったルナが微笑んでいる。
「何をするんだよ!ルナもシャンもみんな僕たちと帰るんだ!みんな一緒に!」
黒雲はすっかりと消え、月のが帯となり僕たちを優しく包み込む。
「待って!僕は何もしていない!何もできていない!それなのに何で!」
シャンがいつものように僕の肩に座っている。
「シャン!」
シャンは僕の耳に顔を近付けてきた。
「上様はわしに本當の心を與えてくれた、プログラムされたものだけではなく、人として、生命としてどうあるべきか、ルナへわしのを通じてその力を増幅させてくれていたのじゃ、そして、この世界に充満する負の電荷量による対生と対消滅を生じさせる……とは言ってもいつもの上様には通じないかもしれぬのぅ、簡単にあらわすのなら『スリップ』による再生じゃ」
「シャン!」
「お月様がなぜ、上様を好きになったのか今のわしなら本當によく分かる気がする……上様は、誰にでも優しすぎる」
満月からにぶい金屬音が斷続的に流れてきた。
「もう天使の演奏の指揮をしなくてはならぬ……お月様に呼ばれている」
「これも空間が見せている幻なんだろ!僕は目覚める、目覚めるから」
僕の肩からシャンは風に飛ばされる綿のように離れていく。
シャンはもう一度だけこちらに振り向き、はにかんだように微笑んで右手を小さく顔の橫で振った。
きれいな瞳からは大粒の涙があふれているのが見えた。
「上様……またね」
「シャン!」
これまでにないほどの閃が走った。
天使の奏でる音が、遠い國に船出する汽笛のように大きく、そして長く鳴り響いた。
(雨?)
この傷ついた空間を癒すように汽笛に続いて雨音がいつまでもいつまでも聞こえていた。
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「さて、慎重な選考の結果、誠に殘念ですが、この度は採用を見送らせていただくこととなりました。ご希にそえず申し訳ございませんが、あしからずご了承ください。貴殿の今後のご健勝を心よりお祈り申し上げます。略式ながらメールにてご通知申し上げます」
スマホを持つ僕の手から力が一気に抜けた。
冬晴れの空。
僕が立ち止まった道の脇には、昨晩に降ってとけた雪が泥にまみれて小さく固まっていた。學校帰りの小學生たちが先を爭ってそれを踏もうと僕の橫を笑いながら何人も通り過ぎていった。
(この先、最悪……バイトだけで乗り切れるのか……僕の人生)
面接だけが殘っているのが一社、でもその企業は、いや企業ではないな、その社は従業員が十名にも満たない零細な職場、賃金だって県の最低賃金にしの生えた程度のものだった。
(そんなブラック……むしろかりたくない)
大學同期の友人たちは、大なり小なり、就職先が決まり、実家の近くに帰るもの、大都市に出ていくものばかり。緑多い自然かなキャンパスが売りの大學のあるこの街はというと、ぐるりと周りを見渡せば里山ばかり、かろうじて首都圏直通の特急が二時間に一本しかない私鉄駅がセンター街だ。
バイト先の數だってたかが知れている。そのバイト先で大學の後輩が就職浪人の僕に後ろ指で笑う景がすぐそこに見える。
「はぁー」
僕の口からは、ただただため息しかれない。
(いっそ風になりたい……)
ありきたりなフレーズを思う僕の顔に涙代わりの鼻水がつたった。
(本當に風邪になってしまった……)
その日の夜から僕は高熱を出して寢込んだことは言うまでもない。
解熱剤が効きすぎたのか、昨日から寢込んでいた僕は宅配員のドアチャイムでようやく目を覚ますことができた。
「すいません、風邪気味なので、えーっとドア空いているので、前に置いておいてもらえますか」
宅配員の青年は軽く返事をして荷を置き、すぐに帰っていった。
前に頼んでいた僕にとっては高い買いだが、世間でいう安のスーツ一式だった。
「しばらくこれを著ることもなさそうだ……」
(上様、早く起きるのじゃ)
僕は一度、布団を頭からかぶって寢ようとしたが、そのスーツを著なくてはならない衝にかられた。
そう言えばあと一社だけあったな、たしか今日が面接の……。
「あぁっ!忘れていた」
僕は昔からあまり自分の方から他人に対してコミュニケーションをとることが好きではなかった。ただ単に面倒くさいだけで、相手の存在に対し、忌み嫌うとか、斷固拒否するというほどの大げさなものではない。何かわれたら興味があるものだったらしょうがないけど付き合うかぁ程度のものだ。そういう風に生きてきたんで、大學にってからは特に友人というほどの者はおらず、皆、顔見知り程度であった。
人があふれる駅のコンコース。
なぜかこういう日に限って、その顔見知り連中に會うのは何でだろうと思う。で、またそれが、向こうから聲をかけてくるような奴なのも本當に解せない。
「おっ、しじまぁ!久しぶり!大學、休みになってから顔を見てなかったんで元気してたのかよ、就活の方はうまくいってる?」
ゼミでも付き合いが広い菅原はとても気さくな奴だが、結構、そういう奴は遠慮なく人の心の境界線を踏み越えてくる。
「あ、まぁ」
「絵にかいたようなその表、それは失敗したな、でもな、まだ、あきらめるな、死にはしない、楽しいことなら世の中いっぱいあるさ」
悪意があって言っているのではないことは伝わるのだけど、なぜ、そこまで斷言できるか、この手の奴の思考回路はどうも僕には理解しがたい。
「なぁ柿本!」
柿本も僕と同じゼミで、一見、しキャはっているけれど僕ほどではない。彼も菅原と同様、僕の存在に気が付くとメガネの底にある瞳が輝いたように見えた。
「しじま氏、俺たちこれからゲーム大會に出るんだけどチケット買わない、一枚につき二百円安くしとくよ」
ゲームにはあまり興味がない。僕はやんわりと斷った。
「すいません、遅くなりました!」
走ってきたのか、息を切らしながら頬を赤らめた高校生が僕たちの前に現れた。
「みやびちゃん!気にしない、気にしない!」
菅原と柿本はにやけた顔で、その高校生を歓迎した。
「あ、この方は?」
「あ、こいつ、俺たちと同じゼミだったやつ」
「初めまして、菅原さんと同じゲームサークルの鹿みやびです」
この二人には釣り合わないほどの可い子だった。
「みやびちゃん、こんな奴にあいさつなんていいって、おっ、うちのもう一人の姫も來たぞ」
高校生と同じように向こうから見覚えのあるが近付いてきた。
同じゼミだった『小野なな子』さんだった。
渋谷や代山よりも秋葉原や下北沢が似合う大學の裏アイドルと呼ばれる立ち位置だ。なぜ、裏なのかというと、普段は薄化粧でありながら端正なその顔立ちから発せられる言葉は通常の若者の想像を逸する。
例えば好きな乗りは何かという質問をしたとしたら彼はきっとこう答えるはずだ。
「好きな乗りなら『シュトルムティーガー』、どっちかというとドレスデンの近くで捕獲されたクビンカ戦車博館のの方が好き」
その深い見識と鋭い察に裏付けされた幅広いアングラ知識は既に神の領域である。また、それだけではない。アイドルたる所以、彼の趣味の一つであるコスプレ畫像や畫には多くの信者がおり、その界隈では『伝説の天』とも呼ばれている。
「みやびちゃんも間に合ったの、よかったぁ!あれ、どこかで見た人ね」
「姫、もう忘れちゃった?ほら同じゼミの」
「あっ!しじまくんじゃない!スーツ何て著ているからまるで別の人みたいね」
「そ、それじゃ僕、用事あるから」
僕は挨拶もそこそこにその場から離れた。遠くからしだけ振り返ると、もう彼らは僕のことを忘れたかのように談笑していた。
今日、面接で訪問する會社がっている雑居ビルはエレベーターも付いていない昭和レトロを醸し出していた。
「五階か……」
病み上がりのにとって薄暗くかび臭い階段は良い影響を與えない。
(やめよう……ここはやめた方がいい気がする)
僕の本能はそのように命じたが、やめても職がある訳でもない。
僕は手書きの企業名のった看板の橫の呼び鈴を押した。
「はい、どうぞって!」
明るいの聲が扉を通して聞こえてきた。
部屋にると従業員は誰もおらず、パソコンのモニターの前に若いの子がひとり座っているだけだった。機の上には場に似合わないの子のフィギアが一置かれている。
隨分と自由な職場なんだと僕の當初の不安がしだけ薄れた。
「貴社の面接に來ました……」
「しじまあきつくんね、たしか小學校の頃は『ボウ』って呼ばれていなかった?」
「えっ、どうしてそれを?」
「當然じゃない」
こちらに向き直ったは僕を見てニコリとほほ笑んだ。
「モリワキルナ……わたしのこと忘れちゃった?」
小學生の頃の同級生だった。
僕の初のの子。
たしか……。
「ボウったらみんなに緒で転校したでしょ、先生に聞いても住所教えてくれなくて、みんな本當に心配したんだよ、まぁ、そのことは後でゆっくり説明してもらうからね」
父親の浮気が原因で、母が僕を連れて実家に帰ったのが理由なのだが、そんなことみんなに話すことなんてできなかった。
「兄が社長なんだけど、今、出張してるの、他のみんなも営業に出てるわ、もちろん覚えているでしょ、モリワキイツキ、の子たちはみんな休憩中、もうすぐ戻ってくるよ、カエデとかジュンとか」
僕は夢でも見ているようだった。ベンチャー企業……まだ、企業まではまったく到達していないが會社の代表者が小學校の同級生だなんて。
「立ち上げたばかりの會社だけど、必ず大きくして見せるって、口だけは昔から大きいことを言うけどね、どうだか」
昔の彼はもっとおとなしかったような気がするが、目の前の彼は何でもはっきりと話す。でも、顔は本當にしく、その満月のように輝く瞳に何度も心が吸い込まれそうになった。
「えーと、ちゃんと話聞いてくれているのかな?」
(上様、ちゃんとわしの話を聞いておるか?)
「も、もちろん」
(あれ?……こんな會話をどこかでしていたような……)
「あの……僕は?」
「もちろん合格よ、もう席はそこに用意している、ヒロトとレンの間ね、保険とか面倒な書類が封筒にっているからすぐに書いちゃってね、送られてきたエントリーシート見て、みんな驚いていたのよ、これも何かの運命だって」
換気のために開けていた窓から涼やかな風がってきた。
ノートパソコンの置かれた機上に一枚の社名りの白封筒が置かれている。
その封筒には『くとねしりかコーポレーション』と三日月のマークにかわいいロゴが小さく蒼い文字でっていた。
おわり
閲覧してくださった皆様にたいへん謝申し上げます。
次回作もお付き合いいただけたら幸いです。
皆様のご多幸をお祈りいたします。
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