《【書籍化】え、神絵師を追い出すんですか? ~理不盡に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気にられたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~》第九話「忍び寄る崩壊の足音(古巣の凋落2)」
夜住(やすみ) 彩と真宵(まよい)が本気の企畫を著々と作っている頃――。
アートリーダーの井張(いばり)は新しい部下の泣き言にほとほと困り果てていた。
「いくら修正依頼を出しても、直してくれないんです……」
「修正依頼の指示出しだろ? 新人の夜住ができてたのに、お前ができない訳ないだろ」
こいつは夜住の後任としてうちのチームに加わった、中堅どころのプランナー。うちで運営しているスマホRPGのイラストチェック業務を擔當してもらっている。
チェック業務といってもデザイン資料との違いを指摘するだけの楽な仕事なので、正直言って中堅レベルの人材を充てるのも贅沢なほどだ。
なにせ、イラストの外注先は俺が腕を見込んで契約したわけだからな。
以前は夜住もこいつと同じようなことを言っていたが、「うちはクライアントなんだから、ガツンと言うだけでいいんだ」と伝えた後は順調にイラストが納品されるようになった。
だから、こいつもさっさと慣れてしい。
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とにかく俺は部長の企畫で忙しい。
今は話しかけられると困るんだ。
……しかし、彼はなおも追いすがってきた。
「直しをお願いしても『工數が増えるから請け負えない』の一點張りなんです」
「はぁ? 細かいとこを直すだけだから、たいした工數じゃないだろ? 俺は忙しいんだから、お前が何とかしてくれ」
「でも、この絵を見てくださいよ。全的になんか違和が凄くて……。デッサンが狂ってる気がするんですけど、僕は絵が描けないので的な指摘ができなくて」
プランナーのくせにデッサンがどうとか、本當に分かってるのか?
不愉快に思いながらプリントアウトされた絵を見て、愕然とした。
設定との間違い探しをするどころの話じゃない。人の構造に違和がありすぎる。よくよく見れば整合は取れてるが、一見しての魅力が全くなかった。
これは……あれだ。
3Dモデルにポージングさせてトレースした絵の典型だ。も関節も固すぎて、人形っぽさが隠しきれてない。
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キャラの魅力がないなんてものじゃない。ぎこちなくて不自然すぎる。
これを描いた絵描き本人はデータを信じて立的に正しいと思い込んでるから、無意識にこの違和に蓋をしてしまうわけだ。
「これ、先方のイラストレーターが変わったのか?」
「いえ、去年からずっと変わってないそうです。依怙地(いこじ)さんって人で……」
……違う。
最初に紹介された擔當者の名前じゃない!
でも、つい最近まで最初のイラストレーターと同じ絵柄だったはず……。
なにがなんだか意味が分からなかった。
「とにかく次の締め切りがもう間近に迫ってるんですっ! 井張さん、助けてくださいよ~!」
「くそ、俺は企畫書の絵作業がある。この一週間が勝負なんだ! ……と、とにかく外注先に修正させろ。わかったな!」
――そう聲を荒げた時だった。
部長が作業部屋のり口に立ち、いぶかしげにこちらを見つめていた。
「井張、何か問題があったのか?」
マズい。
本當のことを報告するわけにいかない。
報告すれば俺まで現場に投され、今やっている企畫に関われなくなる。
それは嫌だ。絶対に嫌だ!
「ちょうどよかった碇(いかり)部長! あのですね、外注先が……」
くそ。
空気を読まない部下が部長に歩み寄る。
俺はとっさに進路をふさいだ。
「あー問題ないです! 外注先が武のデザインを勘違いしてたので、修正を依頼するところでした」
「いや、あの。ちが……」
「パパっと伝達すれば済むことだろ? 締め切りも近いんだ。さっさと仕事しろ!」
不満そうな彼を、その場でUターンさせる。
空気を読まないバカが!
……そんな苛立ちを隠し、笑顔で部長に向き直る。
「部長、ところでご用件は……?」
「ああ。企畫書の絵素材の進捗確認だ」
「承知しました。……ここは騒がしいですし、部長のお部屋にでも移してよろしいでしょうか?」
「……そうだな。まあしの時間だったら問題ない。行こうか」
現場のもめ事を部長の耳にれさせるわけにはいかない。
俺は栄えある『キャラクターデザイン』に定しているとはいえ、現場に遅延があれば駆り出されてしまう。
俺がけない隙に誰かにポジションを奪われるなんて、絶対に許せないのだ……。
◇ ◇ ◇
部長室に逃げ込んだ俺は、最新の絵素材をミーティングテーブルに並べる。
部長はいつものように一瞥(いちべつ)し、たくさんのイメージボードの中で一枚を指さした。
「ボスは右の案がよさそうだが、真ん中の案との折衷(せっちゅう)案も見たいな。……しかしステージ案はピンとくるものがない。もうし案出ししてくれ」
「あの……例えばどんなじのを……ご用意いたしましょうか?」
「そういうアイデアを考えるのはお前の仕事だろう?」
「承知……いたしました」
「急げよ。來週頭には審査會なんだ」
頭を下げながら、「まだこの段階でアイデア出しかよ」と心中でうめいた。
また……。またこれだ。
部長の企畫……巷(ちまた)で人気のゲームを參考にしているので完像をイメージしやすくていいが、そこからの差別化のために隨分と遠回りさせられてきた。
部長自はと言うと、自分からはアイデアを出さずに部下から拾い上げてくるだけ。絵に関しても、ここまでたどり著くのにどれだけのデザイン案を捨ててきたことか。
しかも殘業に目をらせる癖に、自分が出す指示の影響をまるで考えてない。
時間的に厳しいから優先度をつけてしいのに、お願いしても「全部最優先だ!」というだけだ。
クソ、この無能が!
……だが、企畫さえ通ればいいのだ。
方向が確定しさえすれば、あとはゴールまで一直線なのだから……。
その時、扉がノックされた。
振り返ると、そこには若い男。
髪を銀に染めて、薄ら笑いを浮かべている。
「こんちは~。次の審査會の段取りについて決めに來たよ~」
「阿木(あきない)さん、約束の時間にはまだ早いですよ!」
「あれ、そうだった? ごめんごめ~ん」
軽薄な態度で室してきたのは、この新企畫をユニゾンソフト(うちの會社)に持ち掛けてきたプロデューサー・阿木という男だった。
俺と同じ三十歳ぐらいだろうか。
大會社『ルーデンス・ゲームス』にいるってだけで偉そうなのは腹が立つ。
「お、もしかして次の企畫のイメージボード? ちょっと見せてよ~」
「待ってくれ。まだ事前に見せるわけには……」
「碇部長、ケチくさいな~。あ、もしかしてプレゼンの作戦があったりするのかな?」
「當然だとも!」
部長はそう言って慌てて絵をかき集め、俺に手渡す。
そう言えばこの企畫を確実に通すため、わざとダメな捨て企畫を用意すると言っていたな。
見せる順番を間違えればプレゼンの効果が下がってしまうので、ギリギリまで企畫容を共有しない考えなのかもしれない。
とにかく、この先はお偉いさんたちの打ち合わせ。
俺はさっさと仕事場に戻ろう。
急いで部長からの修正要を葉えなくてはならないのだ。
……そう思い、退室しようとした時だった。
「ああそうだ。キミがデザイナーさんかな? 絵がちょっと萬人けを狙いすぎな気がするよ~」
指摘されるなんて意外過ぎて、思わず立ち止まる。
「はぁ……。萬人け……ですか?」
「よく言えば『みんなに好かれそうな絵』だけど、ターゲットにちゃんと刺さるか心配ってこと~」
「阿木さん! まだ審査會ではないんだ。現場を混させないでほしい。井張はさっさと行け!」
「あの……部長。もしかして方向が変わるなんてことは……」
「ありえん! 萬人け、結構なことじゃないか。我が社のブランドイメージそのものだ。ユーザーが我が社に求めているは、俺が一番わかっているんだ!」
◇ ◇ ◇
――今から変える必要はない。
部長のお墨付きをもらって、俺は退室した。
絵の検討のために今まで膨大な時間をかけてきたのだ。
言われるまでもなく、今から方向を変えるのは時間的に無理だ。
だから、変更なしの判斷に安堵する。
……と同時に、一抹の不安がよぎっていた。
一枚程度でも修正案を用意しようか。
そう思って仕事場に戻った時、俺を迎えたのは部下の悲壯なび聲だった。
「井張さん! 修正データが提出されたんですが、酷くなる一方なんです!」
「はぁ?」
そして目の前に突きつけられたのはスマホRPGのイラスト。
その修正された絵を見ると、本當に酷いものだった。
確かに変わってはいるのだが、それは絵を切りりして変形させているだけに過ぎない。そのせいで不気味に歪み、何が正しい形なのか分からなくなっていた。
これは『修正』とは言わない。『改悪』と言うんだ。
「こんな……。最初から描き直さないと、どうしようもない……」
マズい。
この絵は今週のガチャ更新で使う予定だ。時間がない。
しかし、うちで修正を請け負うわけにはいかない。
部長の企畫書を完させるためには、うちのデザインチームを総員させる必要があるからだ。
かといって、こんなものが世に出れば俺の信頼が失われる。
下手すれば部長の企畫を下ろされるかもしれない。
……手が震える。
……握った拳が手汗でぬめり、心臓が締め付けられるように痛い。
いてもたってもいられなくなり、俺は外注先に電話をかける。
出ろ!
早く電話に出ろ!
とにかく事実確認しなくては。
最初に擔當したイラストレーターが擔當すれば何とかなるはずだ!
この時、まだ俺は気付いていなかった。
いや、忙しさにかまけて気付かないふりをしたかったのかもしれない。
――最初のイラストレーターがすでに外注先を辭めていたことに。
――そして、夜住 彩がそのイラストレーターの絵柄に合わせて修正し続けていたことに。
忍び寄るチーム崩壊の足音を、まだやり過ごせると信じていたのだ。
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