《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-46:2人の妹

溫かさと冷たさを同時にじて、ルイシアは目を覚ました。

疲れがひどくて、うまく瞼を開けられない。全を包む溫かさが、まだ覚醒を拒んでいる。それでも意識がはっきりしたのは、指先が冷たい何かにれたからだった。

分厚い扉をこじ開けるように、瞼を開く。

白一景が目に飛び込んできた。

雪原。

見渡す限り雪が降り積もり、地平線の彼方まで続いている。黒い巖場や、わだかまる丘が、雪景の中で時々姿を現していた。

ルイシアは神服の襟をかき寄せる。狀況から、きっと寒いだろうと思ったから。

しかし、意外なほど冷気をじない。

地面にれた指先から、固さと冷たさをじるだけだった。

ルイシアは、を緑の魔力が包み込んでいることに気が付く。

「……フレイヤ様?」

の奧から聲が來た。

――気づきましたか?

ルイシアは顎を引いた。兄や仲間の姿はない。たった一人で、広大な雪原を見渡している。

辺りに目を移すと、ここが巨大な神殿の一部だとわかった。

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長い階段が、雪原に向けて真っすぐびている。ルイシアがいるのは3階ほどの高さになるだろうか。ルイシアの後ろでは、大木のような柱が天井を支え、そのさらに奧にはユミールと大きな狼がを休めていた。黒いローブのも、壁に背を預けて目を閉じている。

――あなたはユミールに攫われたのです。

フレイヤが教えてくれる。意外なほど、揺がなかった。

そうだろうな、とじただけ。

左から巖と雪を踏む音がする。

「気づいたか」

振り向くと、見覚えのある青年が立っていた。

金髪はちぢれ、顔に多くの傷を負い、裝束もボロのようになっている。しい姿が見る影もない。

ルイシアは尋ねた。

「……フレイ?」

フレイは答えず、ルイシアの傍らに立った。

「ここは、お前たちがいた場所から遙かに北だ」

「北……」

思い出す。

アスガルド王國には、北に未踏のツンドラ地帯があった。

雪原は薄暗い。夜は明けておらず、満月が雪の白さをいっそう際立たせている。

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王都ではすでに日の出を迎えたはずだが、場所によって日が出る時間は違うらしい。

父ルトガーは、生前、教えてくれた。ある時期は北に行くほど日の出が遅くなり、ある時期は逆に早くなる。

もしここが王都よりもかなり北なのだとしたら、この場所ではまだ夜が明ける前なのだろう。

「落ち著いているな」

出し抜けにフレイが言った。口元を歪めて、挑むような口調。

「怖くはないのか? ここは、神話時代、ユミール達が拠點とした場所だ」

フレイは右手で雪原を示す。

「王都にはかつて神々の國があった。同じ時代、ここには巨人と魔の國があったのだ」

「巨人と、魔の國……」

いやに冷靜な自分がいる。

こんな北限に拠點があったとしたら、魔の軍勢が見つからなかったはずである。ユミールは迷宮の封印を解いた後、この近くに大勢の魔を集めていたのだろう。

ルイシアはフレイを見上げた。

「お兄ちゃんは……」

「死んではいないはずだ」

ほっと息をついた。

「そうですか――」

天界で、最後の最後、ルイシアは『創造の力』をより深く知った。

フレイヤの記憶と力を引き出し、神々でも知る者がない『氷炎の心臓』を思い描き、創造した。

自分は攫われている。けれども、相手が求める『創造の力』、そしてユミールの心臓は、まだ兄の手にあるのだろう。

――兄さん。

の中で、フレイヤの気配がする。

フレイは目を細め、を屈めてきた。ルイシアの肩に手をばそうとするが、すぐに腕を下ろしてしまう。

ルイシアは意を決して問うた。

「まだ戦うんですか?」

フレイがはっと顔をあげた。

微笑は強張っている。

「……そうだ」

「フレイヤ様は、あなたにもう……戦ってほしくないみたいです」

「何を言う」

フレイは立ち上がり、目を厳しくした。

「君はもう、かなりフレイヤの力を奪っている。このまま仮に神々が勝ったとして、フレイヤはもう神には戻れまい」

「……どうなるんですか?」

「君の一部になる。君とフレイヤの関係は、徹底して君が優位なのだ。しばらくは聲や思考をじられるだろうが……やがてそれも消えよう」

改めて、スキル<神子>がどんなに恐ろしく強いスキルなのか思い知った。

危険を承知で人間に宿ったフレイヤは、人間全の恩人だ。

「だが――」

フレイは暗い目で笑う。

「ユミールがスキルを喰えば、君は廃人になる。そうすれば、君の心が消えて――君のでフレイヤが生き延びる」

急に寒さがに染みて、震えた。

「……なら、どうして今、やらないんですか?」

「神々に謝するんだ。妹が、君を庇うつもりでいる。君のスキルを喰らえば、同時にフレイヤも死ぬだろう」

そんなことができるのだろうか、とルイシアは思った。

半ば吸収されながら、ルイシアの心を守るなど。

「心をるのは、セイズ魔法の領分だ。私達兄妹の――特技だった」

フレイは寂しげに首を振る。

「フレイヤを壊さぬよう、スキル<神子>だけ喰らうのは――今のユミールには荷が重い。心臓で力を取り戻すことが必要だ」

ルイシアは深く呼吸した。

神様フレイヤの思考も流れ込んでくるせいか、頭が雪解け水のように冷たく巡る。

「……それに、私を殺せば、お兄ちゃんはユミールの心臓を破壊するかもしれない」

フレイは舌打ちした。

「わかっているじゃないか」

危ういバランス。

ユミール陣営は、ルイシアとフレイヤを攫った。

兄たちは、ユミールが求める氷炎の心臓を持つ。

どちらも互いの大切なものを押さえているから、手出しができない。

ただ、ユミールは水鏡に浮かんでいた創世の魔力をすでに食らっている。量が膨大で、実を得つつあった魔力であるから、ユミールでもすべてを取り込むには時間がかかる。

けれど、完全にユミールが創世の魔力を己の力に変えたら――おそらくもう誰も勝てない。

その意味で、時間はユミール陣営の味方ともいえた。

「依然として、ルイシア、君には無視できない魔力が殘されている。それでも君が喰われないのは、君の兄が『氷炎の心臓』を持って現れる可能もあるからだ。君を救いに、そしてユミールを倒しにね。だが――」

兄がもし來なければ。

そう付け加えるかのように、フレイは言葉を切る。

ルイシアは言った。

「來ます、お兄ちゃんは」

見せつけるように微笑む。

「絶対に、來てくれますよ」

フレイは目を伏せた。ルイシアの肩にもう一度手を置こうとして、引っ込める。

「逃げないで」

ルイシアは立ち上がってフレイの手をとった。自分の肩に押し當てる。

「お兄さんなら、フレイヤ様と話してください」

フレイはその手を振り払った。

「……話せない」

針が突き立ったようにが痛い。

この気持ちは、ルイシア自か、それともフレイヤ、どちらのものだろうか。

ルイシアは、フレイヤが兄の名前をぶのを聞いた。

――兄さん!

ルイシアは聲を張る。

「どうしてですかっ」

「引き返せないからだ。全てが終わったら、いくらでも時間はあるから――妹にはそう伝えてくれ」

フレイは踵を返して、神殿の奧へ歩いていった。

進む先には祭壇があり、燭臺が赤黒い火を燃やしている。ユミールの巨大な背中が、燈と差し込む月明りにぼんやりと浮かび上がっていた。

フレイは神殿の奧へ歩く。

原初の巨人を祀る祭壇、その手前にユミールがこちらに背を向けて座っていた。

左右には、2の魔が控えている。右側にフェンリル。大狼は傷を負ったを橫たえていた。左側には蛇骨ヨル。世界蛇(ヨルムンガンド)はの姿に戻り、壁に背を預けていた。

フレイを含め、全員が手負いである。

冷たい風が傷に染みた。

神殿は1000年で所々が削れ、朽ち果て、雪風が吹き込んでくる。

ユミールが口を開いた。

「人間が、ここへやってくる」

低い聲が続く。

「心臓が移している。ここへ向けて。じきに來るだろう」

ユミールの背で、ボロ布のようになった上等な裝束が、マントのようになびいていた。

「迎え撃つ」

ユミールが牙をむき、がちんと空中で噛み合わせた。

幅10メートルほどのひび割れが中空に走る。原初の巨人が空間を食いちぎった。上下に開いた裂け目の側で、魔の軍勢が無數の目をらせる。

狼骨フェンリルも、蛇骨ヨルも喜悅のびをあげた。

ただ一人、フレイは冷えた思いで顎を引く。

兄を信じるルイシアが、何度もを過ぎった。

懐から、妹の首飾りを――神ブリージンガメンの首飾りを取り出す。封印で眠りについている間に、言伝(メッセージ)と共に渡されたものだった。

フレイは首飾りを握りしめる。

け継いだ神も、目の前の景も、も、全てがひどく冷たかった。

お読みいただきありがとうございます。

次回更新は10月31日(月)の予定です。

(2日、間が空きます)

【コミカライズ版 コミックノヴァで連載中!】

・第2話(前半)が公開されました!

後半は11月上旬にすぐ見れるようになりますので、

コミカライズ版のバトルシーンをぜひお楽しみくださいませ!

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