《婚約破棄された崖っぷち令嬢は、帝國の皇弟殿下と結ばれる【書籍化&コミカライズ】》3.準備萬端
翌日の早朝、ミネルバはルーファスの私室で二人きりの時間を過ごした。
「エヴァンの薬でかなり持ち直したが、まだし頭が痛いな……」
ルーファスが眉間に皺を寄せる。おじいさんたちの勧める酒を斷れず、珍しく二日酔いになってしまったらしい。
「婚約者たるもの、このような狀況では『痛いの痛いの飛んでいけ』をするべきかしら」
「それもいいな。でも、キスをしてもらえるともっといい」
看病にかこつけていちゃいちゃする、というのは二人の裏技だ。大義名分さえあれば、テイラー夫人の厳しい目に睨まれることはない。
ミネルバはをかがめ、椅子に座るルーファスのにを寄せた。をこめてそっとキスをする。
「ああ、癒される。何とも心地いい」
キスをして安心させ、元気づける──これも立派な治療だ。
今度はルーファスのがミネルバのを覆った。優しくて熱的なキスに、他のことをみんな忘れそうになってしまう。
「アイアスのことをにしていて、すまなかった」
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キスの合間に、ルーファスが申し訳なさそうに言う。ミネルバは「ううん」と短く答えた。
どんなささいなことでも隠し事はしないと誓い合っているが、特殊能力が絡んでいては仕方がない。
「ちっとも怒ってないわ。必要なことだったって、ちゃんとわかってる。アイアスさんに分析してもらうことで、私に合った新しい『』が見つかるかもしれないのよね」
ミネルバは微笑んで、再びキスをした。
「もう大丈夫だ。ミネルバの熱い口づけで、二日酔いの頭痛はどこかへ飛んで行ってしまった」
ルーファスはそう言うが、ミネルバの腰を抱く手と切なそうな瞳が、彼の名殘惜しい気持ちを示している。でもいまはメイザー公爵の謎を解くことが一番大事。それは明らかだ。
ミネルバたちは、これから出かける準備をしなければならない。アイアスやおじいさんたちと一緒に、ロバートのところへ行くのだ。
おじいさんたちにも立派な名前があるのだが、全員が呼ぶのが大変な長い名前だ。だから本人たちから「爺でよいぞ」と言われている。
廊下に出ると、ロアンがすべてお見通しだと言わんばかりの表で待っていた。
「いやー、ミネルバ様印の薬が効いたみたいでよかったですね。テイラー夫人に叱られる危険は大きいけど、最高に効果のある薬ですもんね。ルーファス殿下の顔つき、いつも以上に幸せそうですよ!」
ロアンがにんまり笑う。どうやら気を利かせることは覚えたが、からかうのをやめるつもりは微塵もないらしい。
ルーファスが怖い顔でロアンの耳元に口を持っていく。
「か、ら、か、う、な」
一音ずつ區切って警告しているが、多分ロアンは懲りないだろう。ミネルバは思わず苦笑した。
共用の居間へると、ソフィーとカサンドラが待っていた。二人の兄も準備萬端だ。彼らと談笑していると、扉がさっと開いた。
戸口に立っているのは眼鏡をかけた男だった。恐らくアイアスだと思うのだが──寢起きのようなぼさぼさの髪で、外見には一切構わないといった風だ。
ジャケットもズボンもくたびれている上に、ぶかぶかでまったく型に合っていない。緑の瞳は、妙に大きな眼鏡に隠れてよく見えなかった。ニコラスと見紛うほどだった昨日とは、まったく違った雰囲気が漂っている。
ミネルバは目を凝らした。眼鏡のレンズに反するのせいで、やはり顔がはっきり見えない。よく考えるとおかしい。アイアスは窓からは一番遠いところにいるのに。
「おはようございます。念のため申し上げますと私、アイアス・カーターです。そしてこちらは、グレイリングの技力の粋を集めた『瓶底眼鏡』です。どうです、私にニコラスの面影はほとんどないでしょう?」
アイアスがおどけるような聲で自分の眼鏡を指さす。そんな彼をロアンが面白がるような目で見ている。
ミネルバは目の張を解いて、アイアスに話しかけた。
「な、なるほど。ロバートを構えさせないために変裝なさったんですね。素晴らしい出來栄えですわ」
ロアンが人差し指を立てて、左右に振る。
「違いますよミネルバ様、こっちがいつものアイアスさんなんです。昨日は翡翠殿り初日だから、仕方なく正裝してただけで。顔がよくわからなくなる眼鏡を『ニコラス様と間違われると面倒くさい』という理由だけで開発しちゃうんだから、大天才ですよね。ちなみにルーファス殿下もお忍びのときに使ってるんですよ」
驚きをじながら「そうなの?」とルーファスを見る。彼は靜かにうなずいた。
「この地味な格好だと明人間みたいに誰も私を気にしなくなるので、ロバートの前でも上手くいくでしょう。それに今日の主役は、私ではなく爺様たちですし」
アイアスがそう言った次の瞬間、彼の後ろにおじいさんたちが現れた。全員が一般的な役人の制服を著ている。
「昔から制服っつーやつを著てみたかったんじゃ」
「しかし、わしらに尋問なんかできるかのう」
「のことは忘れんが、興味のない話はすぐ忘れてしまうからなあ」
「絶対に忘れんと気合をれても、結局忘れてしまうしな」
「大丈夫ですよ爺様たち、私が付き添いますから。爺様たちの『噓を見抜く能力』『真贋鑑定能力』『殘留特殊能力を知する能力』『痕跡を見る能力』が、どうしても必要なんです。のんびりと座ってロバートの話を聞いているだけで、何もかも上手くいきますから」
「まあ『三人寄れば文殊の知恵』というからのお。はて、異國の言葉じゃったか異世界人が殘した言葉じゃったか」
「それ以前にわしらは四人じゃぞ」
「和をもって貴しとなすじゃ。みんなで協力すりゃあええ」
「張をほぐすためのワインがしいのお」
「さあさあ、行きましょう! 私たちの素晴らしい上司、ルーファス殿下を助けるためですよっ!」
アイアスが両手を打ち合わせた。
これだけ目を引くおじいさんたちの付き添いなら、たしかに彼が目立つことはないだろう──この場にいる全員がそう思っていることが伝わってきた。
アイアスがおじいさんたちを連れて出ていく。ソフィーが落ち著きなくじろぎしたのを、ミネルバは見逃さなかった。
ロバートが収監されている牢獄には『視鏡』が設置された部屋がある。あちら側からは鏡にしか見えないが、こちら側からは向こうの姿がはっきり見えるという優れものだ。
そこでミネルバたちは、ロバートの尋問を観察することになっている。ニコラスのいる大使館でフィルバートの姿を観察したときのように。
(ソフィーにとってロバートは憎い相手。張するなと言うのは簡単だけれど……実際は難しいわよね)
ミネルバが聲をかけようとしたとき、マーカスがぎゅっとソフィーの手を握りしめた。
「ソフィー。臆することなく、ロバートの話に集中しよう」
「マーカス様……私、ロバートがあなたを侮辱するのが怖いの。あの人、絶対に酷いことを言うわ」
「俺たちが本當に怖いのは、お互いのを失うことだけだろ?」
マーカスがにっこり笑う。
「そんなことありえないんだから、俺たちは怖いもの知らずってことだ」
「マーカス様……」
ソフィーが頬を赤くする。我が兄ながら最高にかっこいい、とミネルバはした。
「素敵……」
したような聲でカサンドラがつぶやく。銘をけている彼の橫で、ジャスティンはしだけ悔しそうだった。
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