《悪魔の証明 R2》第50話 041 セオドア・ワシントン(2)

真の変革は危機的狀況によってのみ可能となる。

新自由主義経済學者ミルトン・フリードマンによる提唱が頭を過った。

だが、ミハイルの臺詞に発された私が次に想起したのはこれではなかった。

それは、ショック・ドクトリン。新自由主義へのアンチテーゼともいえる言葉だ。

ショック・ドクトリンは、ナオミ・クラインにより定義された造語で、危機的狀況に世界を陥れることによってわざとパニックを引き起こし、その隙をついて民衆の富を収奪することを意味する。

今の狀況はそれに酷似しているといえるだろう。

いや、それどころではない。富を株価と捉えればぴたりと當てはまる。

突如として脳に去來したこの用語に私は鼻息を荒くした。

「それが事実だとしたら、これは無限機関に他ならないじゃないか」興冷めやらぬ口調で言った。「飛行機が自由に使えない今、スカイブリッジがなくなることはない。したがって、運営元の舊航空會社の存在がなくなることはありえない。そして、昔であれば、上場を廃止させるため、無理矢理鉄道會社を國有化させるという手段があったが、今は國際完全自由貿易協定により、それは止されている」

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「ええ、大統領。ということは、永遠にラインハルト社はそのサイクルを使い続けられるということになります」

「ミハイル、ちょっと待てよ。ラインハルト社の子會社に、スカイブリッジを復舊する建設會社がなかったか。ああ、間違いない。となると、日本國から支給される復舊費までもが、やつらの手にるってわけか」

「その通りです、大統領」

ミハイルは目を細めながら、私の意見に賛同する。

「となると、スカイブリッジが破される前に行われていた飛行機破テロ自も、ラインハルト社やトゥルーマン教団が絡んでいると考えるのが自然だな」

「もし、それでも人類が飛行機の數を抑制しなかったら、これもその無限機関になっていたはずですから」

「……そういえば、國際完全自由貿易協定自ラインハルト社が各國にロビー活を行い、その結果立した法案だったはずだ」

「この國際完全自由貿易協定は、彼らの実益に沿うように作されていると考えて然るべきですね」

「となると、ラインハルト社は初めから、この狀態に持ち込むことを狙っていたということか」

「ええ、そう思います」

私の臺詞にミハイルが相槌を打つ。

彼のその様子を見た私は、不可思議なを抱いた。

「だが、そうなれば君の父親が黒幕ということになるが、君はそれを認めるというのかね」

その思いをそのまま口にした。

「まだ、そうとは確定していません」青い瞳を微だにせず、ミハイルは言う。「しかし、例え父が黒幕だとしても、私はこの行為を許すつもりはありません。ラインハルト社は人類に対して裏切りを重ねているのですから。いえ、その前に、彼らは日本人に対する裏切り行為を働いたのです。私は日本を裏切る者は、例え父であろうと容赦は致しません。國家に務めるものは、親を殺してでも國を守らなければなりません。いえ、國家に務める者でなければならないとは限りませんね。純然たる日本人であるのであらば、當然の行為です」

「といっても、君の中には日本人のが混じっては――」

「確かに、私の父も母も日本人ではありません。ですが、大統領。私は日本國籍を持つ日本で育った完全たる日本人です。國籍だけではありません。私は日本という郷土をしている、そして、この國を売るような行為をする人間は誰であろうと許さない。そのような日本人としては持っていなければならない――いや、最低でも持つべき條件を満たしてもおります。ゆえに、私は日本人です」

ミハイルはそう述べてから、ふん、と鼻息を荒くした。

真っ直ぐな目だ。

長い臺詞を終えたミハイルの姿を見て、そう思った。

私には日本人のが混じっているが、ここまで率直に自分が日本人であると言えるのだろうか――その自信はない。

「ミハイル。君の心意気には服する」

そう言ってから、吐息をついた。

「お褒め頂きありがとうございます、大統領」

「だが、トゥルーマン教団もさることながら、ラインハルト社ともなると、もはや一國の政府には手に負えないぞ。各國どれだけの政治家が、彼らから獻金をけ取っていると思っているんだ」

臺詞を終えた後、首を軽く振った。

「ラインハルト社を相手にするとは言っておりません。おそらく現狀、それは不可能でしょう。ですが、ことテロを阻止するだけでしたら、そのような真似をする必要はありません。ARKにつながるパイプラインを斷ち切れば良いだけですから。ただし、それには大統領のご協力が必要です」

ミハイルが何やら含みのあるセリフを吐く。

「――そのパイプラインというのは、トゥルーマン教団を意味しているのではないのかね」

呆れ果てた口調で尋ねた。

「はい、その通りです」

と短く言って、ミハイルは首を縦に振る。

「……まあいいだろう。で、私は何を協力すれば良いのかね。無論できること、できないことはあるが」

「私はいつもできることしか頼みませんよ、大統領」

と、ミハイル。

もちろんこの臺詞は噓だ。

ミハイルはほとんどのケースで、できないことしか頼んでこない。

「……何にせよ、私の家族に危険が及ぶようなことだけは頼んでくれるなよ」

目を細めながら、私は忠告した。

そして、ミハイルはこの私の臺詞に今日初めての満面の笑顔を見せた。

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