《悪魔の証明 R2》第54話 042 ミハイル・ラルフ・ラインハルト(1)

大統領執務室を後にした僕は、邸の廊下を抜け庭先に出た。

前方が視界にった瞬間立ち止まる。

「まいったな、あんなに人が……」

思わず聲がれた。

玄関口真正面にあるエントランスを通って外へ向かおうとしたのだが、抗議に集まった群衆が、大統領の取材會見が終わったのにもかかわらずまだ表でたむろしていた。

長引く不況からくるストレスが臨界點を超えており、政府関係者を見れば八つ當たりをしてくる可能が高い。

彼らの気持ちはわからないでもないが、ここで小競り合いが起こるのは避けたいところだ。

そう考えた僕は、仕方なく普段あまり使わない裏口へと回った。

しばらく歩いていると、関係者用出り口が見えてきた。そこに立っている警備員の元へと近づいていく。

「申し訳ない」

と斷りながら間口に到著すると、警備員は一禮をしてから細のドアを開けてくれた。

広々としたアスファルトの十字路が目の前に現れる。

どっちだったっけ。

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目的地への経路を記憶から探った。そして、間もなく脳裏に道が再現された。

「ああ、こっちだ」

獨り言を零し、右へとを向ける。

しばらく道なりに進む。ちらほらと人の姿が見えたが、ほとんどが政府関係者だ。また、邸の敷地近くという理由からなのだろうか、警備服を著た人間がその大部分を占めている。

「こんにちは、ミハイルさん」

そののひとりが聲をかけてくる。

「ああ、こんにちは」

見覚えのあまりない人だったが、僕もそうオウム返しをした。

大統領という立場もあるせいか、すれ違う人々は皆僕に向け軽い會釈をしてくる。

彼らに挨拶を返しながら、僕は通りを先へと進んでいった。

やがて、遠目にコーヒーチェーン店ローズマリアが現れる。

歩きながら、腕時計に目をやった。

し遅くなってしまった」

と、軽く反省する。

急ぎ足で店との距離をめた。

ローズ・マリアに到著すると、一目散にドアを開けた。

をきょろきょろと見回す。席は人もまばらで閑散としていた。

「いた、あそこだ」

目標を捉えると、早足で狹い席の間を通り抜ける。テーブルに著くなり、合皮製のソファーに腰を下ろした。

「やあ、申し訳ない。待たせたね。つい大統領と話し込んでしまって、こんな時間になってしまった。ああ、コーヒー」

謝罪ついでに、近寄ってきたウェイターに注文する。

「いいえ、ミハイル。別に気にすることはないわ」

マグカップをすすりながら、レイ・トウジョウは言う。

テーブルの向こう側にある表は、いつも通り冷ややかだった。

どうやらあまり怒っていないようだ。

が述べた臺詞からそう推察した。ほっとで下ろす。

その後、無言の空気がしばらく辺りを支配した。

「ご注文の品です」

靜寂を打ち破るかのように、ウェイターが聲をかけてくる。

「ああ、ありがとう」

レイが見守る中、ウェイターへ禮を述べる。

「お熱いのでお気をつけください」

彼はそう気を遣うと、し目を伏せ僕の手元へとマグカップを差し出してきた。

僕がそれをけとったことを確認すると、軽く頭を下げる。トレーを抱えながらテーブルから離れていった。

彼がいなくなったのを確認してから、湯気揺らめくコーヒを一口すする。

しうるわせてからカップをテーブルに置き直し、先刻のセオドアとの會談の説明を始めた。

「……で、し渋ってたけど、最終的に大統領は協力を約束してくれたよ。トゥルーマンをおびき出せれば、政府の國営會場を用意してくれる。國會議員の先生方にも、參集をかけてくれるそうだ」

要點のみに絞って、進捗を伝える。

「そう」と、レイは微弱ながら鼻を鳴らす。「それより、ミハイル。例の全國放送の件はどうなったの? テレビ局を利用できなければ、この計畫は功しないわ」

「――ああ、その點も大丈夫だ」

そう回答してから、そっとマグカップをテーブルの上に置いた。

「それで、他ににセオドア大統領は、どのようなことをしてくれるのかしら?」

レイが尋ねてきた。

「大統領権限で、番組のひと枠を押さえてくれるそうだ。ここまで快く約束してくれるとは思わなかったよ」

「正直不安だったから良かったわ。あの貍は何を考えているのかわからない」

「貍? 面白いことを言うな、レイ。まあ、當たらずも遠からず。うちの大統領は俗だからね。だから、今回は本當に意外だった。まあ、僕の説得の仕方も良かったんだろう。でも、最後にそれ以上の協力はしない――そうしっかり念は押されたけどね」

と補足をれながら、またコーヒーを口に含んだ。

窓越しに太が差し込んでくる。テーブルを挾んで対面する僕たちをそのが包み込んだ。

壁上部に取り付けられた時計の音がチクタクと周囲に鳴り響く。

そんな最中、レイの黒い瞳がじろりと僕の目を抜いた。

「……ええ、それ以上の協力は必要ないわ。これで必ず計畫はうまくいく」

そう言って、軽く吐息をつく。

「ああ、そうだね。きっとそうなるよ、レイ」

「ミハイル、きっとじゃないわ。必ずそうなる」

「ああ、僕もそう思うよ。準備は著々と進んでいるしね。これでようやく、パイプラインを叩き潰せる。本當に長かった」

慨深く述べてから、僕はし溫くなったマグカップへと口を近づけた。

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