《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》隷屬のスキル

これで話は終わりのようで、殿下は椅子から立ち上がり、牢屋番さんが中から手枷で拘束したシルヴァを引きずり出す。

「あ……」

私と目が合ったシルヴァは面食らったような顔をして、顔を紅させたかと思うとプイと目線を下に逸らした。

私が同席していたとは思っていなかったようだ。

「……足が痛い」

ボソッと呟きながら右足を引きずり引き立てられるシルヴァに、殿下は伝える。

「隷屬の印が付いたら治してやるよ。それまで我慢しなさい」

今日は殿下が妙に大人だ。

そう思いながら殿下の後ろについて歩く。

すると殿下は私の隣に下がって來て、小聲でこう言った。

「どうしよう、ステラ。俺、奴隷なんて買っちゃったよ。本當は今日はステラに可いお菓子とか服とか買うはずだったのに。……ごめんね。次に町に行った時は必ず」

「そんな。いいんですよ」

奴隷というと聞こえは悪いけれど、実際のところは手癖の悪いシルヴァをスキルで制し、彼を通してあの子ども達を食べさせていくおつもりなのだ。

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それは私も分かっている。

だから、いいのだ。

シルヴァに隷屬の印をつけるために私達が向かった場所は――なんと、我らが王妃様のお部屋だった。

「あの……もしかして、隷屬のスキルの使い手って」

「ん? 知らなかった? そう、母上だよ」

「知りませんでしたぁっ!」

でも意外でも何でもないです!

……とは言えず、衛兵さんがノックした扉を無遠慮に開く殿下を眺める。

威圧スキルの王様と隷屬スキルの王妃様から生まれあそばした王子様は破壊スキルの持ち主……。

皆様とても良い人達なのに、こうして要素だけ抜き出してみると恐怖の支配者一族という印象になる。

殿下が最初の啓示でスキルを手にした當時、近隣諸國が一斉に警戒を高めたというお話があった。

確かに、プライベートでのお人柄を知らなければ怖いイメージだけが獨り歩きしてしまう事もあるのかも……。

衛兵さんは廊下に控え、私と殿下とシルヴァの三人でお部屋にった。

王妃様は寢間著にガウンを羽織り、髪も下ろして完全にプライベートなお姿で私達を迎えれて下さった。

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ラフな格好なのに気品や迫力が損なわれていないのはさすが王妃様。

シルヴァはさすがに張しているようで、ガチガチに固まっている。

「あら。意外と早かったわね。良かったわ。早く寢たいからさっさと終わらせるわよ」

話は既に通っているようだ。

「父上は?」

「まだお仕事よ。あなたたちが町で遊んでいる間、あの人はここぞとばかりにランランとポチを裏の畑に連れ出して新顔もえて戯れていたの。そのせいもあって、まだしばらくかかるでしょうね」

「新顔? マロンの事?」

「そうよ」

話しながら王妃様はシルヴァを両膝で床につかせ、その前に殿下を立たせる。

シルヴァの顔の前にぼんやりと紫る紋章が浮かび上がった。

これは殿下を表す星形の紋章だ。スキルが発されたらしい。

「さて――。シルヴァ。貴方は今この瞬間から主人セシルが解除すると言うまで、これに付き従うするものとする。貴方は一切の危害を主人に負わせる事は出來ない。命令に背く事も出來ない。噓をつく事も出來なくなる」

紋章はじわりじわりと小さくなり、シルヴァの首元に近付いていく。

そしてある瞬間吸い込まれるようにしてフッと消えた。

「――はい、完了。あー、久々にスキルを使って疲れたわー。わたくしもう寢るから皆出て行ってね」

ぱき、と音を立ててシルヴァの手枷が壊れていく。

約束通り、殿下が壊したのだ。

呆然とした様子のシルヴァの首には紫の紋章がくっきりと浮かんでいる。

「え? ……これで……終わり?」

「そうだよ。あ、足も治さなきゃね」

「治すって、どうやって――いっ! だあああっ!! 痛ってええ!」

と共に再構築が行われたようだ。

王妃様は椅子に座り、頬杖でため息をつきながらその様子を眺めている。

「あのねぇ、わたくし明日はドール男爵夫人に會ってからパーティーと演奏會に出なくちゃいけないし、その後もモンブラン公爵の畫廊に行かないといけなくて本當に忙しいの。早く寢たいのよ。あなた達は実が無いかもしれないけど、今は社シーズンの真っ最中なのよ?」

「あ、そうでしたね」

「本っ當に他人事なんだから……。すぐにあなた達にも出て貰う時が來るのよ。そうそう、明日來るドール男爵夫人は仕立ての名人で、ステラに作るドレスの件でわたくしが呼んだの。ステラ。明日、午前のお茶の時間にわたくしの部屋に來て頂戴」

「か、かしこまりました」

お辭儀をして、全員で王妃様のお部屋を辭する。

シルヴァは右足をひょこひょこさせながら私達について來た。

チラッと彼の方を見ると、またしても慌てた様子で目を逸らされてしまう。

彼とはずっとこんなじだ。苦手がられているみたい。

申し訳ないけど、殿下のお付きになるって事は私が常に近くに居るって事なのよ……。

ごめんね。

「……なぁ、王子サマ。まだ痛いんだけど本當に治ってる?」

「治ってるよ。痛いのは周囲が腫れているせいだろう。一晩様子を見てみて」

「……おう。ありがとな」

なんだか殿下には懐いてる気がする。

言葉遣いはあれだけど、お禮まで言っているわ。

「あの……殿下。隷屬のスキルって格も大人しくするんですか?」

こそっと訊ねてみる。

すると殿下ははっきりと否定した。

「ううん。スキルで行を制限され続けた結果だんだん大人しくなっていく事はあるけど、スキルそのものに格を変える力は無いよ。あれは賃金に釣られてるんじゃないか?」

さっきまでを逆立てていたと思っていたら賃金で懐くなんて。

貓みたいだね……。

使用人用の出り口に著き、外への扉を開いた。

「じゃ、今日はこれで帰っても構わないけど、明日の九時にまたここに來てね。外壁のところで門番に首を見せれば中にれるから」

「ん? 帰ってもいいのか……?」

「だって、お腹を空かせて待っている人がいるんだろ」

「そうだけど。でも、そのまま逃亡するとは思わないのか?」

「思ったから隷屬のスキルなんてものを使ったんだよ」

「ふーん……正直、何も変化した気がしないんだけど」

シルヴァはそう言って紋章のついた首元をさすった。

「それは君に害意が無い事の証明だね。何か悪事を働こうとすると途端にけなくなるんだよ。普通にけるという事は悪い事を考えていないという事だ。じゃあ――はい、これ今日の賃金。使い道は君の自由。勤務外の時間も自由にして構わない」

殿下は彼に銀貨を三枚手渡し、夜の町に送り出す。

「明日九時、ちゃんとここに來るんだぞ。調が優れない時は休んでもいいけど、噓をついて休もうとするとが石のようにかなくなる。俺に噓をついたかどうかを判斷するのは君自なんだ。それだけは忘れないように」

「……分かったよ。」

彼はチラチラと後ろを振り返りながらゆっくりと歩き、やがて町に紛れ込んで見えなくなった。

「明日、ちゃんと來るでしょうか」

「來るさ。あいつ、が素直だから」

「確かに」

牢屋でのあのやり取り。

義賊のようなお金の使い道をしていた件を差し引いても素直さしかじなかった。

は真っ直ぐな人なのだ。彼に必要なのは罰よりも道標なのだろう。

その道標に殿下はぴったりな気がする。

だって、殿下は私よりもよっぽど聖者に近いお人柄だから。

「……俺達も戻ろうか」

「はい」

お部屋に戻るために踵を返した。

殿下は両手を頭の後ろで組み、何やら考え事をしている。

「……何か、気がかりな事があるのですか?」

「ん? ああ……明日からどうやってあいつを苛めようかなって考えてた。全然思いつかないや。何か案とかある?」

「ありませんよ!? ……え、苛めるんですか!? 殿下が?」

道標だと思った直後にこの発言。

誰かしら、聖者って言ったの。私か。

「だってさぁ。あいつ、ステラにちょっとっただろ。それだけは許せないんだよ」

「見てたんですか?」

「うん。あの時ほど自分がけなくなった時は無いね。俺がけていたらあんな目には合わせなかったのに」

「でもあれは私の事を男だと思っていたからですよ。武を隠していないか調べるためだったんです」

「分かってるよ。でもダメなものはダメ」

……どうしよう。こんな殿下初めて見る。

罰に私を混ぜるのは良くない。

ダメ、絶対。

「あー、やっぱり難しいな。考えてたら頭痛くなってきた。……もう、俺達も休もうか。今日は疲れたな」

「は、はい。今日はんな事がありましたね。濃い一日でした」

「そうだな」

殿下の頭からシルヴァが離れたらしい事にホッとしつつ、私達のお部屋にる。

ベッドを見た瞬間襲い掛かってくる眠気。

今日は本當に々あって疲れた。

たくさんスキルを使ったし……さっき起きたばかりだけどもう既に眠いわ。

それぞれの寢室に分かれて就寢の準備をし、夜のお祈りを済ませてベッドにる。

その時ふと日記帳を買った事を思い出してパッと起き出した。

換日記……。

実行したトレーニングの容を記録して見せ合う儀式。

私にとって力の向上は責任すら伴う大事な仕事。

疲れのせいにして後回しにしてはいけないわね。

そう思ってベッドの上で腹筋を十回やってみた。

結構きつかった。続けてスクワットを十回やり、ふぅふぅ言いながら日記帳に“腹筋十回、スクワット十回”と、日付と共に書き込んだ。

そしてもう一つ、“今日もありがとうございました”と。この一行に沢山の謝を込めて書き記す。

「あの……すみません。殿下。まだ起きていらっしゃいますか?」

「はーい。どうした?」

「こんな時分にすみません。あの、換日記の件で」

の速さで扉が開いた。

「……お、覚えててくれたんだ……?」

「はい。実は紅茶屋さんで雑貨も売っていたので、その時に日記帳も買っておいたんです。早速今日の分を書いてみました。ご確認下さい」

「そんな……。明日からでもいいかって思ってたのに。君は本當に……。ありがとう。せっかく書いてくれたんだ。じっくり、一文字一文字、噛みしめて読むよ」

「え。そんな大層なものでは」

「いや、記念すべき初の換日記だ。大層なものに決まってる。――その日記帳、丁重に預からせて貰うよ。隅々まで読んで、明日の夜には俺からの分も書いて返すからね。じゃ、おやすみ、ステラ。良い夢見ろよ」

ぱたん、と扉が閉じられた。

思っていた以上に強い反応だった。

そんなに……?

首を傾げながら今度こそベッドにを橫たえて目を閉じる。

枕のところにはポチが居て、靜かに寄り添ってくれた。

ぷにぷに。気持ち良い。

今日一日酷使したはすぐに眠りの沼に沈んでいく。

眠すぎて、寢りばなに殿下のお部屋の方から「なんだこれ」と聞こえてきたのに何も反応する事が出來なかった。

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