《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》はロマン

「聖様は細でいらっしゃいますね。わたくしが若い頃に流行った、のラインが出る形のあのドレスがよくお似合いになるはずですわ」

鏡の前でメジャーを當てながらドール夫人は呟く。

私は初めての験に心が浮き立つのを抑えきれずにいた。

昨日メアリーと話した“したい事”が一つ葉おうとしている。

ありがとうございます、王妃様。

「そのようにおっしゃって頂けて嬉しいです。あのドレスは王妃様にお借りしていたのですが、私が最初に作るドレスもあの形が良いなと思っておりました」

「最初? ……聖様はドレスを作った事が無いのですか?」

「あ……実は。お恥ずかしながら、機會が無く」

採寸の手が止まった。

鏡越しに絶句しておられるのが見える。

「どんな貧しい家でも、婚約が決まった年頃の娘にはドレスの一著くらいは作るものです。お金が無くても無いなりに生地を選んだり母親がったりやりようはありますから……。それすらも無かったのですか?」

黙って頷くと、ドール夫人はため息をついた。

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「お顔を拝見してお名前を伺った時になんとなく事は察しましたけれども……。準聖として大きな顔をしている聖様の偽、あれは一何者なのですか?」

「妹です」

「まぁ……」

私が表に出る以上、これは黙っておくべきでは無い。

マーブル家には“私”が二人居るという事。

むしろどんどん主張していかなければ、既に社界で人脈を築いているはずのお父様や妹に先手を打たれてしまいそうだ。

とはいえお母様に関する事以外はもうどうでも良いし恨んだりとかはしていない。

でもこれ以上良いようにされてたまるかという気持ちはある。

今の私がマーブル家に思う事は、とにかくお母様に謝ってしい。それだけだ。

「聖様は大変な目に遭いましたのね」

「當時は辛かったのですが、もう過去の事です。それよりマリエお姉様。どうぞ私の事はステラとお呼び下さい。聖様ではなく」

「まぁ、お姉様だなんて。わたくし、聖様の祖母くらいの年齢ですのよ?」

「ステラとお呼び下さい、マリエお姉様」

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「ふふ、かしこまりました。ステラ様」

「ありがとうございます」

年上のにお姉様と呼び掛けるのは殿下の真似だ。実はお布団屋さんのお婆さんにそう呼びかけた時、とても素敵だと思っていた。

ドール夫人――マリエお姉様は鏡の中で嬉しそうに微笑んでいた。

採寸を終えて、殿下や王妃様のところへ戻りいくつかデザインの案を描いてて貰った。

私の希を汲んで、裝飾がなめで裾が広がらないものばかり。

流行のものとは全然違うけれど、私はこれが良い。

自我の薄い私に王妃様が貸し與えてくださったこの形、が良いのだ。

デザインが決まったら次は生地選び。

は、私の髪と瞳のを考慮した上デビュタントで作るドレスは白が通例という事で白一択だった。

あとは質を選ぶだけ。

何枚か當てて顔映りを確かめ、真珠のようなと艶の生地に決まった。

王妃様のものと同じ生地かなと思ったけれど、織り方にし違いがあって、より軽く薄いそうだ。

け対策に何枚か重ねて一番下の層に水の布を一枚仕込みましょうとの提案。

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頷くと、マリエお姉様は楽しそうにデザイン畫に丸印を付けた。

「では、わたくしはこれで失禮しますね。明日には仮いに參りますので、またよろしくお願いします」

「はい、お願いします」

明日。

早い。

これがスキルの力かしら。

私の掃除スキルが腕の一振りで広範囲に作用するあれと似たようなもの?

そうよね、針の一刺しで十のい目が出來るとかそんなじなんだわ。きっと。

マリアンヌお姉様が退出すると、王妃様に「今日は用事が立て込んでいるのよ」と私達も追い出されるようにして退出した。

時刻はもうお晝近い。いったんお部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ちょうど向こうから重鎮に付き添うようにして歩いて來るシルヴァとかち合った。

どうやら今日の教育午前の部は終了らしい。

重鎮に促されて私達の前でぎこちないお辭儀をする。

「セシル殿下とご婚約者様。晝食のご用意が出來ております。どうぞこちらへ」

さっきまで貓みたいに自由だったシルヴァが丁寧な言葉を使っている!

さすが重鎮……。

見ると、重鎮は満足そうな笑みで頷いていた。

♢♢♢

シルヴァは優秀だった。

學ぶ態度が素直で、禮儀作法も剣も一度教えるだけでスッとに付くと講師達の評判は上々。――と殿下はおっしゃる。

殿下の表し面白くなさそうなのは、ちょっといびりたいという目論見が外れた事ともう一つ、負けたと思っているせいかも。と、未だメイドの制服以外に著るものの無い私はメイドの姿のまま、ベッドの上で腹筋に勵む殿下の足を押さえながら考える。

「十回を五セット達ですよ! 凄いじゃないですか!」

ぐでっと力して、ゼェゼェと息を切らしながら殿下は悔しそうに呟いた。

「……あいつは昨日、逆さ吊りの狀態で百回だって」

「そんなのと比べてはいけません! あれは特殊すぎます」

騎士の訓練は様々な狀況を想定して行われるそうだけど、逆さ吊り腹筋がどんな狀況を想定しているのか私にはちょっと分からない。

でも過酷という事だけは分かる。

そんな地獄のような訓練に食らいつくどころか「楽しいです」と言ってのけたシルヴァという人し恐ろしい。

の構造からして違うとしか思えない。

「あの方は元から素質があるじでしたものね。達人が斬りかかってくるのをひょいと避けたりして。殿下もそう思ったから剣を勧めたのでは無かったのですか?」

「そうだけど。くそー……。俺だって。ちょっとは筋がついて來たと思うんだけど、どう思う?」

「どうって……分かりませんよ。回數をこなせるようになって來ましたから、以前よりついているとは思いますが」

ってみて」

「えっ」

手を摑まれて、お腹に導されていく。

ちょっと……ちょっとぉぉ! それって良くないのではないでしょうか!

「いけません、殿下! これはいけませんです!」

「ちょっとだけ! ちょっとだけお願い! 俺、こう見えて結構真剣なんだよ! 長したのを確かめて褒めて貰いたいだけ! モチベーションに直結するんだ!」

ぴとっとお腹にれて、薄いながらも筋の存在をじ取る。

はしたない事をしている自覚はあるものの、誰の目がある訳でも無し。

常に一緒にいる婚約者様のお腹という事もあり、なんだかんだ流されてさわさわと腹筋をる。

「結構あるんじゃないでしょうか」

「やった! ……ふふっ、くすぐったい」

し楽しくなってきた。

調子に乗って脇腹をつんつんしてみる。

を捩って逃げていった。

自分かられって言ったのに?

そう思って追い掛け、しつこく突っつく。

あれみたい、かたつむりの目。ると引っ込むやつ。

思わずふふっと笑ってしまい、ちょっとやり過ぎたかなと思って顔を上げると見た事の無いような真顔で見られていた事に気が付いた。

「あっ……。ごめんなさい、つい」

引っ込めようとした手を摑まれた。

真顔のままだ。腕を引かれ、のバランスが崩れる。倒れ込みそうになってベッドに手をつくと、ちょうどいい位置にあったらしい腰に手が回って來た。

「あ、あの」

「ステラはまだまだだね」

「何がですか?」

「腹筋」

そう言いながらするりと腰をでる。

「……そこは腹筋じゃないです」

「じゃあどこ?」

絶対分かってて聞いてるのよね!?

何て答えるのが正解なの!?

分からない。

――私よ、落ち著くのだ。腹筋はどこか訊ねられているのだから、“ここです”と教えれば會話が立する。

それは分かっている。だけど何だかやってはいけない事のような気がする。

しているといつの間にか手を取られ、指の間に殿下の指がって來て、頭が完全に停止した。

「嫌じゃない?」

「い……嫌では……ないのですが」

逃げた方が良い気がするのに、けない。

目が逸らせない。森の中で捕食者に出會ってしまった被捕食者ってこんなじなのかしら。

ああ、殿下の青い目が綺麗だ。

私がそこに映っている事が嬉しい。大きな手がでるように腕を上がって來る。

二の腕で止まり、摑む。

本當に被捕食者になってしまった気分だった。

捕食者は腹筋だけで起き上がり、二の腕を引っ張る。

目を逸らせないまま殿下を追い掛けて視線をベッドから上げた。

その時、殿下の背後の斜め上に誰か居るのに気が付いてサッとの気が引いた。

「あっ」

「どうした? ……あっ」

私の顔の変化を察知した殿下が後ろに振り返り、私と同様の聲を上げる。

部屋の角の天井付近には手足を突っ張らせて壁にり付く凄い形相のシルヴァがいて。殿下は転がり落ちるようにしてベッドから降りた。

「何やってるんだよお前ぇ!!!」

神が汚されるのを黙って見ているしかないこのの辛さに打ちひしがれていました」

神!?」

何それ!?

呆気に取られて、天井付近から貓のように音もなく降りて來るシルヴァを眺める。

神でしょう? ステラ様の周囲には優しいの雨が降るのだから」

彼は私の浄化を何度か見ている。

察していた通り彼は瘴気に強い質のようで、人を蝕む瘴気の存在にもあまりピンと來た事は無かったそうだ。

でも浄化のにはいたくした様子で、私がいわゆる“浄化の聖”と言われる存在だと知ってからは殿下だけでなく私とも打ち解けてくれていた。

一切目を合わせてくれないという事も無くなった。

でも、その代わり異様に上に置かれるようになった気がしてならない。言うに事欠いて神様って。

居心地が悪くなるからやめてほしい。なのに殿下は否定もせずに頷く。

「それはそうなんだけど、お前はこんなところで何をしてるんだって聞いてるんだよ」

「特訓です。隠の」

「隠?」

「はい。騎士団長より、私の立場と腕を見込まれましてね。ただの剣では無く暗を使った隠を専門にしてはどうかとアドバイスをけました。私もその方がより面白そうだなと思い了承したのです。これはいつまで気配を悟られずにいられるかを試す実地訓練でした」

しれっと答えるシルヴァの“暗”という言葉に殿下は分かりやすく食い付いた。

「へー。じゃあ今もどっかに武を隠しているってコト?」

「ええ。あらゆるところに隠してありますよ」

さすが。既に言葉遣いが従者として板に付いている――って、そうじゃなくって!

「貴方、いつから見ていたの……!?」

まさか、私が殿下の腹筋をつんつんしているところとか……見られてないよね!?

「腹筋を……しているところから見ておりました。そういえば主は十回を五セット達したんですよね。おめでとうございます」

「うるさいな……ほっとけよ」

丁寧な言葉とは裏腹になぜかギリギリとを噛み締めて出しそうなシルヴァと不貞腐れる殿下の間で、私はあの一部始終を見られていた事にショックをけていた。

シルヴァは黒い上著の裾をピンとばし、服のれを直す。

「……それにしても、割合すぐに見付かってしまいましたね。予想ではもっと長い時間潛伏出來ると踏んでいたのですが。私も、まだまだだな……」

ヤレヤレといった調子で肩を竦めるシルヴァ。

なんだか全員へこんだ狀態で筋トレの時間は終了した。

黙って部屋から出て行くシルヴァの背中を見送り、靜かになったところで殿下は呟く。

「あいつ、もしスキルの水晶にれたらとんでもない能力に目覚めそうだな……」

「私もそう思います……」

その時ふと、に著けっぱなしだったお母様の品――小さな水晶の存在を思い出した。

いや、忘れていた訳では無いのだけど、辺の変化が目まぐるしくて、付いて行くのにいっぱいいっぱいだったおかげで考えるのが後回しになってしまっていた。

今こそ、スキルの水晶に真剣に向き合う時のような気がした。

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