王國に殘った騎士団長視點です。

「くっ……！　やはりこうなったか」

王都の上空にドラゴンが出現した。

それを聞いて、騎士団長のクラウスが一番最初に思ったことがそれであった。

「聖様を追放するからだ……」

あのボンボン息子はなにを考えているのだろうか？

聖のエリアーヌ様が結界を張り、邪悪なものを遠ざけていた。

そのおかげで今まで王國は繁栄を続けていたのだ。

元々王國は周囲がダンジョンに囲まれており、ここ最近では竜の巣も近辺にあるという目撃報もある。

このような立地で王國民が今まで平和に暮らせていたのは……なにを隠そう、聖様のおかげだったのだ。

「それを……あの殿下が！」

思わず恨み節の一つや二つも言いたくなるものだ。

しかし今それを責めても仕方がない。

クロードを糾弾したとしても、エリアーヌは戻ってこないのである。

それに今まで自分も聖様に頼りっきりだったのも事実だ。

言うなれば、そのツケが回ってきたのだろう。

クラウスは自分の両頬を叩き、気合いをれ直す。

「騎士団長！　ドラゴンの様子がなにやらおかしいです！」

そんな彼のもとに、一人の部下が近寄り口にした。

「おかしい？」

「はい。なにやら、私達になにかを伝えたいようですが……」

部下からの報告を聞いて、クラウスは目を大きくする。

「……私が行く。もし戦闘になっても、私ならドラゴンにり傷一つくらいなら付けられる」

「騎士団長一人で無茶です！」

「大丈夫だ。ドラゴンは知のある種族だ。渉すれば、今王國と戦うのは得策ではない……と考えてくれるかもしれない」

しかしそれは薄い希であった。

ドラゴンが本気を出せば、さすがに全壊……とまではいかなくても、王都に壊滅的な被害が出る。

死者もたくさん出る。

そのために、今は『戦闘』という手段よりも『話し合い』という手段を執るしかなかった。

「それなのに、私一人だけではなく部下を何人も連れて行ったらどうなる。ドラゴンを無駄に刺激させてしまうかもしれないだろう？　だからここは私が一人で行く」

「し、しかし！　危険すぎます！」

「私の命は王國、そして國王と共に有り……だ。王國を守って死ねるなら、ある意味本だよ」

肩をすくめる。

だからこそ、エリアーヌがこの國を出て行くと聞いた時も、彼は國に殘ることを選択したのだ。

「しかし……もしそれでも渉が決裂した場合、合図を送る。その時は援軍を送ってくれると助かる」

「も、もちろんです！」

部下が敬禮したのを見てから、クラウスは城の屋上に向かった。

ここ王都で一番高い場所といえばそこだ。

「あれがドラゴン……！」

ドラゴンが低空で飛行している。

あまりにも巨大な。空をすっぽりと覆っている。

「ドラゴンよ！　伝えたいこととはなんだ！」

クラウスは空にいるドラゴンに向かって、聲を張り上げる。

ぎろりっ。

するとドラゴンの瞳がクラウスを見た。

右目一つだけでも、クラウスのより遙かに大きかった。

ピリピリと皮が焼け付くような威圧。今すぐにでもここから逃げ出したかった。

だが、彼は震える足を押さえつつ、それでも決してドラゴンから目を逸らさなかった。

『そなたが人族の代表か……うむ、人間にしては珍しく強者の雰囲気をじる。我と話すにはふさわしいだろう』

まるでドラゴンが頭に直接語りかけてくるような——そんな不思議な覚をクラウスは覚えた。

知の高いドラゴンは念話（ねんわ）を飛ばし、人間と話すことが出來るのだという。

（ドラゴンと話すなど初めてだ……）

しかし臆してはいけない。

『我の言いたいことは一つだけだ。聖はどこに行った』

それを聞かれて、クラウスはすぐに二の句を繋げなかった。

……噓を吐くか？

ドラゴンのことだから、國に結界を張っていたのは聖の仕業だと知っているだろう。それくらい知っていてもおかしくない種族だ。

ゆえに「聖は國を追放された」と正直に答えることは愚策とも言える。

それを好機と見て、攻撃を仕掛けてこないとも限らないからだ。

しかし同時に、噓を吐いた場合にバレる可能も高かった。

バレた場合、ドラゴンが機嫌を損ねないとも限らない。

「せ、聖は……」

クラウスは必死に言葉を絞り出した。

「聖は今はいない」

『いない……だと？』

ドラゴンの眼がより一層鋭くなる。

『この國に張っていた結界が消失したことを見て、心配になって來てみれば……聖がいないだと？　それがどういう意味なのか分かっているのか？』

「……っ！」

『その様子だとそなたも事を知っているようだな」

ドラゴンから溜息を吐いたような音が聞こえた。

『聖は我の癒しだった。竜の巣で一人寂しく暮らしている我に、聖は遠距離から念話を飛ばしてくれた。「寂しかったらお喋りしましょ」……と。そしてそこで聖が國の者に、酷い扱いをけていることも聞いていたが……そうか』

なにか合點したかのようにドラゴンが続ける。

『一つ、聖が自発的にいなくなった。この國はもうお終いだとな。しかし優しい聖のことだ。これは考えにくい。

二つ、そなた等の誰かが彼を國から追い出した。これなら聖がいなくなったことも理解出來る』

「そ、それは……」

すぐに反論しなければならなかった。

しかし出來ない。

今のクラウスの言葉で、聖エリアーヌに降りかかった事を察した頭の良いドラゴンだ。

クラウスごときが噓を吐いても、１００％看破されるだろう。

頬からつうーっと細い汗が滴り落ちた。

そんな彼の顔を、ドラゴンがじーっと見つめる。

『……もしやそなたが、聖の言っていた騎士団長クラウスとやらか？』

「い、いかにも！　私がクラウスだ」

『ほお……そなたがクラウスか。聖から話を聞いておる。そなたは『殘念イケメン』だが、とても優しいと』

殘念イケメン？

聖様はドラゴンとなにを喋っていたのだ？

『そなたは救ってやってもよい。そもそも我も様子を見に來ただけだしな。この國を滅ぼすつもりなど頭ないよ』

「そ、それは本當か！？」

クラウスは自分が助かることに安堵したわけではない。

ドラゴンが積極的に我々と敵対するつもりがないと分かったからだ。

（これならどうにかなるかもしれない……）

しかしそう思いかけたクラウスに、

『しかし！　聖を追放した者には罰を與えなければならぬ！　言え、クラウスよ。聖をげていた者を。聖を追放した愚か者を……言うがいい！』

とドラゴンが聲を荒らげる。

「！！」

クラウスは無意識に後ずさった。

（エリアーヌ様を追放したのは、クロード王子だ……しかしそれを伝えるわけにはいかない。私は國王、そして王子を守る剣であり盾なり。とはいっても、このドラゴンに噓が通じるだろうか……）

高速で思考を展開させる。

『……ほお』

しかし目の前のドラゴンは、クラウスのちっぽけな考えなどよりも遙か上の次元にいた。

『聖をげていた者は、クロードというのか』

「なっ……！」

『騎士団長といえば、王を守る盾となる者。クラウスよ、我に睨まれても最後まで口を割らなかった……立派だったぞ』

そう言って、ドラゴンが目の前から消えた。

「帰ってくれた……？」

いや違う。

ドラゴンの姿はいないものの、気配はじる。まだドラゴンは王都にいるはずだ。

「ヤツは……人の心を読むことが出來たのか。やはり噓を吐くのは得策ではなかったということか」

クラウスは力をなくし、気付いたらその場で座り込んでしまった。

◆　◆

城にて。

「うむ……久しぶりにこの姿になるが、相変わらず人の形はきにくい。さっさと斷罪を済ませるとするか」

二十そこそこの男に擬態したドラゴンが、城への侵を果たしていたのであった。

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